悪堕ち聖女はポンコツです
朝起きると、聖女さまが悪堕ちしていた。
なぜそんなことがわかるかって? 本人が『悪堕ちです、悪堕ちったら悪堕ちなんです!!』って言ってるからね。間違いないよ。
「えーっと、聖女さま? どうして悪堕ちなんてしたの?」
「エリィナが悪いんです!!」
ぷんすかと可愛らしく頬を膨らませて、宝石のように白く輝く指を私に向けながら、黄金のように煌びやかな髪を靡かせて非難するように睨んでくる聖女さま。
パトリシア=フォン=ローゼンスフィア。
ローゼンスフィア王国の第一王女にして歴史上でも数えるほどしか存在しない光属性魔法の使い手であるからこそ聖女の称号を賜りし生粋の『特別な人間』なのよ。もちろん単に選ばれただけの私と違ってね。
そんな彼女は普段ならば聖女の正装である(聖なる女の正装にふさわしく肌色を完全に隠している)純白の巫女服を着ているんだけど、今は件の巫女服の代わりに露出度がかなり上がっていてもう痴女一歩手前って感じに真っ黒な魔力によって変質したゴスロリ衣装を身に纏っていた。
ついでに言えば水も弾くかのごとくきめ細やかな白い肌は褐色に、サファイアのごとく綺麗な碧眼は真紅に、何なら巻き角とか羽根とか尻尾とか他にも全体的に純真無垢な箱入り王女さまって風貌が、なんていうか、こう、脳内ピンク色な願望そのままに塗り潰されているんだよ!!
これが全部私のせいみたいなんだけど、はてさて流石に単なる村娘から勇者なんて大仰な称号を押し付けられて聖剣経由で色々と不可思議な能力を埋め込まれた私でも聖女さまをセクシーに改造するような力には心当たりないんだけどなー。
「昨日、エリィナは何をしましたか!?」
「昨日? いつも通り勇者なんてくっそしょーもない称号押し付けやがったクソッタレどもの命令で魔王討伐に向けて旅をしていたと思うけど。魔族どもと殺し合ういつも通りのサイケデリックでバイオレンスな一日に何か変わったことあったっけ???」
「光属性魔法使っていたでしょう!!!!」
あー……そう言えばそうだっけ。
勇者を選定する聖剣。持ち主に様々な女神様からの祝福という名の力を授ける金ピカの趣味が悪い剣を私は抜くことができた。これまで誰も抜けなかった聖剣を抜き、女神様からの祝福を得られたんだけど、この祝福ってヤツは本当多種多様すぎて私も何がどれだけできるのか把握できていないんだよね。
だから、まあ、光属性魔法みたいな希少なものもいけるんじゃって試しにやってみたらいけたんだよね。それだけの話ではあるんだけど、
「それがどうかしたの?」
「〜〜っっっ!! わたくしの専売特許を! お手軽に使っているのではないですよお!!」
ぷんすか具合が三割増だった。
何やら頭から湯気のように闇の波動をばら撒きながら清廉なる高貴な聖女として諸外国にまで名を馳せている聖女さまがぐいっと顔を近づけてくる。うん、聖女さまってやっぱり顔がいいよね。こんな綺麗な人と旅ができているだけで聖剣を抜いて女神様に選ばれたからと笑顔で当たり前のように命懸けの旅に放り込みやがったクソッタレどものことも放っておいてやることができるってものだよ。
「わたくしが聖女に選ばれて勇者たるエリィナの旅に同行できているのは魔族が得意とする闇属性魔法の対となる光属性魔法を使えるからですよ! それをっ、わたくしの唯一のアイデンティティをさらっと奪ったからにい!! それ奪われたら光属性魔法『しか』取り柄のないわたくしに価値がなくなるではないですかあ!! 何せエリィナは光属性魔法以外にも何だって出来るのですからね!! 何ですか万物創造魔法とか神話生物召喚魔法とか瞬間移動魔法とか指定座標爆撃魔法とか精密射撃魔法とか次元切断魔法とかその他にも色々と、もうっ、全体的に無茶苦茶すぎますよ!! どうして闇属性魔法の性質を無視して力づくで突破できるくせに今更光属性魔法を使い出すんですか!? そんなことされては悪堕ち待ったなしですよお!!」
「ええっと」
やばい、これはマジなヤツかも。
いや、でも、どうしよう?
光属性魔法を使ってみた理由なんて『何となくできそうだったからやってみた』以外にないんだけど……これ、素直に伝えたらめちゃくちゃ怒られるよね。
最悪聖女さまに嫌われる、かも?
それはやだ! それだけは絶対に嫌だ!!
だから。
だったら。
「ふっ、どうして私が光属性魔法を使えるようになったのか、聖女さまは本当にわからないのかな? これには高度に戦略的な意味を持つ、そう、魔王を討伐するにあたって絶対不可欠にして超絶華麗な理由があるんだけどなあ!?」
よし、全力で誤魔化そう。
王女として何不自由なく生活できていたはずなのに私と違って心の底から民を守るために歴史上でも数人しか習得できなかったくらい高度な光属性魔法を使えるようになるほどに努力した聖女さまであれば各地で殺戮のかぎりを尽くす魔族どもの親玉たる魔王を倒すためって理由には弱いはず!!
聖剣に選ばれただけでこれまで能天気に生きてきた私と違って誰もが到達できる可能性があるけど誰もが途中で脱落する道を踏破して、ついには光属性魔法の習得にまで至った憧れの聖女さまに嘘をつくのは心苦しいけど、嫌われるよりはマシよね。
うん、どこまでいっても自分のことしか考えていない私が世界を救う伝説の勇者に選ばれるとか本当おかしいったらないよ。ばっかみたい。
「……そういうことですか」
「あ、わかってくれたかな?」
あれ? 納得してくれた???
未来予知魔法とか持ち出して色々と着色する予定だったんだけど。っていうか、まだ私の渾身の嘘を披露していな──
「つまり、わたくしのような足手まといはさっさと切り捨てようということですね。エリィナが光属性魔法を使えるならば、わたくしがいなくとも何の問題もないと考えて、です」
…………。
…………。
…………。
うっわあ!! すっごい勘違いされているう!?
まっ、まままっ待ってよお!! なんでそうなるの? 足手まといとかそんなこと思ったことないってえ!! 聖女さまが一緒にいてくれていたから私は勇者とかいうしょーもない称号を押し付けて民のため国のために命懸けで戦えと自分たちは安全圏でのんびり酒でも煽っているクソッタレどもが蠢く世界に絶望せずに済んだのに!!
悪堕ちせずに、能天気に生きていられているのに。
「違っ、あの、聖女さま!!」
「エリィナがそう考えるのならば、わたくしにも考えがあります」
ゾッと私の背筋に震えが走る。
勇者として旅をしてから散々感じてきた特徴的な『力』、無茶苦茶な勇者の力をもってしても魔族との戦いが命懸けとなってしまうほどの反則的な『力』の反応を捉える。
魔族が得意とする摩訶不思議な呪いのような闇属性魔法。対となる性質を宿し、闇属性魔法を中和・無効化することが可能な光属性魔法がなければそれこそ聖剣からもたらされる女神様の祝福で強引に突破でもしない限りは絶対に打ち破ることが不可能な負の金字塔。
王国が全面的に支援している最高峰の魔法研究機関によるとツノやら尻尾やらと人間とは根本的に異なるとしか思えないバケモノのような外見をした魔族しか習得できないとされている『力』を聖女さまが使おうとしている……!?
「だけとでも思いましたか?」
そこで終わらない。
聖女さまの口元が笑みの形に裂けていく。
そこに清廉な色はない。
どこまでも禍々しい、悪を冠するような色が溢れている。
「これまで多くの魔族を打ち破ってきたエリィナに闇属性魔法だけで敵うとは思えません。ですけど、そもそもわたくしは聖女です。であれば扱う『力』は闇だけのはずがありませんよね?」
聖女さまの体内で二つの『力』が満ちていくのを感じる。光属性魔法。聖女さまを聖女さまたらしめている正の金字塔。
「いかに勇者といえども光と闇の同時攻撃には耐えられるはずありませんわ!! エリィナ、貴女を倒してわたくしは証明します!! 決して足手まといではないと、わたくしはまだエリィナと一緒に旅ができるのだと!!」
「……っっっ!?」
「覚悟しなさい、エリィナ!!」
光と闇が混ざり合う。
超絶なる破壊の閃光が一直線に私に向かって殺到する。
王女にして聖女パトリシア=フォン=ローゼンスフィアの努力の結晶と反則の塊が勇者という称号を上回らんと示すように。
なんてことになる前に、パンッと軽やかな音と共に聖女さまの体内で荒れ狂っていた二つの力が消滅したんだよね。
あー……うん。
そりゃそうなるよね。
「えっ、あれ!?」
「あの、聖女さま」
言いにくい。
めっっっちゃくちゃ言いにくいけど言わないわけにもいかないよね。
「光と闇の魔法を混ぜちゃったら中和しちゃって霧散すると思うんだけど」
「あ」
最初はポカンとしていて。
じんわりと私の言葉に理解が追いついたのか、徐々に顔から首まで真っ赤に染まっていって。
やがて喉から悲鳴のようなものをあげて羞恥のままに蹲ってしまった。
「ええっと、どんまい?」
「下手な慰めはやめてくださいよお!!」
忘れていた。
そういえば聖女さまって普段は清廉にして理想の淑女なんだけど、変なところでポンコツなんだった。
そーゆーところもかわいいんだけどね。
ーーー☆ーーー
まさか抜けるなんて思ってもいなかった。
世界を救う勇者を選定する剣にして女神様の祝福をその身に降ろす依代たる聖剣は常勝無敗の将軍でも天下無双の剣豪でも数多の逆境を覆してきた傭兵でも魔獣蠢く秘境を踏破してきた冒険者でも光と闇を除く魔の叡智を極めた賢者でも一ミリだって動かせなかった。
だからといって王国中の人間を強制的に集めて聖剣を抜かせようなんて王命が発せられたのは魔族の侵攻によって領土が奪われまくっていて焦っていたんだろうね。当時の私は何の変哲もない村娘が聖剣を抜けるわけないじゃんと鼻で笑っていたものだけど。まあ、こんな無駄なことに巻き込まれて面倒だと考えながら欠伸さえ漏らして聖剣の柄を握って軽く上に上げたらまさかの何の抵抗もなくスッポンだったんだけど。
そこからは早かった。
あれよあれよという間に私は勇者として祭り上げられた。同時に魔王討伐の命令が下されたっけ。戦闘経験なんて皆無の私に魔族と戦えるわけがないと言えば女神様の祝福があれば問題ないと返され、せめて共に戦う仲間が欲しいと言えば精鋭は民を守るために尽力していると言われ(本当は王族やら高位貴族やらを守るために前線に出てすらいないことは心を読む女神様の祝福でわかってはいたけど)、とにかく私の意見なんて全部無視された。
聖剣を抜いたから、勇者になるために生まれたのだから、世界はこんなにもピンチだからと、『あいつら』は私に命懸けで戦って無数の魔族を殺せと笑顔で当たり前のようにそれが正義だと胸を張って押しつけてきた。
勇者さえ誕生すればもう安泰だとすでに魔族との戦争が終わった『後』の政治的立ち回りでいかに利益を生み出すかで頭がいっぱいな国家上層部、勇者にさえ全てを託せばもう大丈夫だと武器を手に取ることすらやめた兵士ども、助けられることが当然で少しでも傷を負う前に私が駆けつけられなければどうして勇者なのに守ってくれなかったのだと無責任に責めてくる民衆。とにかく有象無象のどこにでもいる『あいつら』は私という個人のことなんて何一つ考えちゃいなかったのよ。
うんざりだった。
何で『あいつら』のために私が命をかけないといけない? 魔族は決して弱敵じゃない。勇者としての力があろうとも物理・魔法防御を無視する黒き炎やら壮絶なトラウマを捏造して精神を蝕んで心を殺す攻撃が下級に位置するような魔族の闇属性魔法はまさしく反則の数々だったんだよ。実際に死を覚悟したことは数え切れないほどあったし、何なら肉体的には死んだことだって一度や二度じゃない。勇者としての力でどうにか復活はできたけど、だからといって何も感じないわけじゃないのよ。
それでも『あいつら』は足りないと言う。
勝って当たり前、魔族を倒しても少しでも不備があれば猛烈な勢いで責め立ててくる。
少しでも反論しようものなら国家上層部から勇者として自覚を持てと圧力がかかる。まだやったことはないけど暴力にでも訴えようものなら故郷に残した家族や親友がどうなることやら。直接は言葉に出していない。だけど『あいつら』の心の内を読めばどうなるかなんて簡単にわかる。わかってしまう。
どんな力があろうとも。
それこそ魔王のように世界を滅ぼすつもりじゃないと笑顔で当たり前のように押し付けられるクソッタレな大多数にとっての正義からは逃れられない。
あの時の私の限界は近かった。
あと少し何かの歯車が噛み合っていなかったら、それこそ魔王なんて霞むくらいのバケモノに成り果てていたと思う。
そんなある日のことよ。
『貴女がエリィナですね』
『彼女』は私のことを勇者とは呼ばなかった。
聖剣を抜いてから誰かに名前を呼ばれたことなんてそれが初めてだった。
『わたくしはパトリシア=フォン=ローゼンスフィア。今もなお魔族の侵攻に晒されている民を守り、魔王の手より世界を救いましょう』
第一印象?
何言ってんだこのお嬢様は??? に決まっている。
馬鹿正直に、大真面目に、何の曇りもなくそんなことを言いやがった彼女のことを私は感情のままに怒鳴りつけたんだよ。内容なんてもう覚えていない。多分内容そのものに意味なんてなかったんだと思う。
とにかく限界だった。
誰かのために戦えるほどの余裕はなかった。
いっそのこと目の前の純粋培養な世間知らずなお嬢様を殺して、私が世界の敵にでもなってやろうかとさえ考えていて。
そこで目の前の彼女は私のことを抱きしめてくれた。
殺し合い以外で誰かと触れ合ったのも勇者になってからその瞬間までなかったことだった。
『エリィナ』
強く、強く。
その声は私の心に響いた。
『遅くなって申し訳ありません。これからはわたくしと共に戦いましょう』
それが聖女さまとの出会いだった。
この出会いがあったから、『勇者』としてではなく『エリィナ』として接してくれたから、ひとりぼっちにしないでくれたから、私は人類の敵と堕ちることはなかった。悪堕ちすることはなかったのよ。
……まあ、なぜか聖女さまが悪堕ちしちゃったんだけどね!!
ーーー☆ーーー
さて、私にとっては有象無象の『あいつら』なんかよりもずっとずっと大切な聖女さまが背中を向けて膝を曲げて座り込んでいた。
まあ、うん。
闇属性魔法を習得して、外見が魔族のような異形に変わるくらい悪堕ちして、そこまでやって最後の最後に光と闇を混ぜて自滅だもんね。そりゃあ恥ずかしさに膝を屈するのも無理はないよ。
「ええっと、聖女さま」
「何ですか。わたくしのことなんて気にせずともよろしいではありませんか。何せエリィナは一人でなんでもできますからねうっかり正反対の力を混ぜ合わせて自滅するような間抜けの力なんて必要ありませんものね!!」
「そんな拗ねないでよ」
「ふんっ」
うーむ、何か違和感があるかと思えば、そういうことか。聖女さまが悪堕ちとか言い出した理由、正確には急に怒り出した理由がわかってきたかも。
「ねえ聖女さま。一つ誤解しているみたいだけどさ」
「何ですか何ですかっ。勝手に自滅するような足手まといにこれ以上何か用ですかっ!?」
「私、聖女さまと一緒じゃなければ魔王討伐とかやめるからね」
「…………、え?」
「え? じゃなくてさ。まさか私が大真面目に世界平和のために戦うような酔狂な奴にでも見えていた? 誰が『あいつら』がヘラヘラ笑って生きていられるために戦うかっての」
「なっ何を言っているのですかエリィナ!?」
「何ってこれが私の偽らざる本音だよ。言っておくけど私、聖女さまが考えている百倍は悪い子だからね?」
本当の意味での、絵本の中のキラキラ輝く『勇者』であれば、こんなこと考えもしないのだろう。
力あるものの義務とでも当然のような顔で受け入れて、当たり前のように困難な旅を乗り越えて悪の親玉を倒して、世界中の笑顔と平和を掴み取るんだろう。
だけど、私はそんなんじゃない。
単なる村娘に聖人君子のような正義感を求められても困る。
私はどこまでいっても他人のことよりも自分のことが大事で、自分の幸せのためなら他人のことなんてどうでもいいと切り捨てられるような奴なんだよ。
それは悪なんだろう。
『勇者』にはふさわしくない心の動きなんだろう。
こんな私は『あいつら』の求める理想像とはかけ離れているのだろう。
だからどうした。
それが私だ。それが悪だっていうなら私は悪でいい。
「ねえ聖女さま。こんな私がそれでも魔王討伐の旅を続けられているのはさ」
それでも、だからこそ。
私が戦う理由はどこまでも自分勝手で、俗に塗れた、およそ吟遊詩人が語って聞かせるような『英雄のお話』の主人公が絶対に抱かないようなものなんだよ。
「大好きな聖女さまのためなんだよ? 私ってさ、大真面目な顔で世界を救うとか言っちゃう聖女さまのためなら何だってできるんだから」
だから簡単に悪堕ちなんてしないでよね。
聖女さまがうっかり人類とか滅びちゃえなんて言った日には、私は躊躇なく『あいつら』を皆殺しにしちゃうんだから。
そんなバケモノにならずに済んでいるのは聖女さまのお陰なんだからさ。
「だっ、好きって、ええ!?」
「あれ? そこに驚いちゃう??? 私がどれだけ聖女さまのことを好きなのか分かってなかったんだ。こちとら世界を救うことも滅ぼすことも聖女さまのお望みのままに成し遂げちゃうほどに溺れているってのにこの気持ちに気づいていないだなんてひどい話だよねっ」
「いや、そのっ」
「まず聖女さまの外見がもう好みだよね。今は魔族のようになっちゃっているけど、それはそれでアリだよね!!」
悪堕ち云々は置いておいて、闇属性魔法が使えるようになったから人間である聖女さまが魔族のような外見に変貌したって時点であの王国が全面的に支援している最高峰の魔法研究機関の発表にも違った見え方ができるってものだよね。
闇属性魔法はツノやら尻尾やらと人間とは根本的に異なるとしか思えないバケモノのような外見をした魔族しか習得できない? よく言うよ。魔族のことは人間とは根本的に『違う』バケモノってことにしておいたほうが王国にとっては都合がいいんだろうけど、それにしても初めの頃は『そこ』を拠り所に殺しに手を染めていた私にとっては本当最悪の事実だよね。
……そういうくだらない嘘を平気でつけるところも含めて『あいつら』には愛想が尽きているんだよ。
「っていうか外見はもちろんだけど、私が好きなのは中身のほうだから!! ふっふん。聖女さまの魅力を語らせたら三日三晩はノンストップでいけちゃうよ!!」
本気で三日三晩、いやそもそも三日じゃ少なすぎると思ったけど、とにかく語りに語ってやろうと唇を舌で舐めて湿らせたところで真っ赤っかな聖女さまからストップがかかった。
「待ってください! そんな、やめてくださいなっ。恥ずかしいですから!!」
「えーだめ?」
「どうしてそんなに残念そうなのですか!? うう、わたくしのこと見限って切り捨てようとしていたと思っていましたのに、何だか話が予想外なところにいった気がしますわ……」
「そう? 私は年中無休で聖女さまのことしか考えていないからこうなるのも必然だったと思うけど」
「ううっ!? はっ恥ずかしいのでその辺を深掘りするのは勘弁してくださいな!!」
「えー」
「ですからどうしてそんなに残念そうなのですか!?」
この際色々とはっきりさせておきたかったんだけど、まあいいや。時間はたっぷりあるしね。
「聖女さま。これからも共に戦いましょうね?」
「ふ、ふんっ。もちろんですわ!!」
世界を救うでも滅ぼすでも何でもいい。
聖女さまと一緒にいる理由になるのならば、何だってね。
ーーー☆ーーー
『聖女さま悪堕ち事件』はこうして解決、というか有耶無耶になった。
まあ闇属性魔法の副作用で聖女さまの外見とか服装とか色々と脳内ピンク色のアレソレのようになっちゃっているけど、そこを指摘したら恥ずかしがって隠しそうだから黙っていよう、うん。聖女さまがご自身のアレソレに気づくまではしっかりと記憶に刻んでおかないと! 普段の清楚さとのギャップが、もう、こんなのたまらないよね!!
と、しばらくして落ち着いてきた時、聖女さまはふとこんなことを尋ねてきた。
「そういえばエリィナが光属性魔法を使えるようになったのは魔王を討伐するにあたって絶対不可欠な理由があると言っていましたけれど、それって何だったのですか?」
「え? そんなの普通に嘘だよ。単に使えそうだったから使っただけだし」
肌色やっふう! あっ胸元が、長い金髪が僅かにかかって絶妙な色気を、ふっふぅっ!! って、あれ? 今うっかりとんでもないこと言ったような???
「嘘、ですって……?」
「あ、やばっ、今のはええっと……てへっ☆」
全力の愛想笑いをかましてみた。
結果? 大噴火に決まっているよね。
「エリィナのお!! ばかあっっっ!!!!」
「まっ待って光属性魔法はやめてっ、いや違うって闇属性魔法ならいいって意味じゃないからあ!! ほら、民の見本となるべき清廉な聖女さまがむやみやたらに魔法を振るっちゃダメだって、ね、ねっ?」
これからも私たちの旅は続いていく。
世界を救うために。そのためならば魔王だろうが『あいつら』の誰かだろうが関係なくぶっ殺して、聖女さまが思い描く悲劇が一掃されて救われた世界を掴んでやる。
聖女さまのために。そのためならば私はどんな強敵にだって勝って、生き残って、貴女の隣に立ち続けてやるんだから。
「うるさいです!! 何が聖女ですかっ。悪堕ちです、悪堕ちったら悪堕ちなんですう!!」
「わっ、まっ、ごめんって聖女さまあ!!」
まあここで聖女さまに殺されなかったらだけどねっ。
勇者は聖女に殺されて世界は魔王によって支配されました、なんて結末は流石にあんまりだと思うからそろそろ機嫌を直してよお!!
ーーー☆ーーー
歴史に示されている通り、王国最大の危機とまで言われている闇の魔法を極めし兵を多数保有している勢力の侵攻を退け、腐敗した上層部を一掃し、王国の繁栄に大きく貢献した聖女にして女王パトリシア=フォン=ローゼンスフィア。
そんな彼女の隣にはいつだって数多の偉業を成し遂げていながら勇者と呼ばれることを嫌う一人の少女が立っていたという。
それと、これはあくまで公的な記録には残されていないが、非の打ち所がないほど理想的な女王だったとまで伝えられている女王パトリシアは少女と二人きりの時だけは『悪堕ち』と称して素顔を曝け出していたのだという。
もしかしたら当時の恋人たちの間で密かに『悪堕ち』が流行っていたのも女王と少女が原因なのかもしれない。