#3‐18 北西戦線―エルゼレン伯爵軍の戦い①
クルトネー辺境伯の指揮するダエユーネフ軍の貴族たちが予想した通り、ルークドゥル国へ攻め入ったほかの軍も大へんな状況になっていた。
ルークドゥル王国の北西部から侵攻した、東ディアローム帝国とアジオニア王国の連合軍前に立ちはだかったのが、エルゼレン伯爵の軍だった。
エルゼレン伯爵は元ブレストピア王国の貴族で、狼族軍4万人とともにルークドゥル王国の北西部の国境の砦を守っていたが、東ディアローム帝国とアジオニア王国の連合軍が20万という大軍で押し寄せたのを見て、軽装歩兵が主力の彼の軍ではまともに戦っても勝算は少ないと見た。
エルゼレン伯爵は、東ディアローム帝国軍の先遣部隊であるクロスイギュウ部隊を、砦の周囲に張りめぐらせた空堀で散々苦しめたあとで、砦に三千人だけ残した弓兵によってクロスイギュウ部隊に大損害をあたえたあとで弓兵たちは裏門からその俊足を生かして逃げ出したのだった。
もともと、エルゼレン伯爵が守っていた場所は、東ディアローム帝国軍が侵攻して来る可能性が低いと思われていたルークドゥル国の西部の突出部だったのだが、東ディアローム帝国とアジオニア王国の連合軍は、重装騎兵や重装歩兵などを多く抱えるマスティフ伯爵軍やマーゴイ侯爵軍が守る砦のあるルークドゥル国西部から攻め込むことを避け、エルゼレン伯爵軍の守備していた北西部から攻め込んだのだ。
クロスイギュウ族は体重が1トンもあり、1メートルもある長いツノと時速60キロという高速で走る、誰もが恐れる猛牛部隊だ。速度の点では狼人たちと変わりないが、その戦闘能力圧倒的でオオカミ部隊とは比べものにならない。
「最初に敵陣に突入して、敵の首をとった100人には金貨10枚をやると全兵に伝えろ!」
クロスイギュウ部隊指揮官が褒賞をやるという言葉に、欲に駆られたクロスイギュウ兵たちは目の色を変えて砦に突進した。仲間を押しのけ、踏み倒し、走った。
空堀に落ちても、落ちた仲間を踏んで乗り越え突進を続け、ルーク軍の矢攻撃でバタバタと数百人が倒されながらも砦に突入した。
しかし―
エルゼレン伯爵軍の砦の中はもぬけの殻だったのだ。
東ディアローム帝国軍の先鋒部隊がクロスイギュウ兵であることを知ったエルゼレン伯爵は、撤退に関して必要な手段をとると、クロスイギュウ部隊を手痛い目に遭わせてやるための弓兵だけを残して撤退していたのだ。
ルーク王は常に「蛮勇でもって多くの将兵を無駄死にさせるよりも、時には退くのも戦いだ」と貴族である将たちに言っていた。エルゼレン伯爵軍が砦から撤退することを決意したのも、砦が大軍相手の防衛が難しい平野にあったことと、狼族軽装歩兵4万だけでは正面から戦ってもムダだと判断したからだ。
手痛い損失を出して、もぬけの殻のエルゼレン伯爵の砦を占領した東ディアローム帝国とアジオニア王国の連合軍は、補給路を確保するために1万の兵を占領した砦に残し南東― ルークドゥル国の首都― へ向かって進撃を続けた。
一日中進軍を続け、夕方には川の近くで野営をすることにした。20万の大軍だが、東ディアローム帝国軍とアジオニア王国軍は、それぞれ別の場所に野営陣地を張った。
草木も眠る丑三つ時 ―
東ディアローム帝国軍とアジオニア王国軍の野営地は、突如、夜襲を受けた。
エルゼレン伯爵配下の狼族部隊は、風下から野営地に接近した。
ほとんど音もさせずに近づいた狼族兵は、午前2時過ぎという、もっとも眠い時間なので眠気覚ましにおたがいにおしゃべりをしていた獣人族の歩哨たちをたちまち血祭にあげた。
野営テントの中で熟睡していた獣人族兵たちは、幾千と降って来た火矢でテントが燃える中を慌てふためいて飛び出し、雨のように降って来る火矢に貫かれた。テントの中で寝たままの兵たちは、そのまま火矢に貫かれた。
東ディアローム帝国軍とアジオニア王国軍の野営地が大混乱になった頃に、今度は野営地のあちこちで爆発が起こった。
バーン!
バーン! バーン! バーン!
バーン! バーン! バーン! バーン!
「グギャッ!」
「ゲッ!」
「ギャア!」
爆発が起こった近くにいた獣人族兵たちが血だらけになって倒れる。
爆発はひっきりなしに起こり、野営地は阿鼻叫喚地獄と化した。
「敵襲だ―――っ!」
「敵だ――――っ!」
「ルーク軍の攻撃だ―――っ!」
混乱しら兵たちが右往左往する中で、指揮官の下士官たちや貴族たちは混乱を静めて防衛体制をとり、反撃をしようと必死だ。
「落ち着け――っ!敵は風下から攻撃している――っ!」
「騒ぐな――っ、負傷兵は置いて、武器をとれ――っ!」
「盾をとれ――っ、盾だ――っ!」
ベテランの兵たちは、武具をつけるひまもない中、武器をとり、空から降って来る火矢を防ぐべく盾を構える。その盾にも火矢が突き刺さる。
爆発は収まったが、火矢攻撃は続いている。
「ガルバ小隊は集まれ――っ!」
「ゴロナム小隊はここだ――っ!」
「カムル小隊長は倒れたが代わって俺が指揮をとるっ!」
「中隊長っ、三小隊が準備が整いました!」
「グォ!では、続け―――っ!」
ベテランの中隊長が混乱の中で、早くも小隊をまとめた小隊長たちとともに、火矢が飛んで来た方向目指して駆けだした。
野営地から走り出すと、ほかにも混乱の中で見事に反撃をするべく同方向に向かって走り出している兵たちがかなりいるのが見えた。
しかし、大半は燃えるテントを消す作業や、負傷兵を介抱したり、大声をあげて走り回っている。
オオオオ――――ン……
オオオオ――――ン……
意外と近くで遠吠えが聴こえた。
“くっ、敵が早くも俺たちが野営地から出たのを知らせているな...”
中隊長が、そう思った時、森の中からクロスボウ射撃を受け、もんどりうって転倒した。
「中隊長っ!」
駆け寄る小隊長にも矢が数本突き刺さった。
「ゲッ!」
あとに続く兵たちもバタバタと倒される。
敵は野営地から逃げ出す者を手ぐすねを引いて待ち伏せをしていた。
中隊は壊滅状態になり、ほかの隊の兵たちもバタバタと倒される。
しかし、野営地からは、続々と反撃をすべく勇敢な獣人族兵たちが走り出て来る。
同時刻 ―
エルゼレン伯爵軍が逃げ出した砦を占領していた獣人族兵たちも夜襲を受けていた。
5千の獣人族兵たちは、補給路を確保するのと、主力軍が後方から攻撃されるのを防ぐために1万の兵を砦に置いいた。
しかし、この砦も丑三つ時に夜襲を受けた。
ルーク軍は爆薬を付けた極太の矢をバリスタで発射し、砦の防壁を破壊したのだ。
いくら爆薬を詰めた瓶を付けたバリスタの矢でも、一発や二発では太い丸太で作られた防壁は壊せないが、エルゼレン伯爵に部隊は集中攻撃をしたのだ。
頑丈な丸太作りの防壁も、10発もの爆薬の集中攻撃で破壊されてしまった。
狼族部隊は、防壁の一部を破壊しつくし、そこから内部に爆裂矢の雨を降らせたのだ。
砦の中でフクロのネズミ状態になった獣人族兵は、爆裂矢と火矢とクロスボウの餌食となり、ほぼ3時間の戦いのあとで残った獣人兵たち― わずか2千人にも満たなかった― は、狼族部隊に降伏したのだった。




