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11. 天使の真意(2)

 翌日、リーフは使用人の指導のもとで庭園の草抜きに従事した。抜き方は相変わらず下手くそだったが、雑草と植え込みの違いはすぐに覚えた。


 リーフが一日かけて整えた庭の一画はそれなりに見える出来栄えだった――庭のど真ん中で転ぶまでは。しかも、丁度様子を見に来たリンに抜いた草と土を頭の上からかぶせてしまった。

 かんかんになったリンは即座にリーフを馬小屋にぶち込んで、夕食は抜きだと宣言した。


 一人で夕食をとった後、リンはリーフを閉じ込めた馬小屋を訪れた。


「ちょっと、生きること下手くそ過ぎない?」


 故意かと思うほど不器用なリーフに、リンは前日よりもさらに詰め寄った。


 鎖で馬小屋の柱につながれたままのリーフは地面に座ってぼんやりとしていた。


 リンはやる気なさげなリーフの前に立って威圧した。

 ランプをリーフの目の前に突き出し、小言を言いながら生気の薄い顔を灯火の熱で軽くあぶった。


「不思議だ」


 鈍臭さを散々(なじ)られた後で、リーフはぽつりと言った。


「何がよ」

「どうして、手を出そうとしない」

「は?」


 リーフの言葉に、リンはぽかんとした。一呼吸置いて、それが暴力に対する言及だとリンは気づいた。

 リンは腹立たしさで拳を握りしめてはいるが、まだそれを振り上げていなかった。

 言葉は散々ぶつけていても、肉体を痛めつける行動は一切とっていない。


「別に今は果たし合いでも殺し合いでもないじゃん。なんで私が殴らないといけないわけ?」

「これだけ君に不快なことになっているのに?」

「やっぱりわざとか!」


 だん、とリンは地面を踏みつけた。


「通りで、見計らったようにすっ転んだと思ったら!」


 今日一番に拳が震えたが、それでもリーフに掴みかかるには至らない。


「……だとしても、あんたが抵抗する気一切ないのに一方的にぶん殴れるわけないでしょ」

「違うね」


 リーフはばっさりと切り捨てた。


「君は傷つけるのを我慢しているのではなく、危害を加える気がない。どうして、一昨日(おととい)会ったばかりのボクに興味を抱くだけでは飽き足らず、そこまで警戒を解く」


「それは……」


 リーフの疑問はもっともなものに聞こえた。

 もし使用人が進言しなければ、昨夜の時点でリンはリーフに縄を巻くことを止めていただろう。

 それほどまでに、リンは既にリーフに気を許していた。


 だが、リンは即答することができなかった。


「えっと……その……」


 目を泳がせ、緩んだ拳でスカートを掴んだ。


「だって、ここでリーフがまた暴れたって、いいことなんかないし」

「何か突破口を見つけて、君に危害を加えるのかもしれない」


「……そういうこと言っていいわけ」


 リンは唇を尖らせた。


「ものの例えだよ。それでなくとも、君が武器を手にし、相手の武器を取り上げていたとしても、女性が一つ屋根の下に()(らち)ものを入れること自体が普通の発想ではない」


 わかりやすい罠をまたいで、リーフは淡々とリンの矛盾を追い詰めていった。リンは思わず後ろに一歩退いた。


 リーフは座り込んだまま動いていないというのに、凡庸で何も出来ない人形のふりの下から言葉の剃刀(かみそり)を振り上げていた。


「君はボクのことをもう敵だと思っていない、違うかい」


 (かん)(らん)(せき)の輝きが、濃い灰色(グレイ)の奥を見透かしていた。

 決して強い光ではなく、まだどこかぼんやりと焦点を外して見ている。だが、リンは目を逸らすことができなくなっていた。


「……そりゃ、あの森を一人で歩いてきたんだもの、すごいと思って何が悪いの」


 安易でありきたりな言葉で煙に巻くことを許されず、逃げ場を失った感情をすくい上げてリンはぽつぽつと口から吐き出した。


「私が安全に歩く方法を教えても、誰も挑戦しなかったのに、何も知らなかったとしても一人で歩いたんだよ。それだけで尊敬することがおかしい?」


 リンの言葉は少し震えていた。仮にも屋内であるのにぞわりと鳥肌が立ち、無意識に腕をさすり始めた。


「実家目当てでお見合いするお坊ちゃまがウザくて、森を歩ける人と結婚するって言ったのは私よ。でも、まさか誰もできない意気地なしだらけとは思わなかった」


 リーフは黙ってリンの独白を聞いていた。


「あの人は勝手に死んだ大バカやろーだったけど、私が提示したならやってくれたはずだもん。同じだけ欲しがって何が悪いわけ」


 冷めていた言葉の端に、じわじわと熱が戻ってきた。


「だから、リーフが現れたとき安心したのよ。バカだろうがなんだろーが、私に付き合えるような奴はちゃんと他にもいるんだって」


 リンの身体の震えは止まっていた。


「そういう人を好きになって何が悪い!」



 胸を張ってリンは言い切った。

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