13. 檻を蹴り破れ
二日ぶりにリーフは黒い外套の袖に腕を通した。
昨晩はリンから客間の一つを割り当てられた。もう行動を制限する鎖は巻かれなかった。
没収されていた服と荷物も日が昇ってから返された。
洗濯された衣服からは泥汚れも臭いも消えて、森の中を這いずりさまよっていたとは思えないほどだった。
「しかし、軽くなった」
リーフはすっかり短くなった横の髪を指でつまんだ。
腰の辺りを優に超える長さだった頭髪は、襟足を少し残して短く切りそろえられていた。
切った後でリンのとっておきの石鹸で洗われたおかげで、銀の色は清流の煌めきのように光を反射し、所々に混ざる暗い色もまた黒曜石のように艶があった。
遠目でも目立つほど輝いているので、後で汚して隠さないととリーフは思った。
旅装を整えたリーフは最後の挨拶をするためにリンの元へと向かった。
リンは倉庫で荷物を整理をしていた。
今日のリンはスカート姿ではなく、乗馬ズボンに革のジャケットと活動的な格好をしていた。
「短い間だったけれど、世話になった」
屋敷に定期的に食料を届け、手入れをする使用人が既に到着していた。
リンが掛け合い、リーフを荷台に隠して狼の森から逃がしてくれることになっていた。
「あ、そのことなんだけど」
リンは話しながら倉庫の棚から小箱を取った。そのまま足下に置いた大きな鞄の中に小箱をつめこんだ。
「私も行くことにしたから」
「え」
リーフの顔が固まった。
「だって、森から離れた瞬間に使用人を口封じされちゃ困るし。オオカミを抑えられる人材は貴重なんだから」
リンはもう一つ小箱を鞄の中につめこんだ。リーフには小箱に『弾丸』と書いてあるのが見えた。
「では、どうしてそんなに武装を整えているのだい」
ただリーフを見送るには、荷物の量が異常だった。軽く外に出る程度で、鞄いっぱいに弾丸を詰め込む必要はないはずだ。
「ん? 森を出るまでなんて言ってないじゃん」
リンは鞄の口を閉じた。
「私が飽きるまでリーフについて行くことにしたから」
「……」
リンの発言に、咄嗟にリーフは言葉が出てこなかった。
「……ついてくるというのは君の勝手だけれども、理由を教えてくれないか」
待ってましたとばかりにリンは身を乗り出した。
「退屈しなさそうだから!」
満面の笑みでリンは答えた。
「一晩考えたんだけどっ! この先、リーフよりも頭がイカれてる……じゃなくて、顔と反比例してヤバい……でもなくて……私が一目惚れするに足る、そう、そういう人に出会うことってないと思うの。じゃあ、外で探せば良いじゃんって思って。だからついでに連れて行きなさいよ、リーフが一緒ならいつでも楽しそうだし!」
「漏れ出ている本音含めてさっぱり意味が分からない」
リーフは革手袋をはめた手を顎にあてて、しばらく考えを巡らせた。
「まあ、ボクの旅路の邪魔をしないのであれば、構わない。駄目と言ったところで止めようがないだろう」
「やったあ!」
リンは拳を握って喜んだ。
「よし、それじゃあ叔母様のところに寄って旅券作らなきゃ。リーフの分も作ってもらおっか」
「旅券?」
「……なんか薄々気づいていたけど、まともに旅したことない?」
リンの冷たい視線がリーフに刺さった。
リーフは流れるように顔を逸らした。