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第49話 絶望の淵で見出した希望の光

 ライセたちの目の前に広がるのは、まさに地獄絵図としか言いようのない光景だった。

 瘴気の爆心地となった中央広場、かつては美しい街並みを形作っていた建物は今やねじくれ歪に崩れ落ちている。

 緑豊かだった街路樹も、赤黒い瘴気に呑まれて鞭のようにしなる触手を振り乱す異形と化していた

 その光景はさながら破滅(カタストロフ)によって全てが滅び去る黙示録のよう。


「あ、あぁぁ……そ、そんな……そんなことって……」


 ノアの慟哭がライセの鼓膜を震わせる。

 逃げる間もなく瘴気に飲み込まれた人々の肉体が歪に膨れ出す。

 瘴気――暴走したナノマシンが人間の身体を滅茶苦茶に作り変えていく。

 腕から無数の触手が生え、頭部から角が乱立する者。胴体がパックリと裂け、そこから内臓とも触手ともつかぬ肉塊が飛び出してくる者。

 人々は異形の怪物へと変貌を遂げていく。


「こ、これが……千年前の異変――? まさかここまで……これが、かつての世界の有様だって言うんですか……」


 ノアの体がガタガタと震え、慄く声が漏れる。

 かつて大神エデンの一部として、エデン・エンデバーのシステムの一部として、千年前の破局は知識としては知っている。

 しかし今、目の前で起こっているのはただ知識として知っていたものとは桁が違った。

 世界の破滅が、今まさに目の前で起こっているのだ。恐怖するのも無理からぬ話だ。


「こうなったら――彼らの尊厳を守るためにも、苦しませず楽にしてやるしかない」


 そう言うとアインは背中の大剣を鞘から抜き取り、刃を寝かせてのたうつ人々に向けようとする。

 しかし――ライセはアインの腕を摑み、止める。


「だが――こうなった人間を戻すことなどもはや……」

「ダメだよ……まだ、何かある。まだ私たちに出来ることが……!」

「ライセ、お前の気持ちはわかるが……」

「お願い……もう少し、もう少しだけ待って……」


 ライセはアインの兜の奥を、青白く揺らめく眼光を真っ直ぐに見て言った。

 しかし瘴気の脅威は容赦なく、ライセたちにも迫りつつあった。


「ぐっ……! はぁ、はぁ……う、ああああああっ!」


 そんな中、ライセの背後から聞こえたのは、まるで断末魔のような叫び声だった。

 背後から聞こえた苦痛の叫び声に振り向くと、ルシルが地面に崩れ落ちている。

 ライセは慌てて駆け寄った瞬間、信じがたい光景を目にしてその場に立ち尽くした。


「――ッ! そ、そんな……ルシルさんの、身体が……!」


 ルシルの法衣は内側から爆ぜるように裂け、そこからは赤黒い触手がうねりながら飛び出した。

 両眼を覆う黒い眼帯が盛り上がり、布を突き破り何本もの触手がルシルの眼窩から生え出し虚空に向かって踊り狂っていた。

 両眼を失った代わりに高いマナの感知能力を会得したルシル。ゆえに誰よりもマナに敏感なルシルは真っ先に瘴気に蝕まれてしまったのだ。


「……お願い……私を……殺して……」


 異形の乱杭歯が乱れ伸びる口から、かすかに声帯を震わせた音が聞こえる。

 このままでは、ルシルの肉体も精神も、瘴気により蝕まれ尽くされてしまう。

 ライセはへなへなとその場に崩れ落ちそうになって――踏みとどまった。


 千年前の再来――?

 だったら私はなんだ。そうだ千年前の世界を救った大聖女――ライセリア・ダ・ルーナ・サクラメンタの生まれ変わりだ。

 ならば街一つぐらい救えずして、何が大聖女の生まれ変わりだ。

 ライセは拳を強く握りしめ、自分に言い聞かせる。――今こそ私を役立たずとして殺そうとした教会を見返す時だ。


 ライセは堕天使に侵食されたノアを浄化して人間の少女へと変えた。

 ライセは暴食竜(バジリスク)をマナに分解し体内に収納するという量子収納クオンタム・ストレージという魔法を編み出した。


 どちらもその本質は物質転換だ。

 ならばこの力を、聖女の肉体に宿った力を使って変異したルシルの体内から瘴気を――暴走するナノマシンを取り除き肉体を再構成する。

 ライセはルシルの体に触れ解析(アナライズ)を発動する。

 解析魔法は彼女の個人情報だけに留まらずルシルの肉体の状態の全てをライセに伝えてくる。

 体内で増殖・暴走するナノマシン、既にルシルの肉体の七割を侵食しており、このままではものの数分で人体としての機能は失われて完全な怪物と化すだろう。


 だが、ライセにはこの方法しか考えつかなかったし、他に手段もない。

 ルシルを助けるには、自分の魂をも削ぐ覚悟が必要なのだと、ライセは理解した。

 ならばやるしかない――!


「私は……聖女なんだ。みんなを守るために、この力は与えられたんだから……!」


 ライセの身体が光に包まれ、ルシルに触れる手から眩い輝きが放たれる。

 その光はルシルの身体を包み込み、歪な肉体を元の姿へと還そうとしていく。


「ぐ……ううっ! 戻って……元の姿に戻って!」


 途轍もないマナの放出にライセは苦痛の声を漏らすが、それでも光を絶やすことはない。

 ライセは必死に叫びながら、額に脂汗を浮かべながら、歯を食いしばりながらも、ルシルの浄化に全霊を注ぐ。

 一瞬、意識が途切れそうになる。視界の隅が白み五感が遠のいていく。

 それでもライセはルシルへと力を注ぎ続けた。

 ゆっくりと、確実にルシルの肉体から瘴気の毒が――体内を蝕む暴走ナノマシンが消滅していく。

 そしてついに、ルシルは本来の姿を取り戻したのだった。


「ライセさん……まさかここまでのことが出来るなんて……!」

「これは……奇跡か……本当に瘴気に呑まれた人間を元に戻しただと……!?」


 ノアとアインが驚きと感嘆の声をあげる。


「はぁ……はぁ……よかった、間に合って……!」


 ライセは安堵の息をつくと同時に、その場に両手を付く。ルシルを元に戻すだけで、これほどマナを消耗するとは。

 変異した街の人々全員を助けるとなれば、もしかすると自分の命も尽きてしまうかもしれない。

 だが、やるしかない。ライセはそう決意する。

 ライセは立ち上がる。疲労で足元はおぼつかないが、瞳には聖女としての覚悟が宿っていた。


「みんなを助けるためにはいくらでも聖女になってあげるわよ……!」


 ライセは涙ぐみながら叫んだ。今にも泣き崩れそうだが、この程度の苦痛で泣き言を垂れるようでは聖女失格だ。

 みんなを守る――それならば死ぬまでその義務を果たし続けよう。

 この世界に転生して、何となくで漠然とした“やりたいこと”しかなかったライセ。

 今ここに、新たに大聖女としての覚悟が芽生えた瞬間だった。

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