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#3‐13 春来る③

 エルゼレン伯爵は、『ブレストピア・マビンハミアン戦役』と呼ばれた戦いの折りに、ルーク勇者王との会談に望み、()()()()()()()()母国を捨てルーク軍についた将軍の一人だった。

 同じ時、東ディアローム帝国南方軍団の司令官だったマスティフ伯爵と副司令官だったマーゴイ侯爵も配下の軍とともにルーク軍の傘下にはいっている。

   

 エルゼレン伯爵は元ブレストピア王国の貴族で、彼は狼族軍4万人を率いていた。

 同じ元ブレストピア王国軍の貴族であったエンギン辺境伯はエルフ族で、彼と同じくルーク軍の傘下にはいっていた。


 エルゼレン伯爵軍はルーク軍の中でも極めてユニークな軍だった。

それは、彼の軍が狼族部隊だと言うことだ。エンギン辺境伯の軍が7万もの兵を抱える大部隊だが、獣人族、エルフなどの騎兵やリザードマンなどからなる混成部隊なのに対して、エルゼレン伯爵の軍は軽装の狼族歩兵だけなのだ。

 エルゼレン伯爵軍の特徴は、その敏捷さと走行速度、隠密度の高さでもって、敵が予想もしない山の中から襲撃したり、騎兵とも同格で戦えるほどの戦闘力だった。


『ブレストピア・マビンハミアン戦役』の折り、彼らはミタン国軍に対して優勢だった。

それが、なぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()したのか、今もよくわからない。

 だが、後悔はしてない。ルーク王は傘下にはいった彼と彼の将兵を大事にしてくれ、ブレストピア国を占領し、ルークドゥル勇者王国と改名したあとも、彼ら元ブレストピア国の貴族たちや国民によくしてくれている。


 それは元マビンハミアン国の貴族たちや国民に対しても同じだ。

『農地改革』とか『工業化』とかで、今までの既得権益を失ったとボヤく貴族もたまにはいるが、能力主義、結果主義のルーク王は、彼と彼の大臣たちの指導にしたがって努力をし、結果を出する者には優遇措置などをあたえているので大した問題ではない。少なくともエルゼレン伯爵には。


 

 エルゼレン伯爵軍は、東ディアローム帝国軍が侵攻して来る可能性の低いと思われていたルークドゥル勇者王国の北東部国境の近くに配備されていた。

 敵の侵攻がもっとも大きいと誰もが考えていたのが西部の突出部で、そのエリアには強力な騎兵隊と重装歩兵を保有する、元東ディアローム帝国の将だったマスティフ伯爵軍とマーゴイ侯爵の軍が配備されていた。



    ルーク勇者王国軍配置図

挿絵(By みてみん)




 その日は朝から快晴だった。


 気温は10度くらいだろう。この地方の典型的な朝の気温で、エルフには少し肌寒いかも知れないが、狼人であるエルゼレン伯爵軍にとっては身が引き締まるような爽快な気温だ。


“さて... 朝食をするか”

元マビンハミアン国の住民たちは、エルゼレン伯爵の将兵たちに友好的だ。

 ルーク王は基本的に差別をしないし、差別を嫌う。そして、それを自国の貴族たちや将兵にも徹底した。

元マビンハミアン国の住民の大多数はエルゼン伯爵と同じ獣人族であることもあって、近くの村や町の住民たちとも大へん友好な関係をもっており、食料なども供給してもらっている。


 エルゼレン伯爵の好物は、魚の干物をベースにした野菜スープだった。

それにパンを浸して食べるのと、海で獲れる赤身のサリレという魚の塩漬けの塩を抜いたものをサレリの油で練ったペーストをパンに塗って食べるのも美味しい。パンと魚の干物は軍が配給するもので、パンはトリゴ麦を粗く挽いたもので、茶色できめが粗いが慣れると意外といけるのだ。


食堂のある建物の方に向かって歩き出した時、監視塔の上から監視員が大声で叫んだ。


「開門―っ、開門―っ!巡視隊だ―――っ!」

門の近くにいた兵が4、5人、急いで門を開ける。


エルゼレン伯爵も門の方に駆けだしていた。


ダダダダダダ―――――!


巡視隊の20人ほどが駆けこんで来た。

中には矢が刺さっている兵士も数人いる。


「伯爵殿―っ、敵軍ですっ!すごい大軍です!」

巡視隊のリーダーのデグリオンが伯爵を見て叫ぶ。


「なにっ?敵の大軍? 東ディアローム帝国軍か!」

「はい。あの規模だと10万はくだらないと思います。先遣部隊はクロスイギュウ族部隊です!」

「クロスイギュウ族部隊?!」


 クロスイギュウ族は体重が1トンもあり、1メートルもある長いツノと時速60キロという高速で、誰もが恐れる敵の部隊だ。速度の点では狼人たちと変わりないが、その破壊力は比べものにならない。

 直接戦ったことはないが、たぶん、クロスイギュウ兵士一人に対して狼人兵5、6人はかからないと倒せないだろう。


「クロスイギュウ部隊は4千人ほどで、あの速度ですとあと3時間もすれば、この陣地に到着するでしょう!」


「わかった。ご苦労だった!」




 3時間後―


 平原のかなたから、土埃を巻き上げて東ディアローム帝国軍の先遣部隊、クロスイギュウ部隊が現れた。

 クロスイギュウ部隊の指揮官は、ルーク軍の砦や防壁の上にいくつもの旗がたなびき、何十もの煙― たぶん昼食でも作っているのだろう― を見て、不適な笑いを浮かべた。


「野郎ども、クロスイギュウ部隊の恐ろしさを見せてヤレ――――!」


ブルルルルルルル――――――

ブルルルルルルル――――――

ブルルルルルルル――――――


黒い津波のごとく、クロスイギュウ部隊の突進が始まった。


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド............


木をへし折り、逃げ回る小動物を踏みつぶし、怒涛のようにルーク軍の陣地に迫る。

突然、先頭を走っていたクロスイギュウ兵たちが止まってしまった。

だが、後ろから続くクロスイギュウ兵たちに押されて何だか混乱になっている。


「ナニを止まっているのだ?突撃ダ!突撃させヨ!」

指揮官が鼻息も荒く命令する。


そこへ前方の様子を見に行ったクロスイギュウ士官が報告する。

「指揮官殿、敵の陣地までの間に、いくつもの空堀が掘られていて突撃を阻んでいます!」

「ナニ、空堀?そんなモノは乗り越えさせろ!最初に敵陣に突入して、敵の首をとった100人には金貨10枚をやると全兵に伝えろ!」

「えっ? はっ!」


 指揮官の言葉が伝えられるよりも、それを近くで聞いていたクロスイギュウ兵たちが全速力で走り出す方が早かった。


「ドケ、ドケ―っ!最初の敵の首はオレのもんだ――!」

「いや、金貨10枚は、オレのもんだ――!」

「なにお―っ、褒賞はオレのもんだ――!」


欲に駆られたクロスイギュウ兵たちが仲間を押しのけ、踏み倒し、走る。

それを見た、聞いたほかの兵たちも一斉に突進を再開した。空堀に落ちても、落ちた仲間を踏んで乗り越え突進を続ける。もはや誰も彼らを止めることはできない。


ルーク軍の陣地までの距離―


 1000メートル

 800メートル

 500メートル

 300メートル

 

そして、200メートルに達した時に、防壁の上から雨のように矢が降って来た。


ザザザザ――――――


ブルっ!グアっ!ガブっ!

ゲブっ!ガア!ブルっ!

ガブっ!グゲっ!グアっ!


数百人のクロスイギュウ兵たちが、もんどりうって地響きを立て倒れる。

だが、突撃は止まらない。クロスイギュウ兵たちは倒れた仲間を踏みつけて走り続ける。

陣地内からは第二射、第三射とひっきりなしに矢の雨が降って来る。

陣地までの距離が50メートルになった時、矢による攻撃が止んだ。


「ふふん!ルーク軍め怖気づいたか!」

後方で部隊が突撃するのを見ていた指揮官があざ笑う。


最初のクロスイギュウ兵たちが防壁に突進した。

しかし、防壁の前に掘られていた空堀に先頭の隊列が落ち、堀の底に仕掛けられていたパンジ・ステイックに貫かれて絶命するか、重傷を負うが、後から続くクロスイギュウ兵たちも次々と堀に落ちて、堀はクロスイギュウ兵たちで埋まってしまい、後続のクロスイギュウ兵たちは、呻いている仲間を踏みつけて防壁へ突進する。


体重が1トンもあるクロスイギュウ兵たちの衝突によって、さしもの頑丈な防壁も軋みはじめる。

太い丸太を連結している横木の釘が緩みはじめ、ついには横木が外れ、支えを失った防壁は次々にあちこちで破られた。



 しかし―


陣地の中はもぬけの殻だった。

3時間前、東ディアローム帝国軍の先鋒部隊がクロスイギュウ兵であることを知ると、エルゼレン伯爵は即座に士官たちに次々と命令を下したのだ。


 ― 敵の正確な兵力を確認

 ― 伝書バトで状況をルークドゥル勇者王に知らせる

 ― 1時間以内に陣地を引き払う

 ― 近隣の町村の住民に避難を勧告する


 早速、伝書バトが20羽ほど放たれ、メッセンジャーたちが近くの町村に向けて駆けて行った。

エルゼレン伯爵が、新たしい陣地を作ることにしたのは、現在の場所から東に50キロ離れたところにあるイルゴン山脈だった。

 そこなら東ディアローム帝国軍の王都ルークタラスへ向けての針路コースから離れているので、敵の主力と直接衝突するリスクは少ない。そこで防衛陣地を築き、そこから出撃してゲリラ戦を展開する覚悟だ。




『春来る』のタイトルからは、想像もできない展開となりました。

そうです。厳しい冬が過ぎると熱い戦いの時期に入るのです。

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