第6話 鉄槌
ベランドナ隊とファグナレン隊が砦攻略に向けて進軍する。アマン山の様な森ではないが、山道には違いなくましてや徒歩行軍は進行が遅い。
しかしそれ以前に彼等にはジェリド総司令が用意していたモノを待ちつつ進んでいた。
「おっ、どうやら来た様です」
ファグナレンが笑顔をベランドナに向けるが、彼女は作った笑顔を返しただけだ。
「おっ、遅くなりましたあぁ」
騎馬を10騎引き連れた少年が慌てた様子で後方から近づいて来る。見張り役なのか屈強な斧の戦士も連れていた。
「す…すいません。遅れたうえに馬もこれしか用意出来なくて」
「仕方がない。ラファンは黒い剣士に一番やられた地域だ。むしろ貴重な馬の提供に感謝する」
「あ、ありがとうございます…」
ファグナレンは少年を笑顔で迎え感謝を伝えた。
「若いな、名は?」
「は、はい。『ロイド』と申します」
「ロイド……おおっ! 君がリイナ様の幼なじみか」
ファグナレンは少し頭を捻ってから少年の事を思い出して手を叩いた。
「光栄です。何かリイナから聞いていますか?」
「うーんっ……弟みたいな可愛い奴だとか」
(弟!? 可愛い…だとっ!?)
ファグナレンの返答にロイドの顔が曇る。
「ファグナレン殿」
ベランドナはこの礼儀を知ってる様で、なってない男の脇腹に軽く肘を入れる。
「んっ!?」
いくら少年とはいえ、何れも幼なじみの女子から言われるのは、中々の屈辱ではないのか?
それを額面通りに伝える無神経さに釘を刺したのだが、効果はなかった。
「……良いのです、もう慣れてます。それより僕も砦への水先案内をさせて欲しいのです」
ロイドは覚悟を決めた顔に変わりながら、ファグナレンの方を見た。
ファグナレンとベランドナ、正直どちらと交渉すべきか? ロイドは実の所、後者だと感じた。
しかしその美しさに魅入られて話すら出来ないと思ったのだ。
ベランドナは思う。ここは少年の面目すらあえて蹴ってでも断るのが大人の対応だと。
「うーん……命の保証は出来んが」
「覚悟の上です」
「分かった。そこまで言うのなら自信があっての事だろう。なれど危険を感じたら逃げる。良いな?」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
ベランドナは頭を抱えた。優秀な男かと思ったが、ただの脳筋だと感じた。
ただファグナレンはロイドが背負っている得物に興味が沸いた。意外なものが見られるかも知れない。
とにかくただでさえ足りない馬だ。ベランドナは「空を飛んだ方が速い」と断り、後は一騎に二人が騎乗し先発隊とした。
これでは馬に乗れない兵が分断されてしまうのだが、そこはベランドナに考えがあった。
◇
一方、ジェリド本隊は戦端を開いてから約7時間が経過していた。
双方血にまみれ、肩で息をしながら戦い続けていた。
間もなく昼だ。少人数の長期戦は辛い。ろくに食事も取らず、サボる猶予も与えられない。
この劣悪の状況下でジェリド隊は本当に良くやれている。軽量な防具を選択した事が機動力ではなく、体力の温存に一役買っている。
怪我こそしてはいるものの、死者はまだ一人も出していない。
倍程の兵力を活かし、交代で攻め立てる事を徹底した成果だ。
なれど頑強な石塁で身を守りつつ、しかも常人ではない相手の方が、いくら策を練ろうとも限界が高いのは目に見えていた。
塁の中には籠城出来る様に食料もあるのだ。長引く事はむしろ歓迎といった所だろう。
尚、ジェリド隊には軽い武器を扱う騎士はいない。流石にファグナレンの様な手練れを置くことはないが、変化をつけた攻撃が重要ではなかろうか?
「戦之女神よ、この勇ましき者達に貴女の祝福を」
突如、敵の後方から実に高く可愛げのある詠唱が聞こえてきた。戦の女神の司祭クラスが行使出来るこの奇跡は、味方の士気を上げて戦う勇気を与えてくれる。
『戦乙女』程ではないがジェリド隊の連中は血がたぎる感覚に高揚した。
それにしても敵の後方から支援の奇跡とはどうした事だろう。その声を体現した様なあどけない少女である。15歳になったリイナよりも明らかに年下だろう。
そしてリイナの様に司祭の服を着てはいない。極々ありふれた町娘の姿であった。
「森の天使リイナ様の一番弟子っ! 『リタ』助太刀に参りましたっ!」
小さな身体で精一杯胸を張って、少女は名乗りを上げた。そして彼女の後ろには戦士というよりは、山仕事を終えてそのまま降りて来たといった体の屈強な男達が続く。
(…リイナに弟子、聞いた事がないぞ!?)
ジェリドは怪訝そうな顔をしたが、今は追及する場面ではない。
斧や戦槌といった重装備で、奇声を上げながら敵勢力に襲いかかる。ランスを構えた乗馬兵も数人いた。
「皆っ、来てくれたかっ!」
「すまねえジェリドの旦那っ! 遅くなっちまったっ!」
「問題ないっ、むしろ良き潮だっ!」
斧を大いに奮って暴れ狂う男が野太い声をジェリドに送る。ジェリドはまさに死中に活を見た顔で返した。
敵兵は大いに壊乱した。これまで前だけに注力していれば良かった所に、真後ろから活力の余った攻撃。
戦槌の戦士は石塁を容赦なく破壊し、さらにランサーが突撃する。7時間かかっても開かなかったダムにほんの数分で穴を穿つ。
そこへ活路を見出したジェリド隊が、流れ落ちる水の如く殺到する。
ジェリドと共にかつて黒の軍団に蹂躙されたディオルの生き残りのレジスタンスが、反撃の鉄槌をようやく振り下ろす時が来たのだ。
元々山林で林業に従事していた彼等。腕っぷしだけなら、明らかにアドノス島最強の兵士達だ。
その中でも圧倒的な力と人心を掌握したジェリドが騎士を率いて帰って来たのだ。
今、ここで自らの残りを全て使い切っても惜しくはない瞬間が訪れたといっても過言ではない。ディオルの兵だけではない。ラファン自治区の民衆軍全てがここに殺到していた。
潮と言ったジェリドも無論、戦斧を鬼神の如く、敵兵に叩きつける。
7時間もの間、優勢に戦いを進めていた筈の連中が、鬼に踏み散らされた様に次々と死骸になってゆく。
こうなると石塁はかえって仇となる。厚い石壁に追い込まれ、逃げ場すら失い成す術を完全に喪失した。
ジェリドがこの隊のみ重装備で此処まで粘ったのは、相手もムキにさせて少しでも体力を削る事が目的だった。
そして弱った所を来るのが分かっている味方で蹴散らせば事は済む。一見愚直に見えた戦い方だったが、全てジェリドの手の内であった。
ついでに言えばある意味ワザとラファン兵達へ、いい手土産にするという黒い思惑すら秘めていた。
援軍が来てから約1時間。敵は完全に沈黙した。終わってみればジェリド隊とラファン兵の大勝利であった。