#3‐24 北西戦線ーマスティフ伯爵とマーゴイ侯爵軍の戦い③
東ディアローム軍とアジオニア軍は、エルゼレン伯爵の狼族軍のゲリラ作戦に悩まされていた。
狼族軍の奇襲攻撃を警戒して、四方八方に威力偵察隊を放っても狼族軍の所在する場所について何の手がかりも得られないどころか、偵察隊によっては全滅したのか一人も帰って来ない隊もあった。
全滅させられたと見られる偵察隊が向かった方に大部隊を送り込んでも、狼族の兵1人も見つからなかった。狼族軍の奇襲を受けても損害が少ないように、東ディアローム軍とアジオニア軍はかなりダラダラと長い列を作って行進していた。
そして、また神経をすり減らすような一日が過ぎ、警戒すべき野営となった。
「今日も20キロも行軍出来なかったな...」
ベテラーブ司令官は、湯舟に浸かり、タプタプとした太い腹を軽く手で叩きながらつぶやいた。
“この分では、ルークドゥル国の首都に着くまでには40日以上かかってしまう。何とかどこかで遅れを挽回しないと…”そんなことを考えていると、突然、遠くでドーンと音がした。
ザバっ
半身を湯舟の中で起こす。
「また夜襲か? それにしても近いな...」
夜襲はほぼ毎晩のことで、そのため野営地はかなり広い面積に離れ離れにテントを張ることで損害を減らす方策をとったのだが、ここ数日は、敵も東ディアローム軍とアジオニア軍が野営地の周囲に配置した警備隊による反撃を避けるために、反撃をうけない距離からの攻撃のみになっていた。
つまり、敵は東ディアローム軍とアジオニア軍をゆっくりと休ませないつもりなのだ。
なので、バリスタで爆発物を付けた矢による攻撃はかなり激しいものがあるものの、損害はほとんどなくなっており、遠くから聞こえるだけになっていたのだ。
それが、かなり近いところで爆発したように感じた。
ドーン ドーン ドーン…
ドーン ドド――ン ドドド――――ン
ドド――ン ドドド――――ン ドドドド――――ン
「これは、普通の夜襲ではない!」
ベテラーブ司令官はザバ―っと湯舟から上がると、バスタオルで体を拭きながら寝室テントに入った。
すぐに副官がタオルでていねいに拭いてくれ服を着せる。
「何か報告は?」
「夜襲のようですが、今晩のはかなり激しいようです。それに、数か所からだけでなく、周囲から一斉に攻撃しているようです!」
「これは敵の総攻撃だ。全員を起こせっ!応戦の準備だ!」
副官が司令官テントの外にいた兵にベテラーブ司令官の命令を伝えると、兵は走って近くにある貴族のテントに向かって走って行った。
だが、兵が貴族たちのテントの中に入るより早く、ラバネード侯爵が上着のボタンを留めながら青ざめた顔で出て来た。すぐ横のテントからはナーボル伯爵、ほかのテントからもガオンフィル伯爵や、カジロッコ子爵たちも服を着ながら出て来てベテラーブ司令官のテントに駆けて行った。
「ベテラーブ公爵殿、敵の総攻撃ですっ!」
いつもは落ち着いているガオンフィル伯爵までが、かなり動揺している。
「それも、かなりの軍勢のようです!」
カジロッコ子爵もかなり驚いている。
「それで、敵の兵力などはわかったのか?」
野営陣地の方々で、夜空を明るく染めて光が瞬き、次いでド―――ン!と腹に響く爆発音が途切れなく続き、野営地は将兵たちの怒声、叫ぶ声、馬の鳴き声などで騒然としている。
「これは、かなりの兵力ですぞ!」
「それも、どうやら四方から攻撃されているようです!」
戦の経験の深いナーボル伯爵があたりの状況を見ながら言う。
「し、しかし... いったい、どこから、いつ、そんな大軍を... 我々が気がづかないうちに配置し、包囲したのでしょう?」
カジロッコ子爵の疑問は、ベテランのナーボル伯爵にもガオンフィル伯爵にも、ラバネード侯爵にも答えることができなかった。
東ディアローム軍の野営地とは離れたところにあったアジオニア軍の野営地も激しい攻撃を受けていた。
司令官のモンブルック公爵は連日連夜の敵の嫌がらせに疲れ果てていた。ここ数日、夜もロクに眠れず神経が高ぶっており、ベッドに横になってはいたが全然寝つけなかった。
ド―――ン!...
突如、爆発音が響いた。
モンブルック公爵はガバっとベッドから起きると、叫んだ。
「敵襲か!」
テントが爆風でたわみ、どこかで何かが落ちた音がした。
「敵襲だ―――っ!敵襲だ―――っ!」
見張りの兵たちが騒いでいるのが聴こえる。
ドーン ドーン ドーン…
ドド――ン ドドド――――ン
ドドド――――ン ドドドド――――ン ドドドド――――ン
爆発音はひっきりなしに鳴り響き、将兵たちが怒鳴る声、叫ぶ声が爆発音に混じって聞こえるが、野営地は大混乱に陥った。
「司令官殿、四方から攻撃されていますっ!」
リンジーム伯爵が、上着も着ずにモンブルック公爵のテントに入って来た。しかし、腰にはすでに剣を吊るしている。
「公爵殿、敵のカタパルト攻撃です!」
「それも、かなりの数のカタパルトのようです!」
ハンノーム侯爵、エネスレン男爵、セザランド侯爵もモンブルック司令官のテントに走りこんで来た。
みんな顔が青ざめている。
野営地の上空には、きらめく夜空の星の間を無数の流れ星のような小さな赤っぽい光が円弧を描いて飛んで来るのが見える。それらの赤っぽい光が、敵がカタパルトで打ち出している爆発樽であることを彼らは知っていた。
ドーン ドーン
ドド――ン ドドド――――ン
ドドド――ン ドドドド――――ン
赤っぽい光は、あるいは野営地の上空で、あるいは地上に落下してから爆発している。
「とにかく、混乱に陥っている兵たちを落ち着かせ、反撃の準備をさせることが先決だ!」
司令官の言葉に、貴族たちは「わかりました!」「承知しました!」と返事をして、それぞれの配下の部隊のところへ急ぐ。
「みんな落ち着くように命令しろ!」
貴族たちは士官に命令し、士官は大声で叫んで命令を伝えようとするが、間断ない爆発音と兵たちの叫び声や悲鳴のため命令は聞き取れず、混乱はいっこうに収束しそうにない。
幸い、カタパルトの射程は最大で800メートルほどのため、野営地の中心部には爆発樽は届かないが、爆発樽の中に詰められている小石やガラス片で怪我をした兵たちが次々と司令官のテントの近くに運びこまれて来る。
あたり一帯は腕や足を失った兵や、血だらけの兵たちで埋め尽くされ、足の踏み場もないような状態になり、負傷した兵たちの呻き声や痛さで叫ぶ声、衛生兵たちの声などが飛び交い、まるで地獄のようだ。
貴族たちと士官たちの懸命の努力で、無傷の者や軽い傷の兵たちは何とか中心部に集めることが出来たが、間断ないカタパルト攻撃のため、反撃を命じることも出来ない。ただ、鼓膜がおかしくなりそうな間断ない爆発音に耳をふさいで敵の攻撃が止むのを待つしかない。
悪夢のような一夜が開けた。
東ディアローム軍の野営地もアジオニア軍の野営地も、その中心部エリアを除いて、惨憺たる状況だった。
カタパルト攻撃の射程距離内にあった野営地の周辺エリアには硝煙の臭いがたちこめ、安全エリアとなった中心部エリアは負傷した者たちが所せましと地面に横たえられ、血の匂いと兵たちの呻き声が充満していた。
夜明けとともに敵の攻撃は止み、鼓膜がおかしくなるような爆発音も止んだ。
東ディアローム軍のベテラーブ司令官は、急にあたりが静かになったので、耳がキーンと鳴っているような気がした。アジオニア軍のモンブルック司令官も、ほっと息をついた。
しかし、ベテラーブ司令官もモンブルック司令官も、それは嵐の前の静けさだと知っていた。
そして
ルークドゥル軍の総攻撃が始まった。




