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#3‐19 北西戦線―エルゼレン伯爵軍の戦い②

 一夜が明けた。


 夜襲を受けた東ディアローム帝国とアジオニア王国の連合軍の野営地は惨憺たる状態だった。

さすがに20万の大軍の野営地は広いので、全滅にはほど遠かったが、それでも攻撃を受けた風下側の被害は甚大で、テントはほぼすべて焼き払われ、東ディアローム帝国とアジオニア王国の両軍合わせて2万人以上の死傷者が出ていた。


「2万人以上!?.........」

報告を受けた司令官のベテラーブ公爵は、頭を抱えた。

「遠吠えを聴いた者がおり、あれはルーク軍に寝返ったと言う、元ブレストピア王国のエルゼレン伯爵の狼族軍に間違いありません。森の中に残っていた足あとからも狼族であるが明確です。それもかなりの兵力です!」

ベテラーブ公爵と同じ犬族のラバネード侯爵が冴えない顔で言う。

「たぶん、あのクロスイギュウ部隊が占領した砦にいた軍でしょう」

「しかし、ナーボル伯爵、あの砦にはカジロッコ子爵の軍が...」

「たしかにカジロッコ子爵の軍を置いていますが、補給路の確保とあの周辺の警戒だけで、砦から遠くにいる敵の状況まではわからんでしょうからな!」

「ガオンフィル伯爵のおっしゃる通りです。それにわずか1万の兵ではヘタに出撃などすると敵の兵力が多い場合は包囲殲滅させられかねませんからな!」


その時、司令官のテントに一人の士官が飛びこんで来た。

「申し上げます!カジロッコ子爵の兵士が司令官殿に報告したいと言って来ております!」

「なに?カジロッコ子爵の兵が?」

「はい。10人ほどですが...」

「どうした?」

「カジロッコ子爵の守る砦も本日未明、狼族部隊の奇襲を受けて落されたそうです」

「落された?」

「何っ、砦が落された? して、カジロッコ子爵たちは?」

「すぐに兵たちを連れて来ますので、詳細は彼らにお聞きください」


しばらくすると、カジロッコ子爵の兵たちが司令部テントの前に連れて来られた。

「カジロッコ子爵の砦が落されたと聞いたが、それは本当か?」

「はい。本当です」

「それでカジロッコ子爵は?」

「2千の兵とともに降伏しました... それで、おれたちは、それを司令官殿に知らせるためにエルゼレン伯爵が逃がしてくれたのです...」

「逃がしてくれた?」


ラバネード侯爵たちは、あらためてカジロッコ子爵の兵たちを見た。

全員丸腰で、武具も剣も持ってない。

「8千人もの兵を失い、さらに子爵も降伏か...」

ナーボル伯爵が自嘲気味につぶやいた。

彼の部隊が未明の攻撃でもっとも大きな損失を受けていた。


「これでは、今後の補給の問題も出て来ますね...」

「それどころか、進軍するにしても後方を警戒しながら進軍しなければならん!」

「おまけに夜もおちおちと眠っておられませんぞ? 今夜もまた夜襲を受けるかも知れんからな!」

ナーボル伯爵の言葉がズッシリとみんなの心に響いた。

午前2時に夜襲を受けてから、一睡もしてない貴族たちの目は赤くなっていた。

だからと言って寝ているわけにはいかない。野営テントをたたみ、進軍しなければならないのだ。


「威力偵察隊を四方八方に放って、急襲を防ぎながら進軍するしかありませんな!」

ナーボル伯爵が、当然とも言える対策を言う。

「それと今夜の野営地では、特に風下側に部隊を配置し、寝ずの番をさせることですね」

ラバネード侯爵の提言にみんな大きく頷く。

「今度の戦いは、かなり難しい戦いになりそうだな...」

ベテラーブ司令官の言葉にみんな黙ってしまった。


 ブレストピア王国とマビンハミアン王国を侵略し、自分のものとしてしまったルーク勇者王と言う男。

「勇者王とはふざけた名称だ。どうせ、ブレストピア国とマビンハミアン国の貴族どもは、そのルークという男に何千枚かの金貨をもらって国を裏切ったのだろう!」

「そうだ。そうに違いない。栄えある我ら東ディアローム帝国軍には、そんな卑怯者や裏切者はいない!」

東ディアローム帝国軍の貴族たちは、そんな風に考えていた。

それは、今回、東ディアローム帝国軍と共同作戦でルークドゥル国侵攻に参加したダエユーネフ軍の貴族たちも、アジオニア軍の貴族たちも同じようなものだった。


 しかし、実際にルークドゥル国へ攻め入り、緒戦で()()()()()()()()()()()()()()と誰もが実感していた。

“これは、金品で母国を裏切った貴族の戦いではない”と感じたのだ。

この戦いぶりは、ルーク王に忠誠を誓った者しかできない戦いだ、と本能的に覚ったのだ。


 そして... 

東ディアローム帝国軍とアジオニア王国軍の悪夢がはじまった。


夜襲は毎晩のように夜襲を受け、威力偵察隊も何隊も何隊も全滅させられた。

威力偵察隊は100騎ほど兵数からなる偵察隊で、もし、敵と遭遇した場合でも、敵の兵力が少なければ十分に戦えるだけの兵力を有しているのだが、エルゼレン伯爵はそれを予想して、東ディアローム帝国軍とアジオニア王国軍の偵察隊の数倍の兵力で待ち構え、これら偵察隊を攻撃していたのだ。


 ベテラーブ公爵たちも、これには困惑した。

後方の安全を確保するために残したカジロッコ子爵はほぼ全滅し、子爵は残った2千の兵とともに敵に投降し、主力部隊は毎晩のように夜襲を受けた。

 さすがに翌日からは、厳重な警戒をしたので大きな被害はなかったが、それでも少数の敵による火矢攻撃、それに野営地にまでは届かないものの、例のバリスタによる爆裂矢が野営地の近くで爆発し、ただでさえ神経のピリピリしている東ディアローム帝国軍とアジオニア王国軍の兵たちを憔悴させた。


 我慢の限界に達したベテラーブ公爵は、エルゼレン伯爵の狼族軍を掃討するべく、兵力を1万人ずつの部隊に分けて捜索を開始した。もし、どれかの部隊が兵力の優る敵の部隊と遭遇した場合は、すぐに狼煙を上げ、増援を求める伝令を放つのだ。なので、部隊間の距離はせいぜい5キロか離れても10キロにすることが決められた。

 しかし、エルゼレン伯爵の方は10人ほどの偵察隊を方々に放っていて、ベテラーブ公爵の目的に気づいた伯爵は、いち早く、身軽で俊足な狼族軍をはるか遠くへ移動させてしまったのだ。

ということで、ベテラーブ公爵の目論みは完全な空振りに終わり、これで一週間進軍が遅れてしまった。


東ディアローム連合軍侵攻図

(画像をクリックすると拡大出来ます)

挿絵(By みてみん)



 一方、ダエユーネフ共和国軍とテアスジム王国軍の連合軍10万をルークドゥル王国の北東で迎え撃ったのがエンギン辺境伯だった。

 彼もアマンダ王妃の指示にしたがって、標高300メートルのオドグタール山の稜線にそって、全長約600メートルの要塞を築き、ナエリンダン侯爵のように周囲約2キロメートルに渡って幾重もの防壁と縦堀をめぐらせた難攻不落の防御陣地としていた。


 ダエユーネフ共和国の6万の兵を率いるのはヒムリドール将軍で、テアスジム王国の4万を率いるのはサルキデール公爵だった。ダエユーネフ国は共和国であることから、貴族の称号はそれほど重要視されてなく、ヒムリントン将軍も一応伯爵であるが、軍人のポストとして最高位である“将軍”の名称で呼ばれていた。


 サルキデール公爵は、テアスジム国のリギオン・フーウガウム・ズムアンスロゥプ大王の娘を嫁にもらい、王族の親族になったことを鼻にかける傲慢な貴族だった。

リギオン大王から、ルークドゥル国を北東から侵略するテアスジム王国軍の司令官をまかされた時、有頂天になり、大見えを切った。

「陛下、おまかせてください!陛下に“姫は本当によい男と結婚したものだ”とみんなに誇れる戦いをお見せします!なあに、ルークドゥル国など、1ヵ月もあれば攻め落として見せますよ!」


 サルキデール家はテアスジム王国の名門であったが、没落貴族だった。

祖父グワルバル、父親ゴロルバルと二代続いて浪費が激しく、それに加えて祖母もゴロルバルの妻― 侯爵家の娘だった― も金遣いが荒かったため財産をほとんど使い果たしてしまった。

 それでも体面を保とうと領民には増税に次ぐ増税に食べるものもなくなり、餓死する者が続出した結果、サルキデール伯爵家の領土から逃げ出す領民が増え、領地のほとんどは荒地になってしまった。


 貴族としての生活を続けるために、 ゴロルバルの時代から商人たちに領地での年貢を担保に借金をしたが、数年も借金の支払いが遅れると、続くと商人たちはサルキデール伯爵家の領土からはゴロルバル・サルキデール伯爵が約束しただけの収穫(年貢)がとれないということに気づかされた。

 サルキデール伯爵家を次ぐことになる長男のガランバルは、この家の経済状態を改善するには、リギオン・ズムアンスロゥプ大王に取り入るしかないと考えていた。


 その考えを両親に言うと、両親も大賛成だった。

そこで子爵であったガランバルは、演劇の教師を「ロマンス劇を上演する」という口実で雇って、女を口説く術を徹底して学んだ。

 そして、満を持して望んだ王宮の舞踏会で、リギオン大王の三女・カルメーリャ王女のハートを射止めたのだった。カルメーリャ王女の結婚相手を探していた大王は、ガランバルを大へん気に入り、ガランバルの思惑通り、結婚することが出来た。

 リギオン大王の三女と結婚したことで、ガランバルは大王の親族である公爵に格上げされ、大王顧問の一員となり、年間金貨10万枚もの給金をもらうようになった。


 まさしく破格の出世というわけだが、テアスジム王国の貴族の中には、ガランバルの出世を羨み、「あいつは口先だけで大王に取り入り、カルメーリャ王女を嫁にもらって公爵になったヤツだ!」と裏で言うものが少なくなかった。

その陰口をガランバルは知っていたため、今回の戦いで有能な娘婿であることを証明する必要があったのだ。



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