注意事項2 忘れ物はしないこと-4
過去編一だった。
目が覚めるとそこにはどこか懐かしさを覚える顔立ちをした少女が僕を見下ろしていた。
「あ、紅葉さん…目、覚めました?」
これも懐かしい声だった。
僕は夢を見ていた気がする。
……処で、この少女は誰なんだ?
思い出せない。
「あ、あのー紅葉さん大丈夫ですか?」
「え、うん。大丈夫だ。多分……」
「いきなりたれたからびっくりしたんですよ!」
少女は声を張り上げた。とても心配しているようだ。
少女の瞳は大きめで少しつっているようにも見えた。
けれど、優しさがあり。暗くもあった。
懐かしい。こみ上げてくるのは安堵と、……何かが欠落したような。寂しさだけだった。
僕は彼女の顔をまじまじと見つめた。視線がぶつかっている。
少女は、目をそらした。
「えーと、あの、紅葉さん。大丈夫ですか?」
「……。多分。」
「…多分…ですか。」
少女は少々悲しそうな目をした。
「あ、あのー…あんまりそんなにまじまじと見つめないでください…てれます。」
少女は、僕から視線をそらした。
頬が赤かったような気がした。
「……あ、あのさ」
「なんでしょうか?」
「いや……なんでもない」
僕は言葉が見つからなかった。…見下ろしている少女が…誰なのか。
――――――思い出せない。
この少女はいったい誰なんだろう…。
ここが学校の保健室だということは解っている。
だけどこの少女が…誰なのかが思い出せない。
ふと、少女の口が開いた。
「…。紅葉さん…どうしたんですか?私の顔になにかついてますか?」
少女はきょとんとした顔で、首を傾げた。
「…………目と鼻と口と耳。」
なぜかこういいたくなった。
「紅葉さん…当たり前です。私は人間なんですから!」
そうですな。
「あの、紅葉さん少しお話いいですか?」
不意に少女の顔が真剣になった。
僕はこの顔を思い出せない。
この少女とどういう関係だったか解らない。…この少女は誰なんだ。―――あ、あれ?そういえば、なんかしたが柔らかい。
そこで、僕はやっと気づいた。
今僕は、膝枕をされていた。寝そべっていることにも今気付いた。
「おわ!?」
僕はそのことをやっと理解し、その状況に驚愕し、飛び上がった。
「ご、ごめん。なんか膝借りてて…」
すぐさま飛び上がった衝撃を足裏で吸収し、ぺこぺこと頭を上下していた。
「……紅葉さんって本当に何も変わらないですね。」
「…そうか?」
そう言われても僕は困るだけだ。―――だって誰だか解らないんだから。
そう思っているとき、少女がすう、と息を大きく肺に押し込んだのに気づいた。
「それでですね…紅葉さん…………その、私のこと思い出して声かけたんですよね?さっきまでのっておふざけですよね?本当は思い出してるんですよね?昔みたいにからかってるだけですよね?…私のこと覚えてますよね?……さっきのって嘘ですよね?」
いきなりの質問に…僕は言葉が出なかった。
まるで顎を固定されているような。
逆に顎を動かすのが罪に思えるほどの、…唐突過ぎた質問。
「紅葉さん…?」
「……………………。」
顎を動かそうとすると、奥歯がガチガチ震えた。
唇を動かそうとすると、前歯が唇をかんだ。
追いつめられた感覚。―――どうして?
僕はその息苦しさも覚える感覚から逃げるために、嘘を吐くことにした。
「あはは、あ、当たり前じゃないか!そうだよ…ちゃんとわかってたさ、実は何時ぶりだっけ?って話でもしようかと思ったんだ。」
笑えてるだろうか…いや、自分でも解る。目が泳いで、口元が引き攣っていた。
「…本当…ですか?」
少女はさらに問いかけてきた。
「え、う、うん。」
適当に相槌を打つ。
「……そうですか…よかったです。本当に…」
少女は途中で言葉を紡ぐのを止めた。
「あ、あの紅葉さん。……もう時間もすくないですけど、残りの屋台。いきましょう?」
あ、そうか今日は文化祭か…俺は軽音楽部で、サブギター、メインボーカル。
メンバーは、一之瀬兄妹=亮と朔。あとドラムの翔。
そして、この場所は保健室。
そこまでは、思い出せた。
……でも目の前の少女のことは――――思い出せない。
じーっと見つめる僕に少女は手を伸ばしてきた。手首を掴まれ、腕を抱かれた。
少女は無邪気な笑顔を僕に振りまき、
「さ、時間ないですし行きましょうよ。」
ことちらの意見など全く無視。というか完全否定のようだった。
この少女には悪いけど僕は嘘をつきとおすことにした。
―――こんなに幸せそうな顔をされたら、嫌でも嘘をつかなきゃいけない気がする。
記憶消失な主人公君。