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7. 不吉の獣(4)

「そんなきったない格好で家に入れられるわけないでしょ」


 リンは庭園用のポンプで汲み上げた井戸水を再びリーフに頭からかぶせた。春のまだ肌寒い日暮れ近くに、冷たい水の飛沫が散った。


 リンは縛りつけられたままのリーフに何回も水をかけた。息を吸うことも、目を閉じることも考慮しないで水をかけ続けた。


 リーフはただ黙って下を向いて耐えるしかなかった。

 水が汚れを押し流すとともに肌の熱を奪っていった。凍えるほどの仕打ちだが、抗うことなく受け入れていた。


「あれ?」


 足下が泥水で沼のようにぬかるむまで、夢中で制裁を加えていた手が止まった。


 砂埃と泥が落ちた髪は、銀の糸のようにきらきらと輝いていた。辺りが暗くなり始めた中でも、目立つほどの輝きだった。


 リーフが顔を上げた。

 泥の下から露出したのは、抜けるような色の肌だった。冷えで青ざめていることを加味しても、白く滑らかな質感を持っているのは明らかだった。


 眉と(まつ)()も髪と同じく氷の張りそうな銀色で、宝石を埋め込んだような瞳も合わせて作り物のようだった。

 殴られた跡とこびりついた血は残っていたが、その褪せた赤がかえってぞっとするほど生々しく、人形のような造形の顔を人たらしめていた。


 知らず知らずのうちに、リンは顔を近づけていた。擦った琥珀に羽毛が吸い寄せられるように、うつくしい引力にとらわれていた。

 いつの間にか、リンはリーフの吐息を肌に感じるほどの距離まで近づいていた。


 リーフが頭突きを繰り出した。


 かなり大きな鈍い音が響いた。


「っっっったぁ~~」


 完全に油断していたリンの頭の中で火花が散った。よろめきながら後ろに下がった。

 額を押さえて(うめ)くリンをリーフは鼻で笑った。


「洗ってくれて、どうもありがとう」


 リーフは口の中に入り込んだ水とともに、感謝が微塵も含まれていない言葉を吐いた。


「一度縄を解いて、全部洗ってくれないかい」


 返事の代わりにリーフの頭に冷水がおかわりされた。



◇ ◆ ◇



 全身びしょ濡れのままリーフは離れの馬小屋に押し込まれ、続いて投げ込まれたタオルと着替えで身なりを整えた。

 濡れた衣服とブーツはリンが没収し、柵の外の木に引っかけて干された。他の所持品についても同様だ。


 リーフに下された沙汰は軽く見えるが、リンは抜け目がなかった。これでリーフの所持品は全てリンに差し押さえられてしまった。


 気まぐれなお嬢様が満足するまで付き合うしか道はなくなっていた。


「これでいいかい」


 リーフは慣れない手つきで乾いたシャツの(えり)ぐりをいじった。

 リンが渡したのは、使用人の使い古しの()()りのシャツに、()せた色のズボンだった。銀の長い髪は三つ編みをほどいて水気を取ってから一つに括りなおした。


 黒い外套を脱いだ背中は薄く、手足は棒のように細かった。色が白いこともあって、身体の輪郭は白木で組んだ案山子のようだった。大変顔の整えられた案山子だった。

 性別を感じさせない(きゃ)(しゃ)な体格と、白磁と銀糸であつらえたような美貌はますます等身大の人形を意識させた。


 鼻血が止まり、鼻筋の()れも早くも引いてきたことでより生の臭いは薄くなり、作り物めいた雰囲気が強くなっていた。


「……」


 その姿をリンはしばし無言で眺めていた。


「いいんじゃない」


 そっぽを向いてリンは一言そうこぼした。


「じゃ、まずは……」


 間の抜けた収縮音が鳴り響いた。音の元に二人の視線が向いた。

 下を向くリンの顔は真っ赤になっていた。



「お、お腹すいたでしょっ! まずはご飯にしよう、うん!」

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