#3‐14 北方戦線―ガルンロムの戦い①
『春の大攻勢』―
後ほどテルースの世界史でそう呼ばれるようになった、東ディアローム帝国軍とその傀儡国軍の攻勢で、最初にガッチリと正面から戦ったのがナエリンダン侯爵軍とエンギン辺境伯軍だった。
北の国境を超えて侵攻して来たダエユーネフ国軍の12万に対して、ナエリンダン侯爵軍は4万の兵を防衛陣地に配していた。その内訳は重騎兵隊2千騎、軽騎兵4千騎、重装歩兵5千人、軽装歩兵2万5千人、それに弓兵4千人だ。
ナエリンダン侯爵もエンギン辺境伯も、アマンダ王妃の助言にしたがって防御陣地を構築していた。
「どんな堅牢な陣地でも、攻城兵器の攻撃を受け続ければ必ず陥落するわ。それを防ぐためには、敵兵が容易に陣地に接近できないようにすること。それと、適時に奇襲をかけて敵の戦力を削り、戦意を削ぐことね!」
…… ◇ …… ◇ ……◇ ……
敵国との国境近くに陣地を構えることになったルーク軍は、アマンダの助言にしたがって堅牢な砦を築き、その周囲に空堀を張りめぐらせていたのだ。クロスイギュウ部隊がエルゼレン伯爵軍の砦を攻める時に遭遇したのは、これらの空堀だったのだ。
ナエリンダン侯爵も、毎日国境付近を警戒させていた巡視隊によって、敵の大軍が国境に迫っているのを発見した。
「10万を超えると見られるダエユーネフ軍です」
巡視隊の隊長の報告に、ナエリンダン侯爵は、すぐに偵察隊を放ち、敵の正確な兵力を確認させた。
その結果、ダエユーネフ軍の兵力は12万であると判明した。
ナエリンダン侯爵も、エルゼレン伯爵同様の対処をとった。
― 敵の正確な兵力を確認
― 伝書バトで状況をルークドゥル勇者王に知らせる
だが、対処が同じだったのは、敵兵力の確認と王都への連絡だけだった。
ナエリンダン侯爵はアマンダ王妃の作成した『防御戦術』にしたがってダエユーネフ軍を食い止める覚悟だった。
ルーク王もアマンダ王妃も「砦を死守せよ」とは一言も命じていない。
それどころか、「蛮勇でもって多くの将兵を無駄死にさせるよりも、時には退くのも戦いだ」と貴族である将軍たちに言っていた。
エルゼレン伯爵軍が砦を引き払ってゲリラ戦をすることを決意したのは、防衛が難しい平野の砦である上に、軽装の狼族歩兵4万では正面から戦っても勝算なしと判断したからだ。
…… ◇ …… ◇ ……◇ ……
ナエリンダン侯爵はガルンロム山を主峰とする山脈にそって防衛陣地を築いていた。
ガルンロム山は高さが200メートルほどあり、その山頂に司令部などを置いた砦を作った。
山脈の稜線から下に四段、五段に渡って防壁を作り、縦堀、横堀をめぐらせ、さらには東西に出口を設け、正面から来る敵軍を側面から攻撃できるようになっていた。
縦堀は敵兵が一列になって登って来るので狙い撃ちしやすい。また、敵が第一防壁を突破しても、太い木材で作られた防壁はいつでも前方―つまり麓側―に向かって倒せるようになっているため、第一防壁に達した敵はその後ろに隠れることもできないようになっていた。
「3倍の敵か。相手にとって不足はないな!」
ナエリンダン侯爵は不敵な笑いを浮かべた。
彼は、この防衛陣地から先には一歩も敵を進ませない決意だった。
ガルンロム要塞
翌日の朝、ガルンロム山要塞の北に見える丘陵からダエユーネフ軍が現れた。
4キロの長さにもおよぶ軍列で進軍して来る。敵の軍団の後方にはカタパルトが20基ほど見える。
カタパルトは城や要塞にとって脅威だ。だが、射程距離は意外と短く300メートルしかないので、かなり接近して来るまでは危険はない... そう、接近して来るまでは。
通常、城や要塞を攻略するには、敵の数倍の兵力でもって敵の城や要塞を包囲し、補給路を絶ち援軍を阻む戦術をとる。しかし、ガルンロム要塞は山脈にそって延々と5キロも防壁が続いているため、ダエユーネフ軍は防壁の切れている東と西の比較的低い山間から要塞の裏手― つまり南側に兵を送るべく、2万ずつの馬族兵とヤギ族兵からなる部隊を送り出した。山越えとなるのでカタパルトは主力軍の中に留め置いた。
ダエユーネフ軍の馬族とヤギ族からなる部隊は、それぞれ要塞の東端と西端から2キロほど離れた山間を登っていた。標高70メートルほどの小高い山で麓を流れるせせらぎの川岸から登りはじめた。
勾配はそれほど急ではなく、四つ足走行でなくとも十分に登坂できるが、やはり四つ足の方が歩き安いので全員四つ足で登っている。
もう少しで稜線に達する、とダエユーネフ軍の兵たちが思った時―
突然、左右の森の中から矢が飛んで来た。
シュッ シュッ シュッ シュッ――――
シュッ シュッ シュッ シュッ――――
シュッ シュッ シュッ シュッ――――
シュッ シュッ シュッ シュッ――――
「ヒヒーン 敵だ――!」
「ヒ―――ン!」
「メエ―!敵兵だ――!」
「メメエ――っ!」
たちまち大混乱に陥る馬族とヤギ族からなる部隊。
だが、身を隠すところもない。
バタバタと倒されていく。
「ブヒヒヒヒ―――ン!怯むな――っ!敵は森の中だ――っ!」
指揮官が叫ぶ。
が―
たちまち、彼の頭と体に無数のクロスボウの矢が刺さり、ドウ!と倒れてしまった。
「ヒヒーン 逃げろ――っ!」
「メエエ――!逃げるんだ――!」
一目散に麓目がけて逃げ出すダエユーネフ軍。その背に次々に矢が刺さる。
「突撃―――!」
森の中に待機していたエルフ軽騎兵たちが巧妙に馬を操り、山を下る加速でもってたちまち逃げるダエユーネフ軍に追いつき、槍で倒していく。
馬族とヤギ族兵たちは応戦するどころではない。
だが、彼らの中にも貴族らしい勇敢な者がいて、踏みとどまり戦おうとする。
「逃げるな――! 戦えっ!戦うんだ――!」
だが多勢に無勢だ。たちまちエルフ騎兵の槍の餌食になる。
「クルトネー司令官殿っ、東から山越えをしていたエクフェリス部隊が敵に攻撃されています!」
「クルトネー辺境伯殿、西へ向かったアエガグル部隊も敵襲を受けています!」
本陣から馬族部隊とヤギ族部隊の様子を見ていた士官が報告する。
「わかっとる!騎兵隊を支援に出せっ!」
「はっ!」
「ただちに!」
ダエユーネフ軍の犬族の騎兵部隊2千騎とネコ族の騎兵部隊2千騎が、それぞれ東と西へ土埃を舞い上げて急行する。
だが、ダエユーネフ軍の騎兵部隊が到着した時、エルフ騎兵もエルフ弓兵もすでに引き上げていた。
「これ以上は登らん方が賢明だ。登って行けば、必ず森の中に隠れている弓兵に狙われる!」
ダエユーネフ軍の騎兵部隊の指揮官は賢明な考えで引き返すことを決意した。
騎兵部隊が何もせずに引き返して来るのを見て、クルトネー司令官はカタパルト攻撃を命じた。
20台のカタパルトが力の強い牛族の兵たちに引っ張られて有効射程距離にまで移動させられる。
ガルンロム要塞は、先ほど馬族部隊とヤギ族部隊を撃退したとは思えないほど静まり返っているのが不気味だ。カタパルトを引っ張る兵たちは、盾を上に向けて敵からの矢攻撃を防ぐ兵たちによって守られている。
「あと、100メートルだ―っ、気を抜くな――!もっと力強く押せ――!」
カタパルト部隊の指揮官が大声で叫ぶ。
「せ――えの!」
「「「「「「「「「「「「せ――の――!」」」」」」」」」」」」」」」
「それ――っ!」
「「「「「「「「「「「「それ――っ!」」」」」」」」」」」」」」」
それぞれのカタパルトを引っ張ている牛族兵の下士官の掛け声に合わせて、牛族兵たちが引っ張る。
ゴロゴロ... ゴロゴロ...
重いカタパルトはデコボコで柔らかい草原を半分車輪が埋まりながらも、牛族兵の馬鹿力で発射できる地点に向かってじりじりと進む。
「発射地点まで、あと50メートルだ―っ!もっと力を出せ――!」
カタパルト部隊の指揮官が大声で叫んだ時―
ガルンロム要塞の防壁から突然、何かが発射された。
ビュンビュンビュンビュンビュン......
ビュンビュンビュンビュンビュン......
「盾――っ、しっかり構えろ――っ!」
カタパルト部隊の指揮官が大声で叫ぶ。
“大丈夫だ。矢攻撃なら盾で防げる...”
指揮官はそう思ったが... 敵の防壁から飛んで来るモノを見て顔色が変わった。
「マズい、バリスタだ!」
バリスタは弓を大きくしたような兵器で、その射程距離は400メートルにも達し、その命中精度もさることながら、大型の矢や石を狙った点に飛ばす恐ろしい兵器だ。
だが... 肉眼でも見える太い矢の先には…
太い筒状のモノが先端についているのが見えた。その筒状のモノからは煙がたなびいている。
「いかん!油瓶だ!」
ガルンロム要塞の防壁から発射されたバリスタの矢はカタパルトを引っ張ている牛族兵を守っている盾に命中し、ガラス瓶が壊れ、中に詰まっていた油が広がり、それに火がついた。




