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8. みたされて、えられるもの(1)

 リンは深皿に注がれたペーストを凝視していた。

 全体的に濁った茶色で、穀物の粒の主張が激しい。(さじ)でかき回すと黒い焦げがぽつぽつと見えた。


「なに……これ……」

「煮ろと言われたから、煮た」


 作った本人であるリーフは全く動じることなく、自分の分に口をつけた。

 それをリンは少し引きつった顔で見ていた。


 リーフの処遇を決めた後、お腹が減ったリンは夕食を用意しようとした。

 しかし、()(りょ)のような身の上で、しかもこれから使用人のように使ってやろうとする相手のためにわざわざ料理を作るのは如何なものかと、リンはふと思った。


 そこで、リーフに材料を渡し、ガス式(コン)()の使い方を簡単に説明したうえで丸投げしたのだ。


 挽き割りの麦と乾燥させた豆と野菜を水に浸して、あとは少し煮込めば完成する――簡素な農民風の(むぎ)(がゆ)である。


 失敗のしようがないとリンは思っていたが、目の前に出されたものは想像をはるかに超えるグロテスクなものだった。


 作れと言った手前、食べないわけにはいかないが、これを口に運んでよいものかとリンは(しゅん)(じゅん)した。

 見た目が大変よろしくない麦粥をすする、大変見目のよい顔が苦しんだり吐き出したりしないのを見てから、リンも覚悟を決めて一口食べた。


 食べた瞬間にむせた。


「塩がっ、入ってないっ!」


 食卓に拳を振り下ろした。


「なにこれ嫌がらせ? こんなまっずいもの食わせてさぁ!」

「まずい?」


 リーフはきょとんとした顔で復唱した。


「まずいわよ! 塩入ってないし、焦げてるし、そのくせ生煮えだし!」


 抑えきれない怒りを食卓にがんがんとぶつけながら、リンは怒鳴った。


 麦粥は塩が入っていないせいで水よりも空虚な味わいだった。

 そのうえ火加減が強すぎたせいか苦い焦げが混ざり、一方で煮え切っていない硬い麦や豆の粒が奥歯に挟まった。

 野菜も切り方が雑で、大きさが不揃いかつ煮え方もまちまち、青臭さを加えるために入れたとしか思えない有様だった。


「残飯以下ねっ、飯ですらないしっ!」


 リンが匙をリーフに投げつけた。避けたリーフの頭をかすめて匙はとび、壁に当たってはね返った。

 リーフの服に茶色の染みがとんだ。


「責任持って食べて! ほら!」


 リーフの目の前に深皿が突きつけられた。


「……」


 リーフは黙ってリンの皿を受け取り、ほぼ手のついていない麦粥を自分の皿に移した。


 何も言わず、顔色も変えず、酷い色の粥を口に運んだ。

 リーフは静かに自分の不始末を片付けていた。


 反応から、故意にやったことではないとリンも察した。

 頭に上った血も幾分か落ち着いて、リンは不貞腐れた顔でリーフの食事を見ていた。


「……料理できないなら言いなさいよ」

「聞かれなかったから」


 子供の屁理屈のようなことをぽつんとリーフがこぼした。

 リンは深くため息をついた。


「あー、もうっ」


 リンは椅子を蹴飛ばして立ち上がった。


 壁に掛けられたエプロンを手に取り、棚からまだ使っていない調理器具を一式取り出した。

 水の入った鍋を火にかけ、麦を煮る間に野菜の皮をナイフで剥いた。頃合いを見て野菜も鍋に投入、煮え具合を見ながら火加減を細かく調節した。


 調理に要した時間は、リーフとさほど変わらなかった。


「はい」


 リーフの目の前に、湯気のあがる皿が置かれた。

 とろみのついた香ばしい色の粒がこんもりと盛られていた。

 粒の他にも細かく刻んだ根菜が混ぜ込まれ、上には乾燥させた香草がのっている。


 リーフが作ったものと同じ材料でできているとは思えないほどだった。


「これが普通の麦粥。食べてみなさいよ」


 促されるまま、リーフはひとすくいして口に運んだ。


「……」


 粥を口に含んだ体勢でリーフは固まった。


 少し間を置いてから、ゆっくりと嚥下した。


「どう?」


 珍妙な反応にリンは少し腰が引けたが、それでも自信を持って感想を要求した。

 リーフは口の中の残り香をしばらく転がしてから、ようやく口を開いた。


「苦くない、痛くない、臭くない。喉にすっと入って、温かい」


 食べ物の味の感想としてはあまり聞かない言葉の羅列に、リンは少し眉根を寄せた。

 謎かけのような言葉の真意を、頭の中で咀嚼して紐解いた。


「何それ。要は美味しいってことでしょ、回りくどい」

「これが、美味しい……」


 リーフはあたたかい皿に両手を添えた。宝石の瞳に映るにはあまりに素朴な料理をじっと見つめていた。


 もう一度匙を手に取り、リーフはまた麦粥を食べ始めた。

 無言で食べる表情は仮面のように動かなかったが、皿の中身は先ほどよりも速く減っていった。


 リンはしばらくその様子を観察していた。自然と、引き結んでいた口元が綻んできた。


「感激しちゃった? ふふん、やんごとない身の上でも自分のことくらい一通りできてとーぜんなんだから」


 自慢げに言って、リンも自分の皿を食べ始めた。

 その味はいつもと何ら変わらず、特別なものなど何一つなかった。


 しかし、何故か独りで食べるよりも美味しく感じた。


「明日からは、しっかり働いてもらうんだから!」

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