第40話 闇からの襲撃者
暗闇に包まれた線路の奥からズルッ……ズルッ……と何かが這いずる音がライセたちの元に近づいて来た。
とてつもなく嫌な予感がする。ライセは冷や汗を額に滲ませた。
薄暗がりの向こうから、何かがゆっくりとライセたちの方に近づいてくる。
這いずる音は次第に大きくなっていき――そして姿を現したのは小鬼とは比べ物にならないほど巨大な体躯を持つ魔物だった。
――例えるなら巨大なイグアナかカメレオンか。
太い四脚で胴体を支え、尻尾を地面に引きずりながらのっしのっしとライセたちの元に歩み寄ってくる。
頭部にはトサカのような角、大きく裂けた口と鋭い牙。そしてライセたちを餌と認識しているようでその目は爛々を光らせていた。
まさしく大トカゲだ。もっともそのサイズはワゴン車どころかバス一台分くらいのサイズがあるが。
先ほどの小鬼を拘束したのはおそらくこの魔物の舌。小鬼はあえなくこの魔物の餌になったようだ。
「こ、この大きさ、じょ……冗談でしょ……」
「暴食竜だ――、屋外ならまだしもここのような密閉空間での遭遇は不味い……ライセ、ノア、奴のブレスは麻痺毒だ。食らったら最後、意識ははっきりしたまま全身の筋肉を麻痺させられ生きたまま貪り食われるぞ」
暴食竜――暴食の名を示す通り、動く物ならなんでも食らう悪食の魔物だ。
推奨討伐冒険者ランクは四~五等級、中堅冒険者数名での討伐が推奨の魔物である。
ただしそれは野外での遭遇だ。ダンジョン内等での遭遇は三等級以上の冒険者数名が望ましいとされている。
暴食竜最大の武器はアインの説明通り麻痺毒のブレス。
抵抗力の弱い人間など一呼吸で動けなくなり、生きながら食われることを待つだけだ。
「ノア! まずは光球だ! 光で奴の目を眩ませろ!」
「はっ、はい! みなさん目をつぶっててくださいっ!」
「ヤツの目を眩ませたらさっきの広場まで戻るぞッ! 狭い通路ではこちらの不利だ!」
アインは暴食竜から目を逸らさずにそう叫んだ。
ノアはこくんと頷き杖に魔力を注ぎ込み光球を形成する。同時に暴食竜の口元に黄色い気体が充満し渦巻くのが見えた。おそらくそれが麻痺ブレスなのだろう。
「させない――! 光球!!」
ノアの杖から放たれる閃光弾が強烈な光を放つ。
閃光が暴食竜の目を一時的に灼き、大きくのけ反らせることでブレスの発射を妨害した。
ライセたちは互いに目くばせし、暴食竜に背を見せて駆け出す。
線路上で再び麻痺ブレスを吐かれると逃げ場がない、迎え撃つ場所は先ほど小鬼と戦った地下鉄駅のホームだ。
ライセたちは一目散にホームへと駆ける。
ライセはちらりと背後を見るが、暴食竜はもう視力が回復し、思いのほか俊敏な動きでライセたちを追ってきていた。
いきなりの閃光を食らい魔物は怒り心頭なのだろう。鼻息を荒げて猛追してくる。
三人はホームに駆け上がり高所を確保する。そしてライセは暴食竜を待ち構えた。
線路の奥から暴食竜が顔を出す。ライセはすかさず銃口を暴食竜の顔に向け、引き金を引いた。
魔力弾が銃口から放たれ暴食竜の顔面に直撃する。
だが――あまり効いた様子がない。やはり小鬼などとは格が違う魔物だ。暴食竜は線路からホームに這い上がろうとする。
だがそれを黙って見ているアインではない。
アインは長剣から大剣に持ち替え、腰を大きく落として構える。
そして――暴食竜がホームに上がりきろうとした瞬間、アインは全身のバネを使って跳躍し暴食竜の眼球に大剣を突き立てた。
鋭い刃が暴食竜の眼球を抉る、これにはさすがの暴食竜も悲鳴を上げた。
「グギャアアアアアアッッ!!」
「さすがに目玉までは鍛えられんようだな」
アインは口元を歪めながら大剣を暴食竜の眼球から抜き取り、傷口に蹴りを入れた。
しかし暴食竜は片目が潰されようとも逃げるような素振りを見せない。
眼球を抉られてもなお、目の前の獲物を食らわんとする。そして暴食竜は大きく口を開ける。
「不味い――! ブレスがくるぞ!」
アインは大きく後方に跳躍し、ライセとノアはブレスに対する防御姿勢を取る。
暴食竜の口元に再び黄色い気体が充満する。目を潰された意趣返しのように、確実に麻痺ブレスで仕留めるつもりだ。
一息吸っただけで全身の自由を奪われてしまう麻痺ブレス。防御とは言っても息を止めるぐらいしかできることはないが、戦闘中で息を止めていられる時間はごく僅か。
ライセは考える。何か対策は――あった。狭い空間で麻痺ブレスが滞留するのが危険なら換気を行えばいいだけだ。
「ノアっ! 何でもいいから風の魔法でブレスを散らして!」
「任せてください! 密閉空間での作業は換気が大事ですねっ! 風壁!」
ノアは杖を振りかざし、ライセの指示通り風の障壁を展開させる。
渦巻く強風がライセたちの周囲を包み込む。吐き出される黄色い気体、強力な麻痺ブレス。だがブレスはノアが生み出した空気の渦に阻まれてライセたちに届くまでに四散していく。
あとは硬い外殻を持つ暴食竜の身体をどう打ち破るかだ。
ライセは銃に装填するべき魔力弾を切り替える。
例えるならあの魔物は外殻はちょっとした戦車並みに堅い。ならばその装甲を貫けるだけの貫通力と破壊力を持つ魔力弾で勝負だ。ついでに着弾後爆発もおまけだ。
ライセはノアが展開した風壁が麻痺ブレスを防ぎきるまでマナを銃身に込め続ける。
そして暴食竜の麻痺ブレスが風の障壁に全て阻まれ、霧散した瞬間にライセは銃身に圧縮したマナを一気に解き放った。
「食らえっ! 徹甲榴弾!!」
銃口から撃ち出される魔弾。高速で射出された魔弾は一瞬で暴食竜の口内に潜り込む。
次の瞬間、暴食竜は上顎から肩にかけてズドンと爆発を起こし頭部が弾け、下顎のみとなってしまう。
頭部の大半を失った暴食竜はフラフラとよろめいた後、ドサッと地面に倒れ伏しそのまま動かなくなった。
「やったあ! やりましたね、ライセさん!」
「いぇーい! お疲れ様っ!」
ライセは嬉しさでピョンと跳ねて、ノアに飛びついた。
アインも腕を組みながら、「初めてで暴食竜まで討伐する冒険者はそうそういないだろう。よくやった」と二人の活躍を褒め称えた。
「だが――頭を吹き飛ばしたのは勿体なかったな」
「えっ、そうなの?」
「暴食竜のトサカは素材としてかなり貴重でな。持ち帰ればかなりの金になったはずだ。まあ尻尾だけでも十分金にはなるが……」
アインは暴食竜の死体をまじまじと観察しながらそう言った。
討伐証明は残った頭部から牙を回収すれば問題ないだろう。
「残りの部分は持ち帰れるなら持ち帰った分だけ金にはなるが――俺たちのクエストは暴食竜でなく人探しだ。余計な荷物は増やさないほうがいいが――」
そう言ってアインはライセを見る。
その視線の意味するところは、そう――ライセがひょんなことで編み出した画期的な魔法である量子収納を使えば魔物の死体を丸ごと持ち帰れるのだ。
「おっけー、やってみるね」
「……ちょっと待て、もしお前の術が失敗して死体が丸ごと消滅したらせっかくの暴食竜討伐が水の泡だ。牙だけ先に俺が回収しておく」
アインは頭部の残骸から牙を数本回収する。
ライセの量子収納はまだまだ効果が未知数だ。物質を分解したあと再構成できずそのまま消失する可能性も十分にある。
「アインは心配性ねえ。じゃ、行くわよ! 量子収納!」
ライセは量子収納を発動させる。対象は暴食竜の死体丸ごと。
金色の粒子が暴食竜の死体を覆い尽くす。そして暴食竜の肉体も粒子と化してライセの手のひらに吸い込まれていく。
「……収納はできましたね。あとは……ライセさんが取り出すことができるか」
「大丈夫大丈夫、それっ!」
ライセは量子収納から再び暴食竜の死体を取り出すイメージを浮かべる。
するとイメージ通り、暴食竜の死体が粒子化を解き現れた。ライセは成功したとばかりにニッコリ笑ってノアとハイタッチをした。
「すごいですね……複雑な構造の生物までも分解し再構成できるなんて」
ノアは量子収納の能力に感服しながら、そう感想を漏らした。
この魔法を編み出したライセ自身も未だ原理がはっきりとは分かっていないのがこの魔法の不安要素ではあるのだが。
その出自から類まれなマナ量と操作力を持っているライセとノアだが、その使い方は対象的だ。
ノアが既存で知られる魔法の原理を理解し、応用的に魔法を使うのに対してライセは感性で既存の魔法に縛られない独自の魔法を編み出してしまう。
それがライセの強みでもあるが、感性のみで魔法を使うため彼女自身が原理を理解していないので予期せぬ事象を起こしてしまうかもしれないのだ。
(……不安に思ってしまうのはわたしが元AIだからかな)
無事暴食竜を倒した三人は、レイモンド捜索を続行するためこの不思議な遺跡の奥に進んでいくのだった。




