#2‐31 ドリアンスロゥプ皇帝⑥
標的当てはプリシルの優勝で終わった。
オオオオオオオオオオ―――――…
コロシアムはまだどよめいている。
大理石造りの立派な特別観覧席では、ドリアン皇帝が大理石の椅子から立ち上がって観戦していた!
もちろん、アンジェリーヌたちも声がかれるほどプリシルを声援していた。
標的当て競技は終わったが、まだ別の競技があるらしい。
アレナに置かれていた的や散らばっている矢などを片付けられている間に、アンジェリーヌたちはルークの新しい妻となるアレクサンドラと話をしていた。
「アレク... アレクと呼んでいいわよね?」
「あ、はい。アレクサンドラは長いので、みんなアレクと呼んでいますので、かまいません」
「あなたのパパ、ライオン族だけど、あなたは髪の色と目の色がパパ似なのに顔は全然違うじゃない?」
「初めての人にはいつも訊かれます。実は私の母はエルフなんです」
「え――っ、エルフぅ?」
アンジェリーヌが少し高い声をあげたので、ミカエラやアイフィたちもアレクを見た。
「あなたはエルフとライオン族のハーフなの?」
「はい。母は魔術師学校出の魔術師です。でもm魔術能力は弱いので戦いには役立たないそうです」
「えっ、どこのは魔術師学校を出たの?」
ミカエラが興味を持って訊く。
「たしか、エルゼレン・アエガスとか言っていました」
「ああ。知っているわ。この国の北にある魔術師学校ね?」
「はい。あのあたりはエルフがたくさん住んでいるそうです」
ミカエラもさすが魔術師学校を卒業しただけあって、ほかの国の魔術師学校をよく知っているようだ。
「じゃあ、あなたも魔術師の才能があるんじゃない?」
「ほんのちょっぴりあるみたいですけど... 母と同じでまったく使い道がありません...」
恥ずかしそうに下を向くライオン族の美少女。
「へえ!たとえば、どんなことできるの?」
リエルが興味を持ったらしく訊く。
「いえ、そんな大したことじゃないんです。テーブルの上に置いたコップや花瓶をちょっと動させるくらいなんです」
「じゃあ、やって見せてよ。ほら、このテーブルにあるフルーツジュースのコップを動かして見て!」
「大したことじゃないのでお見せするのも恥ずかしいです...」
「やりなさい!」
「はいっ!」
リエルが声を高めたのにおどろいたアレクは、少し飛び上がったような気がした?
ルークの新妻たちのちょっとした騒ぎに、ドリアン皇帝も皇后も周りの貴族たちや寵妃たちもアレクを見る。アレクはみんなから注目を浴びて、恥ずかしさで真っ赤になっている。
「で、で、では... このコップを 動かして 見たいと思います。失敗しても 笑わないでください」
アレクはこぶしを握ってテーブルの上にあるコップに向けた。
「う―――ん… 動いて、コップさん!」
こぶしに力を込めてコップに集中する。
「う―――ん……」
「なんだ。全然動かないじゃない!」
リエルがガッカリした声を出した時...
ズズっ
コップが5センチほど動いた!
「あ、動いたわ!」
アンジェリーヌが叫んだ。
「ううう―――ん… もっと動いて、コップさん!」
アレクがさらにこぶしに力を込めた。
ズズズ―――――っ カチャン!
コップがテーブルの端から落ちて割れた!
オオオオオ―――…
周りの獣人たちが声を上げ、皇帝も皇后も少し驚いたようだ。
「フ―ぅ... これでいいですか?」
「なんだ、それっぽっち!」
リエルは不服そうだ。
「たしかに才能はありますけど、ごくわずかですね...」
ミカエラが少し残念そうだ。
「アレクねえたん、もっとありゅ!」
侍女のひざに抱かれて見ていたマイレィが突然、しゃべった。
「え、なんですか、マイレィさま。もっとあるって?」
鬼人侍女が訊く。彼女はガジーマでモモコ大王がルークにあげた鬼人美女の一人だ。
「まじゅつ あるよ!」
「アレクサンドラさまに、もっと魔術能力があるっておっしゃっているんですか?」
「うん!」
そして、怪訝な顔をしているアレクをマイレィは小っちゃな手で招いた。
「こっち きて。アレクねえたん」
「はい。なんでしょう、マイレィちゃん」
ツン!
「え?」
指でおでこをつつかれたアレク。
「こぶし――っ!」
「はい?」
「こぶし つかうの――!」
「こうですか?」
こぶしをさっとテーブルに向かって出したアレク。
バ――――ン!
なんと、テーブルが大理石のフェンスを破って、バラバラになってアレナの方に飛んで行ってしまった!
「キャー――!」
「なんだ!何が起こった?」
「近衛兵、近衛兵っ!」
「皇帝陛下が狙われているっ!」
「また、東ディアローム帝国の刺客か!」
大騒ぎになってしまった。
「みなさん、お静かに!皇帝陛下にも皇后陛下にも、誰にも怪我はありません!」
アイフィが立ち上がって、声をあげた。
「皇帝陛下のご要望で、ちょっと魔術を披露しただけです!」
そう言って、“陛下、何をしなければならないかわかるでしょう?”的な目でドリアン皇帝を見た。
「モゴっ! 何デモナイ。モゴ 試合ツヅケル モゴ!」
皇帝のモゴモゴ言葉で、騒ぎはすぐにおさまった。
「わ...私 何と言うことをしでかしたのかしら...」
ヘナヘナと床に座りこんでしまったアレク。
「パパが皇帝陛下から厳罰を受けるわ... エ―――ン エ―――ン」
可哀想に、ライオンっ娘は泣き出してしまった。
近くにいたボンガゥル侯爵もアレクのそばに来たが、どうしたらいいかわからない。
国賓を迎えての大事なイベントで大失態を娘がやらかしたのだ。
爵位はく奪の上、全財産没収され、牢獄に放り込まれることだろう。それは自分と愛する妻とアレクだけにとどまらず、すでに結婚している娘にも及び、娘婿もとばっちりを喰らい、孫にまで及ぶに違いない…
その時、リエルがすくっと立ち上がり、皇帝と皇后の横に行くと声高らかに言った。
「ドリアン皇帝陛下、陛下の信頼されるボンガゥル侯爵のお嬢さまは、見ての通り、すごい魔術を使えるようになりました!」
「モゴ?」
「ムゴ?」
皇帝と皇后が怪訝な顔をしている。
「このようなすごい魔術の才能ある獣人を勇者王ルークさまに嫁がせるということは、すなわち、西ディアローム帝国の皇帝ならび皇后が、どれだけルークドゥル勇者王国との関係強化に尽くそうとされているかがわかると言うものです。
わたくしはルークさまの王妃の一人として申し上げます。たいへん意義のある縁組をなされましたね?
さすが聡明さと決断力で名高い皇帝陛下と、その皇帝陛下を常に支え、お立てになられて来られた皇后陛下のご理解とお力添えのたまものです!」
まさに立て板に水のリエルの弁舌だった。
「モゴ!ソウダ ワシハ ソレダケ ルーク王ヲ 信頼シテオル! ダカラ ボンガゥル侯爵ノ 娘ヲ 嫁ニヤル!」
「ムゴ!わらわ も アレクサンドラを ルーク王に嫁がせること を 強く 陛下に進めたのじゃ ムゴ!」
「そうでしょう、そうでしょう!さすがディアローム帝国の正統なる後継者であるドリアンスロゥプ皇帝陛下とジャブイ皇后陛下でございます。 ...ところで、つかぬことをお聞きしますが、ジャブイ皇后陛下は流暢にお話されるのですね?」
「なんの。ドリアン陛下も以前は流暢に話せていたのが、威厳をつけるためと申されてカタコトで話しているうちに、普通に話せなくなったのです。まったくアホなんですから!」
レレレ... さすがの皇帝も皇后にかかってはアホ呼ばわれされている?
まあ、それは皇帝夫婦の問題なので、リエルもそこまではコミットしない。
「それでは、引き続き、プリシル王妃とアマンダ王妃の試合を見ましょう。失礼いたします」
優雅にお礼をして自分の席にもどった。
アンジェリーヌたちは呆気に取られていた。
ボンガゥル侯爵も、どうなることかとハラハラしていたが、何の咎めもなかったことに安心してアレクを抱きしめ親娘して泣いている。
「リエル、やるじゃん!」
「本当、すごかったわね!」
リエルの方は、ジョスリーヌとアンジェリーヌからすごく褒められていた。
「さすがに一国の王女さまとして育てられただけありますね!」
「ワタシにはできないでス!」
アイフィとフィフィもおどろくやら感心するやらだ。
「...... そ、そんなに褒めないで!私も怖かったんだから...」
しかし、リエルはなんだかモジモジしている。
「皇帝って、トロールみたいに大きいし、手の指でも私の腕くらいあるのよ!怖くて怖くて... 少しモラシちゃったわ」
真っ赤になって小さな声でジョスリーヌに言う。
それを聞いたアンジェリーヌとジョスリーヌに連れられて、おトイレに行ってしまったリエル。
侍女のアーダとコーダーも急いで着替えのはいったカバンを下げて走って行った。
そのあとに残ったミカエルとアイフィとフィフィ。
ミカエルはそっとマイレィに寄って恐るおそる聞いて見る。
「あの... マイレィちゃん」
「なぁに?」
「私の魔法も強く出来るのかしら?」
「うん!出来るよ。アイフィねえたんもね!」
「えっ?わたくしも?!」
「じゃ、じゃあ、指でツンってしてくれるかしら?」
「いいでしゅよ。でも いまは だめ」
「だめ?」
「これいじょう こわしたら コーテイさまが おこりましゅ!」
ということで、あとの楽しみとなった?
ルークたちはかぶりつきで皇帝と妻たちのいる特別観覧席のフェンスが吹っ飛ぶのを見ていた。
“また刺客か!”とルークもアマンダたちも思ったが、ちょっと騒ぎがあっただけですぐに静まった。
だが、ルークたちの近くで護していたトラ族の近衛兵たちは、2人を残して全員、特別観覧席の方へ走って行ってしまった。
それはそうだろう。皇帝あっての国賓であって、襲撃があった場合、最優先で守らなければならないのは皇帝と皇帝の家族なのだから。
しかし、20分ほどすると近衛兵たちはもどって来た。
ルークが何が起こったのか聞くと「いえ、ちょっとした余興だったそうです」と答えた。
フェンスの壊れ方からして爆発物かとルークは考えたが、テルースの世界ではまだ火薬は実用化してない。
それに爆発なら、もっと凄まじい音がするはずだ。
アレナにまで飛んで散らばったフェンスの破片を一生懸命に拾っている獣人兵たちを見ながら、特別観覧席の下の観客席に誰も怪我人は出てないようだが、あれが魔法だとするとミカエラかなと思ったが、国賓として招かれているのにそんなバカな事をするはずはない。
ようやく、アレナに散らばった大理石の破片の片付けが終わり、ジャッジが出て来て試合の再開を告げた。
「それでは今度は動く標的を射る試合です!固定標的の試合に参加した弓使いは全員参加できます!」
ジャッジの声に獣人アーチャーたちがアレナに出てくるが、固定標的の試合結果に落胆して参加しないアーチャーも出たのでわずか20人ほどに減っていた。
「今度は飛ぶ鳥でも射るのかしら?」
プリシルはそう思ったが、生きた鳥ではなく、先端に瓶の形をしたフルーツ、たぶんナシだろう― を刺した矢を空中に向けて撃ち、それを射貫くという競技だった。
直系が8センチほどのナシが刺された矢は秒速120メートルを超す速さで撃ち出される。それを射るには、抜群の反射神経と動体視力が不可欠だ。




