父親なんて知らないけれど
後宮の朝はそれなりに賑やかだ。
主上がおわす近辺は密やかなのだが、女官が立ち働く殿舎においては雀もかくや、というばかりの喧騒だ。
「亜相の典恃はどこなの?まさかまた陰陽寮に連れてかれたわけじゃないでしょうね!ただでも名ばかり典恃しかいないのに!仕事が進まないじゃないの!」
その時、麗景殿のほうから何か音がしたようだが、焦りまくりの内侍には聞こえなかったようだ。
「主上、吹き出さないで下さい。」
蔵人の頭があきれ顔で言う。
「名ばかり典侍は良かったな。あとは出仕しておらんのか。」
「皆様、お年を召していらっしゃいますので……。なかなか。」
白ゆりのごときと殿上人の憧れの尚侍がさらっと言う。
「なかなか、天に召されぬ限り難しいかと……。」
これは蔵人の頭、結構な毒舌である。
この3人、よくお忍びでこの局に潜んでいる。
見てくれは良いのだが、素でいられるのはここだけとばかり、
言いたい放題のひとときを過ごしている。
遠くからバタバタと走る音が聞こえたと思うと、バシャリと御簾をかきあげる音と
「すみません!播磨の内侍さん!」
15.6才ほどの少女が飛び込んでくる。
「亜相、良かったわ!鬼の間で命婦さんが」
「あ、またいないんですか。」
それを聞いて3人が、顔を見合わせる。
「私もまいりますね。」
ニコリと笑うと尚侍が奥の妻戸に向かう。
「では、わたしも。」
頭も別の妻戸に向かう。
残された主上はごろりと、仰向けに寝転んだ。
「尚侍さま。主上は……。」
「いつもの通りよ、うふふ。
よく見つからないものねぇ。」
「どこからお出ましいただきましょうかねえ。」
亜相の典侍、あしょうのてんじ。若干16才
14の頃から典侍として出仕している。
上司は尚侍、通称白ゆりの君である。
主上の乳母の養女として女官になった。
主上の乳母、真砂さまに育ててもらったのだが、産みの母も女官であったことから乳母の推挙として後宮で働いている。
尚侍の小間使であるが、尚侍では上がれないところまで上がれるので、なんやかや用事が多いのである。
その上というか、やっかいなことに稀代の陰陽師が雲隠れして
その息子が出仕したのだが、なんの因果か亜相がいないと全く仕事のできない男なのだ。これで主上と同い年というのだから……
世の中は不可思議なものだ。