#3‐22 北西戦線ーマスティフ伯爵とマーゴイ侯爵軍の戦い①
ルークドゥル勇者王国北西部のシリトヴ要塞の麓に突如現れた、巨大なバケモノに跨った大きなコボルトたちを見た時、マスティフ伯爵軍の兵たちはおどろいた。
麓を見ていた監視兵は、ちょっとよそ見をした間に、百騎ほどのバケモノ騎馬隊がいるのを見て腰を抜かしそうになった。
「て、敵... じゃない? ルークドゥル勇者王国軍の旗を掲げている?!」
ほかの兵たちも気づいて大騒ぎになったが、要塞のそんな騒ぎにはまったく構わずに、バケモノ騎馬隊は要塞の入口へ向かって接近して来る。
「開門――っ!開門――っ!ガバロス騎士団のドラッゲン大隊長だ――っ!」
先頭の大柄なコボルトが大声で叫ぶ。
マスティフ伯爵軍の兵たちの中には、ガバロス騎士団を見た者もいたので、すぐに第一防壁の門が開けられた。
ドラッゲンの騎士団はドッドッドッドと急な坂道を駆けあがり、第二防壁、第三防壁と通って行き、最後の第五防壁の門を通ってシリトヴ要塞の頂上にある司令部建物の前の広場にやって来た。
そこには、すでに知らせを受けたマスティフ伯爵と部下の貴族たちや将兵たちが待っていた。
「おう、ドラッゲン大隊長か! ブレストピア・マビンハミアン戦役以来だな?」
「わーっはっは!そうですな、マスティフ伯爵殿? 相変わらずお元気そうですね!」
「うむ。ブレストピア国での戦いでは、貴公らも大活躍したと聞いておる!」
「いえいえ。マスティフ伯爵殿やマーゴイ侯爵殿たちの戦いぶりが素晴らしかったとルーク王殿はいつも賞賛されておりますよ」
「そうか。ルーク王殿がそこまで我々を評価し、ご信用してくださっているとは有難いことだ」
ドスモンド・マスティフ伯爵もラガマ・マーゴイ侯爵も、元は東ディアローム帝国の貴族だった。
ブレストピア・マビンハミアン戦役の折りに、マスティフ伯爵とマーゴイ侯爵は、それぞれ東ディアローム帝国の南方軍団の司令官、副司令官としてルーク軍と相まみえたのだが、ルーク王に説得されてルーク軍に編入し、ブレストピア国を占領する戦いに参加したのだ。
その後、ルークがルークドゥル勇者王国を創立した時に、正式にルークドゥル勇者王国軍の将軍となり、マーゴイ侯爵やほかの元ブレストピア国ならびにマビンハミアン国の貴族たち同様、ルークドゥル勇者王国軍の中で重要なポストを占めることになり、1年前より北西部の国境近くで元母国であった東ディアローム帝国に睨みを効かしていたのだ。
「して、要塞の見張り兵どもが気づかないうちに、突然現れたのは何か急用でもあったのかな?」
さすがルークドゥル勇者王国軍の中でも一目置かれる将軍だけあって、任意の場所に魔法の力で行くことが出来るというドコデモボードの存在を知っていたらしく、ほかの将兵たちのように騒いでいないし、ドラッゲンの騎馬隊が、荷馬車を2台持って来ているのに気づいていた。
「ルーク勇者王殿およびアマンダ王妃からの命令書をお渡しします」
バケモノから降りたドラッゲンが、ルークドゥル勇者王国の紋章が付いた命令書をマスティフ伯爵に手渡す。
「うむ!」
マスティフ伯爵は命令書の封蝋を剥がすと、広げて内容を読む。
伯爵が読んでいる間に、ガバロスたちは荷馬車に積まれていたモノを下ろし、厳重に包まれていた布をとった。そして、これもいっしょに持って来た折り畳み式の木の台の上に置いた。
一つは四角い木箱で、一面に黒いガラスがはめられている。
もう一つは、丸く平べったい円盤で、一番下の円盤は直系40センチほど、その上に次第に直系が小さくなる円盤が数段重ねられたもので、何だか意味不明な記号のようなものが円盤の縁と各段に描かれていた。
マスティフ伯爵は命令書を読み終えて、そばにいた貴族たちに手渡した。
「わかった。では、このマデンキという魔術を使った連絡器でルークタラス城のルーク王殿とアマンダ王妃と連絡をとりながら、エルゼレン伯爵軍が何とか進軍を遅らせている東ディアローム帝国軍とアジオニア国軍の背後からわが軍が攻撃をしかけるのだな?」
「その通りです、伯爵殿。伯爵殿の軍のほかにも、敵陣の左右にはハンノンベリ辺境伯とドゥリンオン伯爵が6万の軍を率いてやって来ます」
「うむ、そのようだな... つまり、東ディアローム帝国軍とアジオニア国軍は前後左右をわが軍に包囲されるというわけか」
「今回の東ディアローム帝国軍の侵攻作戦の中では、この北西部への侵攻軍がもっとも大軍です。ルーク王殿もアマンダ王妃殿も、これを殲滅することで東ディアローム帝国とアジオニア王国にわが軍の強さを見せつけることを狙っています。それゆえ、今回は敵を調略し、味方につけることを考えていないとのことです」
「考えていない...?」
ドラッゲン大隊長の意外な答えにマスティフ伯爵が目を細くする。
“これは、何か面白いことになりそうだと感じたのだ。
「はい。敵に大損害を与え、降伏を申し出るまでは」
ドラッゲンの言葉を聞いて、マスティフ伯爵はルーク王が今回の戦いに並々ならぬ決意で臨んでいるということを知った。
「みなもの!出撃だ――!」
オオオオオオオオ―――――――!
マスティフ伯爵の声に将兵たちは雄叫びをあげた。
同じころ―
マスティフ伯爵の要塞から300キロほど離れたところに要塞を構えていたマーゴイ侯爵のところにも、 グシッケンがガバロス騎士団百騎を連れて現れた。
そして、東ディアローム・アジオニア連合軍の進軍を遅らせ、ベテラーブ司令官を悩ませていたエルゼレン伯爵軍の陣地にもダクジャケン大隊長が百騎のガバロス騎士団とともに現れ、ドコデモボードとマデンキを設置した。
同じことが、サルキデール公爵の率いるテアスジム王国軍とヒムリドール将軍のダエユーネフ共和国軍を迎え撃つべく準備をしていたエンギン辺境伯軍の要塞にも起こり、ここには ゾルジャケンがガバロス騎士団に守らせてドコデモボードとマデンキを要塞の中に運び入れた。
…… ◇ …… ◇ ……◇ ……
マスティフ伯爵は演壇に上がり、そこから出撃準備の整った将兵を見渡した。
伯爵もすでに華麗なプレートアーマーとヘルメットで装備し、紺色のマントを風にひらめかせている。
要塞の3万人の兵の内、今回の作戦では2万5千人が出撃することになる。伯爵の両横には、配下の貴族たちが立っている。
「いいか、これから我々が戦う相手は、東ディアローム・アジオニア連合軍20万だ!実にわが軍の7倍近い敵だが、案ずることはない。ハンノンベリ辺境伯とドゥリンオン伯爵も6万の軍で敵軍の左右から攻めるし、第一、敵の正面からはゾロワリン伯爵がスティルヴィッシュ伯爵の5万の軍を率いて攻撃をすることになっている!」
ワアアアアアア―――――!
将兵たちがルーク王が今回の戦いに大軍を投じると知って大歓声を上げる。
「今回の戦いは... 情け容赦なく敵を攻撃することだ!」
オオオオオオオオ――――!
勢いづいた将兵たちが雄叫びで応える。
「ルークドゥル勇者王国軍の出撃だ――――っ!」
オオオオオオオオオオ――――!
マスティフ伯爵はバーディングを装着した見事な黒馬に跨ると、ドコデモボードで開けられた通り道に向かった。
ドコデモボードに魔力を送っているのはアンジェリーヌ王妃だ。
彼女は自ら通り道を開けてルークタラス城からやって来て、マスティフ伯爵軍が転移するのを支援しているのだ。
通り道は幅20メートル、高さ20メートルほどあるため、カタパルトやバリスタなども問題なく通過できる。将兵たちは、馬上から、または通り道に向かって行進しながら美しいアンジェリーヌを見て消えていく。
「野郎ども―――っ! 今日こそマーゴイ軍団の恐ろしさというものを東ディアローム軍とその傀儡のヤツらに見せつけるのだ――っ!」
オオオオオオオオオ――――――!
マーゴイ侯爵のハッパに獣人兵たちが奮い立ち、雄叫びをあげる。
ラガマ・マーゴイ侯爵は東ディアローム国のアビシニアン地方出身のアムラク族のネコ族だ。
ちなみに、アムラク族は勇敢なネコ族であることで有名で、同じく元東ディアローム国の将軍でその勇猛さを比べられる犬族のマスティフ伯爵や元ブレストピア国の将軍でメッツガル地方出身のエンギン辺境伯などと同様、ルークドゥル勇者王国の将軍たちの中でも勇猛果敢な戦いぶりで知られていた。
マーゴイ侯爵は女将軍だが、こと戦いに関しては男顔負けの度胸と勇気をいつも発揮した。
彼女の守備する要塞は、マスティフ伯爵の要塞から300キロほど離れたところにあったが、東ディアローム軍もアジオニア軍も、マスティフ伯爵軍とマーゴイ侯爵軍の強さを知悉しているため、それを避けてルークドゥル勇者王国に侵攻したほどだ。
マスティフ伯爵軍の要塞とマーゴイ侯爵軍の要塞で起こっていたことは、ルークタラス城の郊外でスティルヴィッシュ伯爵軍を率いて出撃することになったゾロワリン伯爵の5万の軍にも起こっていた。こちらは、ジョスリーヌ王女がドコデモボードを作動させている。
ここでも、将兵たちはジョスリーヌ王女の美しさに頬を紅潮させながら勇ましく声を上げながら通り道を通って行った。
ハンノンベリ辺境伯とドゥリンオン伯爵の軍が通り道で移動するのを支援しているのはミカエラとアイフィだった。ここでも将兵たちは戦いに赴く前に美女を見れたとよろこんで通り道の向こうに消えて行った。




