薬草園
「主上のおなりです。」
蔵人の頭が鬼の間に顔を出した。
命婦があわててそちらに向かう。
「やれやれ。」
なにやら知っている風の麗人が微笑む。
女の我々でさえドキッとするのだが……男の方々はさぞかし心臓に、悪いだろう。
この白ゆりの君にも重大な秘密があるらしいが、
それはまたおいおいに。
内侍の司に戻って仕事しなければならない。
何しろ他の3人の典侍は名ばかり典侍で出仕もしないし、
来たとしてもあてにもならないのだ。
養母、真砂の君が尚侍に頼まれたとかで、出仕したのだが
仕事の多さに若い亜相は右往左往、尚侍直々の出仕でなければ、さぞかし内侍ににらまれていたことであろう。
内侍の司では、書類の整理をしながら、なにとはなしに
世間話をしていた。
「そういえば亜相の典侍、あなた真砂さまの養い児だったわよね。」
伊勢の内侍がひょいと聞いてきた。
「はい、まだ幼いころ生母がみまかりまして、それから育てていただきました。」
筆をはしらせながら答える。
「真砂さまは、薬草園をお作りなのでしたっけ?。」
播磨の内侍が、紙束をよりわけながら尋ねる。
「はい、私も宿下がりのときはお手伝いさせていただいてます。」
伊予の内侍が、この人は皆より少し若くて20代なのだが、なかなか要領が良くて仕事が早い
「真砂さまって主上の乳母なのでしたっけ。ご自分のお子さまはどうなさったのですか?。」
あとの2人の顔が強ばる。
「いらっしゃらないのです。私も詳しくは存じませんが。
主上をお育てしていたときは、薬草園はやしきの方々でやっていたそうですし。」
亜相が下を向いたまま答える。
「そうね、お聞きしてはいけないことなのでしょうね。」
伊予の内侍のこういうところが、亜相は好きだ。
女儒が御簾の外から
「亜相の典侍さん、八条から文がきております。」
「あら!噂をすればだわ。」
「それと、陰陽寮からも……。」
とたんに亜相の眉がグニャリとなり
内侍皆が笑い出す。