騎士見習いと始まりの前兆
「いつまで寝てるんだ。 起きろ! ルカ・アーダルベルト!」
パァン!!と、気持ちの良い音と共に凛とした女性の声が「魔導騎士育成学校」の教室内に響いた。
授業中にのんびりと居眠りしている生徒、ルカの頭に教科書を丸めて叩き起こした女教師、リーゼは呆れた表情を浮かべながらルカを起きる瞬間を、クラスの生徒たちと一緒に待った。
「な、なんだ!? 何が起きた!??」
突然の頭からの衝撃と痛みで飛び起きたルカは、目の前にいるリーゼに気づき、あまり反省を感じない謝罪をした。
「…あ…リーゼ先生…スンマセン。 つい、寝ちまって」
ヘラヘラした笑みを浮かべたルカに対し、リーゼはため息を吐いたが、その直後にニヤリと悪戯っ子の様な顔をしてルカに告げた。
「本来、授業中の居眠りの罰として追加課題を与えるところだったが…朗報だ。 お前は『特待体験生』に選ばれた。 それに免じて追加課題はナシだ」
「………へ?」
リーゼの発言にルカをはじめ、他の生徒たちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、教室はシーンと沈黙が訪れたが、ルカの間抜けな声と、生徒たちの驚きの声が広がり一斉にルカに顔を向けた。
そんなルカは、皆より一足遅くリーゼの言葉を飲み込み、信じられないと表情に出した。
「ま、マジっすか!? 俺が『特待体験生』に選ばれたんすか…!?」
ルカが通う「魔導騎士育成学校」は、メルンボーデン王国の中心から少し離れたところにある、文字通り国の平和を守る魔導騎士を育成する学校。 「魔導騎士」は、剣術や武力だけじゃなく魔術や魔法も使える騎士であり、所謂オールラウンダー系の騎士。この学校に通ってる生徒の多くは卒業後そのまま魔導騎士団に入団し新米魔導騎士になるが、たまに冒険者を目指す生徒もおり、卒業後冒険者ギルドに入るケースもある(冒険者に必要な武術や知識を学ぶため入学している)。
そしてルカが選ばれたという『特待体験生』、通称『特体生』とは魔導騎士育成学校の特融システムで、文武両道、品行方正、訓練授業の成績、そして現役の魔導騎士である教師達からの信頼、これらの条件を一定に達しそのまま保った生徒に、魔導騎士団やギルドの仕事について行けれる資格が与えられる、いわば職場体験。
だがそんな資格を得れるのは最上級生である四年生かその下の三年生。 一年生であるルカが選ばれた事実に、ルカの同級生たちは驚きを隠さない。
「マジかよ…! ルカが特待体験生に選ばれた!」
「何でコイツが…」
「ルカ君って、そんなにすごいの…?」
「う、うるせーぞお前ら!」
驚きを隠さない同級生たちに叫んだルカだが、本人も内心驚いてるし疑問を抱いてる…なぜ自分が選ばれたのかと。 ルカはクラスの中では魔術はともかく武術や剣の技術はそこそこある。 そこそこあるがクラス一や二を争う実力ほどでもない。 そのうえルカの勉学での成績は良くも悪くもない、普通か普通より下の成績である。 そんなルカよりも強くて頭の良い生徒などクラス内に何名かいるし、上級生の方が総合的に実力が上回っている。 それなのに特待体験生に選ばれたのは上級生でもなく、凄い優秀な一年生でもなく、普通よりちょっと強い一年生のルカだった。
(なんで俺が? 俺より強いヤツや頭の良いヤツなんて何人かいるだろ…それこそ、俺よりもネロの方が優秀なのに…でかなんで三年や四年じゃなく一年の俺が選ばれたんだ?)
自分が選ばれた事に喜びより驚きと疑問が勝った。
「何故自分が選ばれたか気になるようだな。 確かにお前は頭が良くもなければ特別凄い強いわけでもない。総合評価でお前より優秀な生徒はこのクラスでも数名いるし、三年や四年の生徒たちの方が実力と知識が違う。 でも、そんな彼らを抑えて特待体験生に選ばれたのは、飛びぬけた強さも無く、突出した技術を持っていないちょっと強いお前だ。 ルカ・アーダルベルト」
(なんか、色々余計な事言われてる気がするが…)
リーゼは淡々と、だがどこか楽しそうにルカに言い放った。 彼女の言葉に少々心にダメージを食らったルカを見て、リーゼは表情を少しやわらげた。
「だがしかし。 我々教師はお前のある部分を評価し、当然だが特待体験生の資格を得る最低条件を満たしている。 学校側はある試みを行いたいらしいし、それに騎士団とギルドは了承した。 まあ詳しい事は授業後に話す。 とりあえず、おめでとう」
呆然とするルカを置いて、リーゼはルカのそばから離れ教科書を開いて授業を再開した。
あまりの切り替えの早さに生徒たちは置いて行かれたが、急いで授業に取り掛かった。
ルカも急いで教科書のページをめくってリーゼの授業に耳をかたむけたが、授業の内容をほとんど聞き逃し、自分がなぜ特待体験生に選ばれたのか考察した。
...
授業終了のベルが鳴り生徒たちは各自自由に過ごすなか、ルカは素早く席から立ち教室前で待っているリーゼの元へ駆け寄った。
「来たかルカ。 早速だが職員室に特待体験生と任務の事が詳しく書かれてる書類がある。 ついてこい」
「は、はい」
「…色々と聞きたい事があるのは分かる。 私の授業をほとんど聞いていなかったようだしな」
(うっ…)
図星をつかれたルカを見て、フッと鼻で笑ったリーゼはスタスタと職員室に向かい始めた。
ルカはムッとしながらも前を歩くリーゼについて行った。
「心配するな。 お前が疑問に思ってる事職員室に着いてから答えてやる」
ルカが一瞬不貞腐れた様な表情をしたのを見逃さず、それに応えるかのようにそう言った。
(なんかマジで意味分からん。 嬉しいっちゃ嬉しいけど…やっぱ何でって疑問の方が大きいしなー。一年、ましてや俺か……実感無ぇー。授業中でもずっと考えてたけど、どう考えても俺じゃなくでネロの方が良いだろ)
リーゼの授業を聞かず、なぜ自分が選ばれたのかを考察した結果、自分より幼馴染のネロが選ばれる事の方が全然納得できる。ルカの幼馴染のネロ・シラヌイは、クラスの中では勉学も戦闘力も一二を争うし、学年の総合成績トップ5に入る実力を持っている優秀な生徒。 そのうえ成績だけじゃなく人格も良し。
真面目で自分にストイックだが、礼儀正しく温和な性格な青年。 おまけにその性格に見合う、もしくはそれ以上なルックスの持ち主である。 メルンボーデン王国では珍しいサラサラな黒髪、優しさを感じさせるたれ目、物腰柔らかな顔つき、笑顔を見せたら女性だけじゃなく男性もが頬を赤く染める。実際に同級生や先輩の女子生徒だけじゃなく、一部の男子生徒からもモテている。
そんな非の打ち所がない彼を抑えて、特待体験生に選ばれたのはルカである。
改めてルカは自分自身の分析を始めた。
頭の良さはネロに劣るが、剣や武術に至ってはネロといい勝負である。実際二人の手合わせの戦歴は
31-29でルカが勝ってる。だがそれは剣や武術だけの話、魔術はネロの方が上回っている。ルカもある程度の魔術や攻撃魔法を出せるが、ネロの方が強い魔術や上位魔法を使える。
呪文を唱えたり魔法で攻撃するよりも、剣や武器を使って敵を倒すという純粋な力勝負がルカの性に合っている。先ほどリーゼが言っていた通り、ルカは飛びぬけた強さを持っていないちょっと強いだけの生徒だ。
(考えれば考えるほど、ネロの優秀さが分かるなー。特待体験生に選ばれたから俺になんか凄ぇモン持ってるかもって思ったけど……なんか、心が痛い…)
結果、ルカの疑問は消えることもなく、幼馴染のネロの優秀さと自分を比べたことで、少し心にダメージを食らった。
色々と考えていると、リーゼとルカは職員室に入りリーゼのデスクまで歩いた。
「さてと。まずは、何故お前が特待体験生に選ばれたのかを説明しよう」