#2‐29 ドリアンスロゥプ皇帝④
「みなさん、おはようございます。昨夜はよく休むことができましたか?」
ドアを開けてにこやかな顔で入って来たのはボンガゥル侯爵だった。
公爵の後ろには、一人のスラリとした若い少女がいた。
金茶色の瞳に茶褐色のショートヘア。かなりの美少女だ。
背は意外と高い。180センチ近いだろう。
「あ、これは私の娘のアレクサンドラ・ マリアンヌ ・ライアンスロゥプです。アレクサンドラ、みなさんにご挨拶をしなさい」
「はじめまして。アレクサンドラです」
しなやかそうな体の可愛い娘は、ボンガゥル侯爵のようなライオン顔ではなく、ふつうのエルフ族のような顔をしているが、ちゃんとネコ耳が立っている。そして、後ろにはちゃんとしっぽもある。
そして...
アレクサンドラはベージュ色の短い七分袖ジャケットに白いブラウス、そしてひざ上までしかない短いスカートをはいていた!
「そのスカート...それにジャケット...」
「ああ。アンジェリーヌさま。朝、家を出る時に気がついて、みっともないから着替えるように言ったのですが... 最近、このような足をモロに見せる丈の短すぎる服装がこの国でも若い娘たちの間で流行っていましてね...」
少し苦い顔をするボンガゥル侯爵。
自分の娘が、こんなはしたない服を着るのをあまり好ましく思ってないようだ。
「『モンスタイル』制作のスカートでしょ、それ?」
「はいっ!」
自分が履いているスカートのブランド名を当てたアマンダにうれしそうに元気よく答えるアレクサンドラ。
「ジャケットもブラウスも『モンスタイル』ね?」
アンジェリーヌの言葉に、アレクサンドラはさらに顔を輝かせる。
「よくご存じですね... って、みなさんも『モンスタイル』を着ていらっしゃるのですね!」
「ふふふ... 着るも何も...」
「私たちが...」
「『モンスタイル』のファッションを創っているのよ!」
「ええええ――――?!じゃ、じゃあ、これ、みんなアマンダさまたちが作られたんですかァ?」
「こ、これ、アレクサンドラ!そんなはしたない声を出すんじゃ... ええっ? これはルーク王の王妃さまたちが作られたア???」
ボンガゥル侯爵までもが、素っとん狂な声を出してしまった。
「なんだ、諜報員侯爵は知らなかったのか?それは、ルークたちが力を入れておる事業の一つだろうが?わが国でも、貴族の女子どもが、大枚をはたいて買って来ておるぞ?」
「シュテン大王さま、儂は諜報をしていたわけでは...」
ボンガゥル侯爵が苦り切っている。
「それで、その諜報員侯爵がなんで娘を連れて来たんだ?」
「あ、そうそう、それです!実は今朝早く皇帝陛下から呼ばれまして...」
ボンガゥル侯爵が語ったところによると、朝の5時頃に宮殿から陛下の使いがやって来て、「即刻、宮殿に参上すべし」と伝えたので、さては刺客が口でも割ったのかと重い、大急ぎで支度をして宮殿に行ったところ、陛下がお呼びだと謁見の間に呼ばれたのだそうだ。
「モゴ... ボンガゥル侯爵 オマエモ 昨日 聞イタトオリ ベンケー・シュテン大王ハ ワシト 結婚スル気ハナイヨウダ」
「は...」
肯定するのも否定するのも難しいので、侯爵は中途半端な返事をしたのだそうだ。
「モゴモゴ ... シカシ ワガ帝国ダケガ 勇者王国ト 血縁ガ ナイトイウ 事態ハ サケナケレバ ナラン モゴ!」
「はあ... そう申されても...」
“なにを陛下は言いたいのだろう...” と考えた時、侯爵は皇帝が何を望んでいるかを悟った。
古来より、一国の権力者たちは婚姻を通じて、他国と縁続きになることで味方を増やし、領土を増やし、裕福になって来た。その典型がハプスブルク家で、政略結婚によってブルゴーニュ公国、ハンガリー王国、ボヘミア王国、スペインの君主の継承権を手に入れ、さらにはスペイン領の中南米も含めた広大な領土をも手中にしている。
ドリアン皇帝は、信頼する同盟国ラーシャアグロス王国のモモコ大王がさっさとルークとの結婚を決めたのを見て、彼も新興国であるルークドゥル勇者王国との関係を早急に強化する必要があると考えた。
もし、それをせずに手をこまねいていれば、最悪の可能性としてラーシャアグロス王国とルークドゥル勇者とラーシャアグロス王国が同盟を結んで、西ディアローム帝国を滅ぼすことさえも起こりかねない(?)。
いささか突飛すぎる考え、悲観的過ぎる想像と言えなくもないが、昨日の友は明日の敵で、どこの世界でもそのような事例は後を絶たないことは歴史が示して来た通りだ。
モモコ大王がドリアン皇帝と結婚をせず、ルーク王と結婚すると言ったことでその可能性がゼロでなくなったと考えたのだ。
「ハッ!... 陛下は、西ディアローム帝国の貴族の娘をルーク王に嫁がせよとおっしゃっておるのですね?」
「ボンクラ!... モゴッ」
「申し訳ございませぬ。それで、陛下の王女殿下か、孫の王女殿下の誰かでもと?」
「バカモン!モゴッ! ルーク ハ 牛族ナド 図体ガ 大キスギル ト言ウニ 決マッテオル...モゴ」
「それもそうですな。ワーッハッハッハ!.........」
つい大笑いしてしまったが、皇帝の目に赤い炎がメラメラっと燃えたのを見て、侯爵の背中に冷たい汗が流れた。
いや、本当はまだ暗いのでランプが灯され、それが皇帝の目に反射しているだけだったのだが―
「オマエ ノ 娘ダ モゴ...」
「娘... と申しましても、上の娘は5年前に結婚しておりますし、下の娘はまだ13歳ですが? まさか結婚している娘を離婚させてルーク王と結婚させよと...」
「バカモン!モゴッ!13歳ハ ライオン族デハ モウ一人前のオナゴダ モゴ...」
たしかに獣人族は成熟するのが早い。7、8歳で大人の仲間入りをするのだ。
「承知いたしました。おまかせください!」
「モゴ... ワシヲ 失望サセルデナイ」
「はい。ご安心ください」
「...... という訳で、ベンケー・シュテン大王の次で構いませんので、是非、アレクサンドラと結婚していただきたいのです!」
ボンガゥル侯爵は“是非”という言葉を強調した。
「ええっ?アレクサンドラさんって... まだ13歳なのでしょう、侯爵?」
「いかにも!ほれ、この通り、もう立派な大人です!」
たしかにボンキュッボンの立派なプロポーションをしている!
ルークにもドリアンスロゥプ皇帝が考えていることはわかった。
しかし、それなら自分の娘か孫をルークに嫁がせるのが普通なのだが...
“なぜボンガゥル侯爵の娘を?それもまだ若いじゃないか?”
そんなルークの考えを読んだのか、それまで興味深そうに聴いていたモモコ大王が口を開いた。
「あのなァ、ルーク。ボンガゥル侯爵の本名は ボンガゥル・ナスリオン・エアイン・ライアンスロゥプって言う、長ったらしい名前なんだよ!」
「あら、ライアンスロゥプって、ドリアンスロゥプ皇帝の名前に似ているわね?」
プリシルの言葉でルークは思い出した。
農園で1年過ごした間、毎晩テルースの世界の歴史について勉強したことを。
今は東と西に分かれておたがいに覇権を争っているディアローム帝国の基礎を築いたのは初代のゼリアンスロゥプ大王で、当時は帝国とは呼ばれていなかった。
ゼリアンスロゥプ大王には5人の王位継承候補がいた。
第一王妃の長男・ゾドアンスロゥプ、第一王妃の次男・ゼロアンスロゥプ、第三王妃の長男・ズムアンスロゥプ、第三王妃の三男・ロレアンスロゥプ、第四王妃の長男・ドリアンスロゥプの5人の王子だ。
しかし、ゾドアンスロゥプ王子は強欲、利己主義者、ゼロアンスロゥプ王子は無能、ズムアンスロゥプ王子は誰彼構わず若い女であれば寝室に連れて行く女たらし、ロレアンスロゥプ王子はどうしようもない怠け者という理由で王位継承候補から退け、最も優秀と認めたドリアンスロゥプ王子に譲位した。
自分こそが獣人族国の大王になると考えていたゾドアンスロゥプ大公は、父王の決定を不服としてドリアンスロゥプ王の暗殺を企て、失敗したのちにゾドアンスロゥプ大公は、兵をダイダロス宮殿に差し向けたが、すでにそれを見越していたキャルニヴォル将軍は用意周到に兵と親衛隊を配置していて、激しい戦いになったが、ドリアンスロゥプ大王側がゾドアンスロゥプ大公軍を打ち破った。
ダイダロス宮の乗っ取りにも失敗したゾドアンスロゥプ大公は、彼の取り巻きの貴族たちが領地を有する獣人族国の東へ逃亡し、そこで東ディアローム帝国の皇帝を宣言。
自分が獣人族国の正当な後継者であると内外に喧伝し、ディアローム国の東側を東ディアローム帝国と呼ぶようになったのだが、それからテルースの世界の諸国を巻き込む戦いがはじまったのだ。
「では、ライアンスロゥプと言うと、大王、いや、皇帝のご親戚...なのですか?」
「あはは!かなり昔の話なんですがね。何代か前の祖先が、初代のゼロアンスロゥプ大王の血筋の王女を嫁にもらったらしく、その時にライアンスロゥプと言う名前を大王さまから授かったらしいんですよ」
「と言うことは... ドリアン皇帝の親族じゃないですか?」
「一応、そういうことになりますね、プリシルさま」
「じゃあ、いいじゃないですか。アレクサンドラをお嫁にもらってはどうですか?」
妻たちの中でもっとも発言力のあるアマンダがルークを見ながら言う。
「そうすれば、ドリアン皇帝の心配もなくなるぞ?」
モモコ大王も面白そうな顔で言う。
ルークは、ボンガゥル侯爵、アレクサンドラ、モモコ大王たちの顔を見て、それからアマンダたち先輩妻たち、アンジェリーヌたち新妻の顔を見た。
侯爵は少し不安そうな顔、アレクサンドラは目が合ったとたんに真っ赤になって下を向き、モモコ大王はニヤニヤと笑っている。
アマンダ、プリシル、リリスとハウェンは肯定的な顔だ。
アンジェリーヌとミカエラ、アイフィも“ルークさまがお望みなら”みたいな顔をしている。フィフィは「ワタシはどっちでもいいでス」と言って、フルーツをパクついている。
ジョスリーヌとリエルは“私には関係ないわ”みたいな顔をして、窓の外の庭園などを見ている。
ルークは、もう一度しげしげとブラウスを大きく盛り上げているアレクサンドラの豊満な胸を見て、まだ顔を赤くしてうつむいている純情そうな彼女を見て決断した。
「よくわかりました。今後の西ディアローム帝国との関係をよりいっそう強固にするために、アレクサンドラさんを妻にしましょう!」
「おお!もらってくださるか!皇帝陛下も大喜びされることであろう!ほれ、アレク、おまええからもお礼を言いなさい」
「ルークさま、フツツツカモノですが...」
「不束者だ、アレク」
「あ、すみません。ルークさま、フツツカモノですが、よろしくお願いします。奥さまたちもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく!」
「私たちこそよろしくね、アレクさん」
「仲良くしましょうね!」
「だいじょうぶ。すぐにみんなと打ち解けるわ!」
アマンダたちやアンジェリーヌたちも歓迎ムードだ。
「では、挙式の事などは、モモコ大王との挙式が終わってからと言うことで調整して...」
「いや、いっそ一緒にやったらよかろう?ルークは、もう5人といっしょに式を挙げたというではないか?」
モモコ大王の一言で、一緒に結婚式をやることが決まった。
「それでは、儂は皇帝陛下にご報告にもどります。アレク、おまえはここにいなさい。陛下はコロシアムで試合の時に婚約の発表をするとおっしゃっていたから!」
「はい...... ええっ?コロシアムゥ?!」
ルークがおどろいたが、すでにボンガゥル侯爵は部屋から急ぎ足で出て行っていた後だった。




