第10話 ありえない再会
傷つきながらも笑みを浮かべるベランドナとファグナレン。
一方、未だかすり傷すら負ってもいないが、実に面白くないといった顔つきで睨みを利かすスペキュラとヴァデリの二人。
「そ、そうは言うけど、僕の鏡面の力は未だに健在なんだよ」
「そうよっ! それに私の能力だって指向性を気にせずに、自爆すら惜しまなければ扱えるのよっ!」
確かに彼等の優位はまだ緩いでいない気がする。
「確かにそうね、だけどこれを見ても言ってられるかしら?」
ベランドナは空を指した。
「んっ?」
「はっ?」
カルベロッソ兄妹がつられて空を見上げる。真っ黒な雲が支配し、まるで夜を迎えたかの様だ。
ザーッ!!
大きな雨粒が兄妹の眼をダイレクトアタックする。
「うっ!」
「あ、雨がっ!」
そう、雨だ。それも視界を遮る程の突然の豪雨。地面に落ちて轟音に変化しながら降り続く。
「どうかしら? この音の中、貴女の音はどれだけ此方に届くのかしら?」
「そして鏡はずぶ濡れ、これに君の言う鏡像とやらは我等を脅かす程見えるのかな?」
「「くっ!」」
いよいよこれは兄妹にとって不愉快な展開であり、大人組には最高の条件が揃いつつあった。
「で、でも僕らの純粋な腕力も理解してるよね?」
「そうよそうよっ、私メイス折れても戦えるのよ」
「そうかい、ならまだまだ楽しめそうだな」
「手加減はしない、ここからは小細工抜きのぶつかり合いよ」
4人がそれぞれの武器を握りしめ、ずぶ濡れになりながら雨中での激戦を決意した。
◇
砦内部では劣勢を強いられるプリドール副団長を助けようと、団員達が相手に立ち向かっていく。
だがカーヴァリアレは雑作もなくこれらを全て撃ち払う。
副団長でさえ一蹴したのだ。ただの一兵卒など路傍の雑草の様なものだ。
そこへ2本のジャベリンが投げ込まれた。これも身体を捻るだけでかわした。
「おっとそこまでだ。10cmも進んだらアンタの首から下が無くなるぜっ」
「団長っ!」
その忠告にプリドールは笑顔で返す。カーヴァリアレは何も応えない。
(これは…ワイヤーの付いたジャベリンですか。成程、私の前後に張られていますね)
(胸くそ悪い野郎だぜ…もっと大きくかわせば今頃絡み取られていたってのに)
首の下が無くなる。これはランチアの虚言だ。流石にそんな殺傷力はない。
あくまで相手の動きを封じたいだけだ。
「その鎧…ほぅ、貴方が『青い鯱』ですね」
「おおっ、ご存知とは嬉しいねぇ。アンタの事は正直知らねえな。他の連中の様に白い鎧じゃねえんだな」
ランチアの言う通り、総大将でありながらフォルデノ兵の鎧ではない。
黒ずくめのまるで教会の牧師の様な出立ちだ。
「その格好、我が神の使いの剣にて審判をくれてやるッ、ってとこか? 随分と格好いいんじゃあねえの?」
「フフッ…まさかそれは恐れ多いですね。しかし……」
「んっ?」
「貴方達がいう黒騎士様を神と崇めるとするのであれば強ち間違いでもないかも知れません」
余裕の笑みが絶える事のないカーヴァリアレ。ずっと両手持ちの大剣を片手で扱っている。
ランチアが実に面白くないといった顔をした。
「暗黒神って訳か……まあ俺はどのみち神仏は信じねえがよっ!」
(が…どうする? 副団長の突貫が効かねえ相手に俺が正面切って向かっていってもな……)
ランチアは勢いだけで戦う愚かしい男では決してない。むしろ考え抜いた計算の先にある数%をモノにする時に無謀と言える賭けにでるタイプなのだ。
(むっ…水の滴る音。雨か……)
「うらぁっ!」
ランチアは再びジャベリンを四方に投げ込む。狙っているのは相手ではない。
「またワイヤーの結界を張ろうという魂胆ですか。そんなモノが通じると本気で…」
「ハッ!」
次にランチアは張り巡らせたワイヤーに自ら向かっていき、器用にもその上に飛び乗るとその反動で、カーヴァリアレに向かってハルバードを振り下ろす。
(ほぅ…ワイヤーを使い自らを飛ばしますか。これは中々に読みづらい)
そう思った割にはハルバードを難なくいなす。
「クソッ!」
「だが襲って来る瞬間に反応出来れば何の問題もありませんね、ククッ」
ランチアの渾身一滴の攻撃がまるで効かない。果たして彼に勝ち目はあるのだろうか。
◇
砦の入口付近ではジェリド軍と敵勢力の小競り合いが始まっていた。圧倒的数の優勢で押せる筈のジェリド達だったが、カルベロッソ兄妹によって一瞬の内に100名以上が戦闘不能にされてしまった。
さらに不幸な事にせっかく砦後方から迫ったランチア軍は、カーヴァリアレ一人に抑え込まれている。
数の優位は消え失せ、人間離れした敵の力が再び優勢になってしまった。せめてジェリドは奥にいるランチア達の加勢に一刻も速く行きたい。
なれど敵を切り開くのは容易でない。
「戦之女神よ、この者等に心安らかなる刻を『天使之休息』」
ちゃっかりここまでついてきたリタは、静かにエディウス神の奇跡を行使した。その顔はまるで赤子を寝かしつける様に穏やかだ。
そして何と実際に彼女の前にいた敵10名程がバタバタと倒れていく。死んだのではない。本当に寝かされたのだ。
「な、なんだこの奇跡は!? 初めて見るぞ」
「あら、そうでしたか。でもロイドにお願いしてリイナ様の書庫から持ち出した物を私は使っているだけですから」
(ロイド……お前か)
娘が高名な司祭であるジェリドですら初見の奇跡だ。なれどリタはこの奇跡を学んだリソースをあっさりと伝えた。
「リイナ様は真っ直ぐなお方。きっとこの様な搦め手はお嫌いなのでしょ」
(それは認めざるをおえんな……)
「ジェリド様、とにかく急いでくださいっ!」
「ありがとうっ! そして優秀な者がいる事を娘に必ず伝えると約束しようっ!」
ジェリドは真剣に礼を言いながら走り去った。その言葉だけでリタは満足気に緑の長い髪を振る。そしていよいよここで死ねないと決意を新たにした。
◇
「何度繰り返した所で同じ事です。貴方は馬鹿ですか?」
「ハァハァ……き、決まってんだろ。テメエを殺るまでだ。うちの副団長に恥をかかせて仲間の命を奪った罪、万死に値するっ!」
あれからランチアはワイヤーによる立体的な攻撃に執着した。だが幾度繰り返そうと同じ事。再生動画を見せつけらているかの様だ。
そこへ戦斧の戦士が駆けつける。言うまでもなくジェリドだ。息を切らしつつも、直ぐにランチアの背中に入る。
「成程、仲間が来るまでの時間稼ぎ……いやはや、何とも涙ぐましい努力をするもだ」
カーヴァリアレは本当に感心した様に拍手を送った。勿論馬鹿にしている。しかしジェリドだと判った途端、少しだけ顔が引き締まった。
「カーヴァリアレっ! 本当に貴方なのかっ?」
「ジェリド、もう私の顔を忘れたのですか? ボケるには少し早すぎる」
ジェリドが戦斧で横に薙ぎ払う攻撃を繰り出すが、重量差をものともせずに大剣で受け止めた。
「おぃっ、おっさんっ! 知り合いなのかっ?」
「カーヴァリアレ・カルベロッソ。かつてのフォルデノ騎士団長にして、天才と称えれた騎士。そして俺の師だった男だ」
「な、なんだとっ!?」
ジェリドは斧で組み合ったままランチアの質問に応答する。
「しかし生きていたとしても既に60を超える老人。何よりも俺がまだフォルデノにいた頃に病に倒れ、団長の座を俺に明け渡した人物なのだ」
「ちょ、ちょっとタンマ。俺、アンタの言ってる事が微塵も理解出来ねぇ」
「それは当然だ。この私自身が一番困惑しているのだからな」
ジェリドはようやく後ろに退き組み合うのやめて、再びランチアの背中に戻った。
幼きカルベロッソ兄妹も同じ病だった筈なのだ。
だからこそ彼はその名を聞いた時から、思い悩んだままここを訪れ、眼前にいる若すぎる師にらしくもなく怖気づいた。




