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第31話 歪んだ世界に蔓延る力の論理

「ネーヴィア、さん……?」


 ネーヴィアはテーブル席を離れ、ゆっくりと歩を進める。

 ギシッ……ギシッと古びた床を軋ませながら歩く彼女が放つただならぬ気配にガルバを含めた男たちは気圧され半歩後ずさる。


「若者が覚悟を見せたというのに、年寄りが後ろで見てるだけっていうのはちょっと格好がつかないわねえ?」


 ネーヴィアは独り言のように呟きつつ、やがて男たちの前に立ち止まる。

 漆黒の瀟洒なドレスを身に纏った彼女の姿はさながら舞踏会に参加する貴族の令嬢のようだ。

 だがその深紅の瞳には一切の慈悲はなく、冷徹な眼差しを男たちに浴びせていた。


 その気配に気圧されたのは男たちだけでなく、ライセとノアもだ。


(ネーヴィアさんの雰囲気が一気に変わった……? なにこの威圧感……これがヴァンパイアの真の力――!?)


 ネーヴィアの気配の変化にライセは動揺し、ノアはゴクリと唾を飲み込む。

 男たちは冷や汗を流しながらも虚勢を張ってみせ自分たちは屈しないとばかりに吠えたてる。

 アインだけが冷静に腕を組んだまま、成り行きを見守るのだった。


「ねえ、そこのアンデッド。あなたは蘇って何年になるのかしら?」


 ネーヴィアはおもむろにガルバの背後で武器を構え佇むアンデッドの男に語りかける。

 男は「ああン! そんなことてめぇみたいなガキに関係ねぇだろうがよ!」と怒鳴り散らすだけだった。

 ネーヴィアはそんな男の態度に肩をすくめるとクスクスと嗤い始める。


「若造が――アンデッドのはしくれとあろうものがこの私をガキ扱いとは身の程知らずが過ぎるわね」

 

 ネーヴィアから放たれる圧倒的な殺気。それにあてられた男たちの何人かは完全に腰が引けている。

 それはアンデッドの男も例外ではない。ガクガクと膝を震わせながら必死に崩れ落ちないように耐えている。


「女――! お前もアンデッド……いやヴァンパイア――、ぁぁっガルバッ俺たちとんでもない化物に――!」

「お馬鹿さぁん、今気づいたの? “血魔公(ノーブル・ブラッド)”ネーヴィア・ヴェネト・アリギエーリの名を知らぬなんて愚かな坊やね」


 ネーヴィアがその真名を名乗ると同時に凄まじいプレッシャーが男たちを襲う。もはや立っていることすらできず膝をつく男がそこにいた。


「さっき夕食を食べたばかりでお腹いっぱいなのを感謝しなさい。血脈散華(サンギス・ラプトゥス)――」


 ネーヴィアの真紅の瞳が妖しく輝く。

 瞬間、ネーヴィアを中心とした床に赤い幾何学模様の筋が何本も放射状に広がり男たちを絡め取る。


「な、なんだ――なにを……!」

「ふふっ……いただきまぁす」


 男たちの全身から赤い霧のような粒子が一斉に吹き出す。

 それは宙に咲き乱れる彼岸花のように美しくも恐ろしい光景だった。

 赤い粒子は渦を巻きながらネーヴィアに吸い込まれてゆき、同時に男たちの顔面がみるみるうちに蒼白になってゆく。


「ノアちゃんみたいな可愛い子の前で殺しはしないわ。せいぜい貧血程度に抑えておいてあげる……」


 そう言いながら指をパチンと鳴らすと、男たちを拘束する赤い縄が霧散する。男たちはその場に力なくへたり込んだり痙攣しながら泡を吹きだしたりと様々な反応を見せていた。

 そんな男のうちの一人――アンデッドの男がガタガタと震えながら涙声で命乞いをする。

 ガルバに至っては股間を濡らしてしまっていた。その様子を見てネーヴィアはクスリと嗤う。


「これに懲りたら二度と彼女たちに手を出さないことね。次はないわよ?」


 その言葉に男たちはコクコクと頷くことしかできなかった。そして這うようにして店を飛び出していったのだった。

 男たちが立ち去った店内は再び元の静けさを取り戻した。静寂の中でライセは胸を撫で下ろすように一息吐く。


「はああ……疲れた……やっぱり荒事は慣れないなぁ。これからこんなことが何度も起こると思うと気が重いよ……」


 緊張が解けて脱力した様子でテーブルに突っ伏すライセの肩をネーヴィアが優しく叩いた。

 顔を上げると目の前にネーヴィアの顔があった。彼女は慈母のような優しい微笑みを浮かべている。


「お疲れ様ライセさん、あなたカッコよかったわよ。ノアちゃんもね」

「いえ、私は何も……ネーヴィアさんが追い払ってくれたおかげです……」

「ふふっ、でもああいう連中はね、あなたみたいな人が武器を抜いた時が一番プライドを傷つけらるのよ。ね、アイン」

「そうだな……圧倒的に下に見て嘲笑っていた相手に武器を向けられるというのは、自らの優位性を踏みにじられるに等しい。あの瞬間、あの男たちの様子が変わったのは見ただろう?」


 弱い者を相手に見下し優位に立ったつもりになっている連中に対し、武器を向ける。

 それはつまり彼らより自分は強いのだと暗に示す行為だ。それを見せ付けられた者たちは当然面白くない。自尊心をひどく傷つけられることとなるのだ。

 ゆえにライセたちに武器を向けられたガルバたちは態度を一変させ即座に暴力を行使しようとした。それがこの無法地帯で生き延びるために必要な処世術であり掟であった。


「あの人たちどうなるんですか……」とノアが尋ねる。

「このスラムで相手の力量を推し量れない手合いはせいぜい二週間で消えるさ。そしてそいつが消えた穴をまた別の人間が埋める。その繰り返しだ」

「……私にこっぴどくやられた噂は早々に広がるでしょうね。そうなればこれまで彼らが弱者に振るってきたことが自らに返ってくるだけよ」


 アインの言葉に続けてネーヴィアは肩をすくめながら答える。

 彼らはもうこの街にいられない。彼らはこのスラムで“弱者”の烙印を押されてしまったのだから。そうなれば骨の髄までしゃぶり尽くされるだろう。

 ライセは少しだけ彼らに同情心が芽生えるのだった。


 自分にその矛先が向かないようにするためには、自分たちが強者になること。

 自分が強ければ他者を恐れることはない。単純明快なルールではあるが、ライセには素直に受け入れがたいものだった。

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