#3‐25 北西戦線―マスティフ伯爵とマーゴイ侯爵軍の戦い④
一夜が開けた。
マスティフ伯爵は栗毛の立派な馬に乗って前に並ぶ兵たちを見ていた。
そこには、2千騎からなる重騎兵部隊が5部隊、2千人からなる重装歩兵部隊が5部隊、2千人からなる軽装歩兵部隊が4部隊、そして5百人からなる弓兵部隊が4部隊整然と隊列をなし、隊列の前を部下の貴族たちを従えてゆっくりと馬を歩かせているマスティフ司令官を見ていた。
東のかなたに見える山並みから陽が昇った。
マスティフ伯爵は腰の剣帯に吊るした剣を抜いて頭上に掲げた。
黄金で装飾された立派な剣は、ルーク王がルークドゥル勇者王国の将軍たちに下付した特注製の剣だ。
「突撃――――っ!」
マスティフ伯爵は前方に見える東ディアローム軍の野営地を剣の切っ先で指して号令した。
オオオオオオオオオ――――――――――ッ!
砂塵を舞い上げて、騎兵隊が敵陣目指して突進して行く。
それに先だって、弓兵部隊が一斉に1万本近い矢の雨を東ディアローム軍の野営地に降らせた。
マーゴイ侯爵は美しい黒馬に乗ってギラギラ光る目で前に並ぶ兵たちを見た。
どの兵の目も闘志で燃えていた。彼らが持つ槍の穂先が朝日に光る。
マーゴイ侯爵は、ルーク王から下付された黄金で装飾された剣を抜いて叫んだ。
「野郎ども――っ、アジオニア軍をぶっ潰せ―――っ!」
オオオオオオオオオオオ――――――!
重騎兵4千がアジオニア軍野営地を目がけて疾走する。
そして軽騎兵1万が右翼と左翼を攻撃すべく突進する。
もちろん、それに先だって、弓兵2千が矢の雨を見舞う。騎兵隊に続いて、重装歩兵5千と軽装歩兵1万が続く。
ゾロワリン伯爵は白馬に乗って、草原に並ぶ兵たちを見ていた。
彼の後ろにはルークドゥル勇者王国旗とゾロワリン伯爵の紋章旗を掲げた騎士たちや配下の貴族たちが馬に乗っている。
「スティルヴィッシュ伯爵軍の諸君!今回の戦いは、不肖、私、ゾロワリンがルークタラス城で全軍の作戦をアマンダ王妃やギャストン伯爵などといっしょにとっているスティルヴィッシュ伯爵殿に代わって諸君の指揮をとることになった!」
ゾロワリン伯爵が指揮するのは、外務大臣を務めているスティルヴィッシュ伯爵の5万とゾロワリン伯爵の軍5千人だ。彼の軍の任務は、東ディアローム軍とアジオニア軍の正面攻撃だ。
ゾロワリン伯爵は、元ブレストピア国の厩役伯爵、つまり軍務大臣だったのだ。彼もルーク王を信用して、ほかのブレストピア国の将官たち同様、ルークドゥル軍に下ったのだが、ルーク王は彼らをそのままルークドゥル勇者王国軍に編入させたのだ。そして、ルークドゥル勇者王国軍の軍事相談役という要職に任命されていた。
ゾロワリン伯爵は、その恩に報いるためにも、今回の戦いでは必勝を期していた。
スティルヴィッシュ伯爵軍の中核は、4千騎の重騎兵と8千騎の軽騎兵だった。そして、重装歩兵8千人、軽歩兵2万5千人、弓兵5千人からなる。
ゾロワリン伯爵は、元はブレストピア国の厩役であったため、自分の兵というものを持ってなかった。
ルークドゥル勇者王国でも軍事相談役という、アドバイザー役であるため自前の兵をもってなかったので、経済・貿易大臣ペンナス伯爵が5千人の兵― 騎兵2千騎、歩兵3千人を貸してくれたのだ。
眼前に並ぶ兵たちは全員、自分の兵ではないが、みんな今回の戦いの重要性をアマンダ王妃やスティルヴィッシュ伯爵、ペンナス伯爵から重々聞かされている。
なので、司令官が“軍事相談役”であっても、ルヴィッシュ伯爵でもなくペンナス伯爵でもなくとも目的は同じ― すなわち“敵の侵略からルークドゥル勇者王国を守る”ことなので、闘志満々の顔をしていた。
ゾロワリン伯爵は、腰に下げた黄金で装飾された剣を抜いて叫んだ。
「ルークドゥル勇者王国に栄光あれ―――っ! 突撃――――っ!」
オオオオオオオオオオオ――――――!
ゾロワリン伯爵軍の怒涛の攻撃が始まった。
「ベテラーブ司令官、敵が北側から攻めて来ました!」
東ディアローム軍の野営地の北側― つまり後方で兵を立て直していたカジロッコ子爵からの伝令の騎士が、馬から飛び降りて司令部テントに入って来て告げた。
その騎士と入れ替わりに、別の騎士が駆けこんで来た。
「侯爵さまっ、前方からルーク軍が攻めて来ましたっ!」
その騎士は、野営地の南側― つまり前方に部隊を配置していたラバネード侯爵配下の騎士だった。
ラバネード侯爵は、長男のガロウェム子爵に部隊の指揮をまかせて、司令部テントでベテラーブ司令官の参謀をしていた。
敵が総攻撃に出たことは、野営地の四方から突如響いて来た喚声や、味方の兵たちの怒号、叫び声が野営地に巻き起こったことでもわかった。
ナーボル伯爵、ガオンフィル伯爵たちの部隊からも、次々と伝令が走って伝えに来る。
「応戦だ、応戦せよ!」
ベテラーブ司令官が叫ぶ。
しかし、司令部テントにいたラバネード侯爵たちも、今回のように退路もなく大軍に包囲された経験はまったくなかった。
一晩中続いたカタパルト攻撃で誰も一睡もできなかった。
いや、寝るどころではない。負傷した兵の移動や看護、いつ総攻撃があるかもわからないという緊張感からみんな極度に緊張していた。
すでに一週間近く、ほとんど寝てない。みんなを神経すり減らせていた。
そして、夜明け直前にカタパルト攻撃が止んで、ホッと安堵の息をついたのだが、夜が明けるのを待っていたかのように、突如始まった敵の総攻撃。
怒涛のように四方から押し寄せる重騎兵を見た時、東ディアローム軍の兵たちもアジオニア軍の兵たちも一斉に浮足立って逃げ出した。
逃げるといっても、どこにも逃げようがない。野営地の中心部目がけて逃げるだけだ。
そこに重騎兵が殺到し、次々とランスで串刺しになる兵たち。串刺しにされない者は馬の足蹴にされる。
重騎兵が蹂躙したあとに軽騎兵が襲いかかる。叫びながら逃げ惑う敵兵を軽騎兵が身軽に馬を乗り回しながら半弓で敵を片っ端っから射貫く。
そのあとは槍を構えた歩兵の突入だ。重騎兵、軽騎兵の攻撃を逃れた敵― 数が減ってしまったので、ルーク軍の歩兵は二人一組、あるいは三人一組で東ディアローム軍やアジオニア軍の兵たちを倒していく。いくら東ディアローム軍の兵やアジオニア軍の兵が強くても、これでは勝てるはずもない。
大混乱の中、敵兵はどんどん中心部に追い詰められ、そこに重騎兵が二次攻撃、三次攻撃をかけ、軽騎兵がさらに矢の雨を降らし、歩兵部隊がさらに突っ込んで来る。
総攻撃が始まってから2時間後―
東ディアローム軍のベテラーブ司令官は白旗を上げて降参した。
アジオニア軍の司令官、モンブルック公爵もその30分後に白旗を上げて戦う意思のないことを示した。
東ディアローム・アジオニア連合軍の生存者は4万人― そのほとんどが負傷兵だった。
20万の大軍を投じて、ルークドゥル勇者王国の北西からの侵攻を企てた東ディアローム帝国とアジオニア王国だったが、エルゼレン伯爵軍によってすでに1割の兵を失っており、後にボルヌーメン平原で行われたことから『ボルヌーメンの戦い』と呼ばれたルークドゥル勇者王国創立以来、もっとも重要な戦いはルーク軍の圧倒的勝利で終結した。
「どうやら、我々が出る幕はなかったようですな、エルゼレン伯爵殿?」
予備軍として出陣して来たアスレーン辺境伯が、馬に乗って兵を牽いて降伏の白旗を上げた東ディアローム・アジオニア連合軍の陣地に向かいながら、隣りやはり馬に乗っているエルゼレン伯爵にやれやれといった感じで話しかける。
「辺境伯殿と貴公の兵たちには物足りないかも知れませんが、まだルークドゥル勇者王国は北と北東で戦っていますから、すぐにでも援軍に向かわせられるかも知れませんぞ?」
「うむ。ルークタラス城から命令があれば、どこにでも出陣しますぞ!エルゼレン伯爵殿と貴公の兵はしばし休みをとることになるでしょう。これまで、わずか4万の狼族軍だけで20万の敵の進軍を食い止めて来られたのですからな!」
「いえいえ。アマンダ王妃さまからのご命令があれば、すぐにでも北であろうが北東であろうが、わが軍は即出撃いたします」
「さすがエルゼレン伯爵ですな!今回の貴公の働き、ルーク王殿もアマンダ王妃殿も大いに賞賛されていることでしょう!」
「いえいえ。私は、守備をまかされた砦を守り切ることが出来ませんでしたので、砦を捨て、敵の進軍を邪魔する作戦に変えただけです」
「懸命な考えでしたな!我輩も少しは手柄を立てんと、せっかくルーク王殿に将軍にしていただいたことへの恩返しが出来ません。ワーッハッハッハ!」




