3. 檻の中の一匹狼(3)
少女はケープを外し、左腕にぐるぐると巻きつけた。腰のベルトに提げていた棍棒を右手で構える。スカートの裾を翻して腰を低くした体勢は、古代の剣闘士のようだった。
若い雄はいかにも血気盛んでやる気に満ちあふれていて、少女に対する闘志をむき出しにしていた。
闘志の迸るまま、雄は唸り声を上げて真正面から少女にとびかかった。
草食動物ならひとたまりもない突進だが、真っ直ぐすぎるが故に少女は容易く見切った。半身で衝突を避け、獣の肩に全力で棍棒を叩き込んだ。
「ぎゃんっ!」
重い衝撃に若い雄は悲鳴を上げて飛び退いた。しかし、距離をとりつつもまだ少女から目を離さなかった。
人間なら骨が折れる一撃だったが、モンスターを退けるには不十分だ。元々、モンスターは普通の動物よりも頑丈で耐久力は極めて高い。巨大な落石に押しつぶされても平気で這い出てくることもあれば、なまくらの刃程度なら毛皮で弾くことさえある。
モンスターを確実に仕留めるには対モンスター用弾丸を撃ち込むか、炎で焼き尽くすか、古典的に魔剣で対峙するしかない。
少女の長銃には対モンスター用弾丸が込められていたが、不相応な座を狙う獣の再教育には必要なしと判断していた。
不用心すぎる初撃を反省してか、若い雄は少女の隙を伺い、挑発するように上半身を低くした。
同族ならつられて攻撃していただろうが、少女は構えを崩すことなく待っていた。
睨み合いはしばらく続き、耐えきれなくなった若い雄が上半身を跳ね上げて少女の喉笛を狙った。
少女は左腕を前に出し、腕を犠牲にモンスターの顎から身を守る――と見せかけて左腕で顎を叩き落とした。更に追撃で首を棍棒で打ちのめした。
容赦のない攻撃にモンスターは地面に頭をつけた。
すかさず少女はモンスターの頭にまたがり、顎に棍棒を噛ませた。
「身の程をわきまえなさい」
少女は低い声で三角の耳に囁いた。
棍棒を顎の奥まで突っ込んで噛ませ、モンスターの口を無理矢理開かせた。臼歯のさらに奥まで棒を噛ませることで、噛み砕く行為を防ぎつつ舌の根元まで外気に晒した。
暴れてもがっちりと固定して放さず、憐れみを呼ぶ鳴き声を上げるまで仕置きは続いた。
拘束からようやく逃れた若い雄は少女の前でごろんと横になって腹を見せた。少女は棍棒で若い雄の首を軽く叩き、視線を外した。
若い雄は尻尾を下げて群れから離れていった。
他のヒメヤツハオオカミも続々と立ち上がった。若い雄とは別の方向に群れは移動していった。
子狼たちも満足したのか、親について屋敷の周囲から離れていった。
空になったブリキ缶を持って、少女は屋敷に戻った。
一仕事を終えた少女は洗濯かごに汚れたケープを放り込んでから唾液まみれの顔を洗い、台所に戻った。
時刻はもう夕暮れ時で、夕食を準備してもよい頃合いだった。
「そういえば、手紙が来てたっけ」
使用人が今朝、諸々の食料とともに屋敷まで届けてくれた手紙がテーブルの端にのっていた。
手紙の表には差出人の署名がなかったが、裏には弓矢と狼を組み合わせた紋章で封蝋が押されていた。
少女は躊躇いなく封蝋を剥がして手紙を開いた。
上質な厚手の便せんには濃紺のインクで文字が綴られていた。
軍の休暇中、メーラン家の第三特別猟区で世話になっていると聞きましたが、元気に過ごしていますか。
我が家と縁を結びたいという貴族から申し入れがあったので、貴方の居場所を伝えてあります。特に問題はない小さい家のため、好きなように判断なさい。
手紙が届く頃には休暇は残り十日というところでしょうか。休暇が終われば訓練で西部緩衝帯に行くそうですね。
しかし、最近は隣国が政局不安定との情報があり、東の国境線上でよからぬ輩の捕縛も増えています。
第三特別猟区はメーラン家の領地の中でも国境に近いため、安全のためにも休暇の残りは王都に戻ってきなさい。
手紙には概ねこのようなことが書かれていた。
「これ、あの弱虫のことかー……一歩連絡が遅い」
一通り読んでから、少女はちょっとむくれた。特に、最後の方の言葉が気に食わない様子だった。
「別に大したことないでしょ。それに、猟区を通ろうなんて命知らず、そうそういないし」
彼女の家族は世間体が許す限り少女の行動を許容していたし、性格に理解も示していた。
少女が国境外の僻地でモンスターと戦うことを仕事として選択したことも、婚約候補者に無理難題をふっかけていることも実家の知るところだった。
「安全かどうかで言えば、猟区の檻の中にいる方が王都よりずっと安全だし」
少女は手紙をくずかごに放り込んだ。