#3‐20 北西戦線ーエンギン辺境伯軍の戦い③
功を焦るガランバル・サルキデール公爵は、オドグタール山の要塞を守っているのが元ブレストピア王国軍のエンギン辺境伯の軍であることを知らなかった。いや、知ろうとしなっかったと言った方が正解だろう。
「ふふん!たかが野良犬族の寄せ集めの軍だ、テアスジム王国軍の威容を見たら尻尾を巻いて逃げ出すだろう!」
エンギン辺境伯は犬族であるが、犬族の中でも勇敢な戦士を多く排出したことで有名なブレストピア国のメッツガル地方出身で、彼の軍は重騎兵8千、軽騎兵1万5千、蜥蜴人歩兵4万、弓兵7千からなる軍だった。そして、軍の中核をなす重騎兵と軽騎兵1万5千は、そのほとんどがメッツガル地方出身者だった。
ダエユーネフ国軍の司令官のヒムリドール将軍はエルフだった。
ダエユーネフ共和国の種族は、ほぼ獣人族だが、シレンシィユー大洋に面する東沿岸沿いにエルフが住んでおり、彼は首都ナスガルからもっとも近い港町出身の軍人だった。
獣人族が人口のほとんどを占めるダエユーネフ共和国でエルフの将軍とは奇異に思えるかも知れないが、この国は共和制であるためもあって、エルフ種の高級軍人はかなりいた。
エルフは体力的に、ほとんどの獣人族より劣っていることもあって、彼らは常に沈着であった。それゆえ、戦いにおいても獣人族の軍人たちや将兵のように血気にまかせた無謀なカミカゼ的な戦いを避けた。
そのため、結果的にはエルフの軍人たちの方が獣人族の将軍たちよりも遥かによい戦果を上げて来たのだ。
今回の戦役でも、ヒムリドール将軍は慎重だった。
本心を言うと、彼が勇者と名乗るルークの名前を聞いたのは、ミタン国のブンドリ半島でブレストピア国軍とマビンハミアン帝国軍の連合軍15万がよくわからない理由でルーク軍に投降し、ルーク軍の軍門に下ったという報告を聞いてからだった。
それは、すでにルークが大軍を率いて、ラーシャアグロス王国軍と ボードニアン王国との共同作戦でとマビンハミアン帝国とブレストピア王国に攻め入ったあとだった。
マビンハミアン国とブレストピア国におけるルーク王の戦いぶりを聞いて、常に沈着なエンギン将軍は驚愕した。
マビンハミアン帝国とブレストピア王国は、東ディアローム帝国とその同盟国の予想を裏切って、あっけなく敵に占領されてしまい、ルークはマビンハミアン帝国とブレストピア王国の大部分を新興国、“ルークドゥル勇者王国”として宣言した。
ブレストピア・マビンハミアン戦役前のテルース世界勢力図
ブレストピア・マビンハミアン戦役後のテルース世界勢力図
それは、まさに驚天動地の出来事だった。
素性もよくわからない勇者というふざけた称号を名乗るルークという男が― 噂では、とんでもない腕っぷしの女騎士を10人とか20人とか妻にしているらしい― わずか1年ちょっとで、長い歴史を持ち、他国と比べても決して劣ることのない軍を持つマビハミアン国やブレストピア国が、いくらラーシャアグロス王国軍とボードニアン王国軍がルーク軍の戦いに加わったとしたとしても、それほど簡単に攻め落とされてしまうとは誰も信じなかった。
その後の情報では、マビンハミアン帝国軍とブレストピア王国軍のほとんどの司令官たちが、ルークドゥル国軍に投降、または寝返ったと言うことが判明した。
サルキデール公爵でなくとも、“金で買収された裏切者たち”と誰でも思ったことだろう。だが、ヒムリドール将軍は“それだけでは説明がつかない”と感じていた。
貴族の中には、たしかにそういう風向き鳥のような者もいる。
だが、みんながみんなそうではない事は、誰でも知っている事でもある。それなのに、なぜ、彼らは母国を裏切ったのか?
そして、母国を裏切った貴族たちは、今やルークドゥル国軍の司令官や指揮官として東ディアローム帝国軍とその同盟国軍を迎え撃とうとしている。
「金で裏切ったのであれば、また金でこちら側につかせればよい」
と、東ディアローム帝国やテアスジム王国などは、ルークドゥル国軍の貴族たちを秘かに調略しようとしたらしい。だが、現在まで、調略が成功したという話は聞いていない。
これも奇妙なことだった。貴族の中には、経済的にかなり困窮している者も少なくない。
テルース世界で行われて来た幾百もの戦いでは、おたがいに相手の貴族を買収したりして裏切らせ、戦いを有利にしたり、勝ったりしていた。
だが、ルークドゥル国側に寝返った貴族たちは、誰一人として東ディアローム帝国側の調略に応じなかったのだ。
“何かおかしい。今回の戦いは、これまでの常識が通用しない戦いになるかも知れない...”
ヒムリドール将軍は、それだけの覚悟をもってルークドゥル国北東部に侵攻したのだった。
…… ◇ …… ◇ ……◇ ……
「いいか、テアスジム王国軍とダエユーネフ共和国軍の兵力は約10万だ。我々よりわずかに3万ほど多いだけだ!」
ワーッハッハッハ!
ガーッハッハッハ!
グワッハッハッハ!
わずかに3万ほど多いだけと冗談めかして言うエンギン司令官の言葉に、将兵たちは爆笑した。
「それに、このオドグタール山に我々が汗水たらして築いた要塞は、戦略・戦術に長けたアマンダ王妃さまの構想にそって作られた難攻不落の要塞だ!敵が攻めて来たら、まず最初に爆薬と小石をたっぷり詰めこんだ爆発タルを敵に見舞ってやろう!」
オオオオオオ――――っ!
将兵たちが威勢を上げる。
「そして、さらに迫って来たら...」
「火炎瓶だ――――っ!」
「バリスタで火炎瓶だ―――っ!」
「火炎瓶で敵を丸焦げだ―――っ!」
将兵たちが、エンギン辺境伯が言おうとした言葉を先に言う。
「そうだ、敵を丸焦げにするんだ!」
オオオオオオオオ――――っ!
さらに将兵たちが威勢を上げる。
「ルークドゥル勇者王国軍、ここにあり、と無謀な戦いをしかけて来たテアスジム王国軍とダエユーネフ共和国軍のヤツらに見せつけてやれっ!」
オオオオオオオオオオ――――っ!
オオオオオオオオオオ――――っ!
オオオオオオオオオオ――――っ!
意気衝天の雄叫びが、オドグタール山の稜線にこだました。
ルークは、ルークドゥル勇者王国創立後、農・畜産・水産業・工業振興計画を立て、収穫量、生産量の増加および工業製品の生産拡大を強力に推進して来た。
また、科学技術の発展にも力を入れて来た。その一環として、これまでテルース世界で使われてなかった火薬の使用を始めたのだ。黒色火薬の原料は硝石、硫黄、炭粉であり、このどれもがルークドゥル勇者王国で産出されることを知ったルークは、錬金術のユーカワやデュリア、アマンジャクなどを総動員して強力な火薬の配合を研究させ、威力のある火薬の配合を見つけさせた。
それから火薬の大量生産を開始し、前世での知識を利用して― まだ大砲は製造されてないので― 爆薬と小石やガラスの破片を詰めこんだ大きな樽をカタパルトで発射するようにして、前線の要塞に送ったのだ。それと同時に硫黄、石油、瀝青を混合した液体を瓶に詰めてバリスタで火炎弾として発射できるようにした。
ガルンロム要塞での戦いでナエリンダン侯爵軍用いてダエユーネフ国軍や東ディアローム帝国軍を苦しめたのがこの爆発樽であり、エルゼレン伯爵軍が夜襲で東ディアローム帝国軍とアジオニア国軍相手に使ったのがバリスタで発射する火炎だったのだ。
そのような秘密兵器をエンギン辺境伯軍が持っているとは、想像もしない東ディアローム帝国とダエユーネフ国の連合軍は、オドグタール要塞と言う蟻地獄に近づいて行った。




