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第12話 ハイエルフの苦悩

「負けないっ!」

「まだよっ! パパの為にもっ!」


 スペキュラ必死の突きをファグナレンはかわしつつ、その細腕を取ると投げ飛ばした。


 ベランドナは下から来ると判っている攻撃に甘んじる程、簡単な相手ではない。

 此方にヴァデリが届く前に地面を拳で叩きつけ、泥水と砂利を自分の身長程に跳ね上げる。


 ヴァデリには相手の次の一手が何処から繰り出されるのか判別出来ない。


 ベランドナは少しだけ後方に跳んで下がると、攻撃を当てる先を失ったヴァデリの蹴りを容赦なく踏みつけた。


「まだまだぁっ!」

「何ぃ!? あぁぁっ!」


 スペキュラは投げられた先にあった鏡を蹴った反動で、次はベランドナの方に襲いかかる。

 このスイッチは成功し、レイペアがベランドナの左腿を深く傷つけた。


 そして次、踏まれた筈のヴァデリが地面を思い切り殴りつけて、ファグナレンの首を脚で狙う。

 ベランドナが踏んだと思ったのは、落ちていた死体を咄嗟に投げ込んだものだった。


「その足技は散々見せて貰ったからな」


 ファグナレンが冷静にダガーで脚を斬りつける……しかしそれは甲高い音と共に砕け散った。

 本物のヴァデリはもう少し後ろの方から飛んでいたのだ。器用にもファグナレンの傷のある肩口を抜けて右踵を叩き落とす。


「なっ!? ぐがっ!」


 これは痛みよりも驚きの方が大きかったが、何れにせよファグナレンは肩を押さえてうずくまる。

 豪雨で鏡にはロクに映りこまない筈。兄妹の執念が通じたのか、あるいはファグナレンが出血からの疲労で見誤ったのだろうか。定かではない。


「終わりにしてやるっ!」


 そこへ再びスイッチしたスペキュラが脳天を串刺しにしようとファグナレンに突きを見舞う。相手は下を向いているから、身長差に関係なく狙っていける。


「遅い」


 ファグナレンは静かにそう告げると、スペキュラの真横に回ってダガーの柄の方を後頭部とレイピアを握る手に振り下ろした。


 この男は思った事を正直に告げる癖がある。『戦乙女ヴァルキリー』による底上げと、一見未だに破竹の勢いを続けているかに見える兄妹の動きが悪くなっている事を感じたのだ。


 刃の方を向けなかったのは情けをかけた訳ではない。持ち直す時間が惜しかったのでそのまま叩きつけた次第だ。

 ダメージを受けてはいたものの、うずくまったのは巧妙な誘いであった。


「ウグッ!?」


 スペキュラは指の骨を折られ、頭を殴られたショックで気を失い、うつ伏せの状態で地面に倒れた。


「スペキュラ兄さま!?」

「さあ、次は貴女の番よ」

「ぐっ……」


 ベランドナとのやり取りに一瞬気を取られたヴァデリ。ファグナレンに跳びこまれて背面を取られる。

 ファグナレンは手刀を首筋辺りに一閃する。


「うっ!?」


 不意を突かれたヴァデリも気を失い、その場に倒れた。


「全く……手加減をしないのではなかったのですか?」

「御言葉ですがベランドナ様。この腕の皮鎧の下には金属が入っています。それに最短で届く一撃を選んだまで」

「ふぅ…」


 ファグナレンは全く悪びれる様子なく応えた。声は聴こえずとも言いたい事に大体の察しはついた。


「しかし何れにせよ、この子達が助かると思って? 意識が戻ったら身体を酷使し過ぎた苦痛に耐えきれずに死ぬのよ」

「ベランドナ様……そこまで仰せならこの憐れな子供達の最期を貴女に委ねましょうぞ」


 そう言いながらファグナレンはうつ伏せだったカルベロッソ兄妹を泥水をすすらない様に仰向けにして、ベランドナの足元に並べて寝かしてやった。


「ま、ママ…」

「父さん、僕まだ死にたくないよ…」


 寝言の内容が悲しい。良い夢を見ているとは思えない。だがこの小さな命は間違いなく必死に生きている。

 それを見つめるベランドナは、300年くらい昔の幼少期を思い出した。


「クッ! や、殺れないっ! ファグナレン、貴方はとてもズルい人です」


 顔を背けるベランドナ。たった12歳で人生を背負っている彼等を見ていると、自分が如何にも酷い存在に思えてならない。

 300年という長い時の中で幾度も人の死を横目に見てきた彼女。

 目の前の男にズルいと言ったのは、自らのズルさを押しつけて正当化したかったからだ。

 思わず肩を震わせ、こみ上げるものに抵抗する事をやめた。


「ベランドナ様。それは極々自然な感じ方ですよ」

「くっ……」

(だ、だから言ってる事が判らないのよっ…)


 ファグナレンは震えるハイエルフの肩を抱いた。人間の男に身体を預ける事などドゥーウェン相手でもダンスの時だけだ。


「とにかく砦に参りましょう。そしてこの二人をせめて濡れない所に連れて行きたい」


 ファグナレンはベランドナの背中を押して砦に向かう様に促す。


「あ…ま、待って下さいっ、僕も行きますっ!」


 ロイドは森の影から姿を現すと勝手に追い抜き、先に砦へと向かって駆けた。


 ◇


「ジェリド総司令っ!」

「うむっ!」


 ランチアが敬意を込めてその名を呼び、目で合図を送る。ジェリドは振り幅こそ小さいが目力強く頷く。アイコンタクトだ。


 さらにジェリドが連続した戦斧の突きをカーヴァリアレへと繰り出した。

 周囲にワイヤーを張られたカーヴァリアレは身体を大きくは動かせない。

 此方も大剣の突きで応戦する。彼は背中に翼でもない限り、宙に跳び標的にされる愚かさを悟っていた。


 重量級武器同士が激しくぶつかり合う。互いの実力が拮抗してなければ一瞬で命が消し飛ぶ危うさだ。


「何故ですっ? 貴方の様に肉体も知性も充実した男ならこの大剣『竜之牙ザナデルドラ』を心置きなく引き継げたのだ。なれば私とて心おきなく逝けたものを!」

「それこそ応えるに値しない。己が信じる得物をまっとうすべし。貴方の教えが受け継がれたから今のフォルデノ兵達の強さがある」

「……それは詭弁ですっ!」

「それに買いかぶらないで頂きたい。今の私は優秀なハイエルフの『戦乙女』とやらで強化されている。だからこうして互角でやれているのだ」


 元師匠と弟子。どれ程の関わりがあったのか定かではないが、どうしても互いに言いたい事を口走る。


「どっけぇぇぇッ!!」


 そこへまたもワイヤーを蹴ったランチアがもう何度目か定かでない跳び込みを決行する。カーヴァリアレの正面にぶつかる為の忠告かと思いきや、さらにワイヤーを握って方向転換。

 真後ろからの攻撃に切り替えた。


「やかましい、まるで猿ですね」

「うおぉぉぉぉッ!!」


『竜之牙』は相変わらずジェリドの戦斧の相手をしているから回せない。ランチアはまたもハルバードを振り下ろすモーションだ。


 これをカーヴァリアレは空いた左腕で受け止めた。剣が仕込んであったのだ。片腕で両手剣を操る理由が露呈した。


 だがこれでランチアの仕掛けは終わりじゃなかった。

 槍の後方を握った手を引くと、なんと2つに分割した。ハルバードの中から槍が出てきて二刀になったのだ。


 その槍をカーヴァリアレのどこでも良いから当てるっ! これは完全に意表を突いた。


「失礼、訂正しましょう。猿は猿でもサーカスの猿ですね」


 この槍の一閃をカーヴァリアレはランチアの手を蹴り上げ応戦した。この雷鳴の如し動きにランチアはなんと笑っていた。


 彼は蹴られて槍を落としたかに見えた。だがそうではない。自ら蹴られる瞬間に惜しげもなく槍を落とすと槍の後方を踏みつけた。

 地面に転がろうとした槍が一気に起き上がる。


 そこへカーヴァリアレが蹴った脚の戻りが降ってきて突き刺さる。


「な、馬鹿なっ!?」

「へっ! 俺様相手に常識でモノを考えるとそうなるんだっ!」

「ウグッ!?」


 遂にランチアの仕掛けが完璧にカーヴァリアレを捕える事に成功する瞬間が訪れた。

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