#2‐27 ドリアンスロゥプ皇帝②
ダイダロス宮へ入る門を通って広い敷地内に入ったところで、ボンガゥル侯爵が謝った。
「ベンケー・シュテン大王殿、ルーク王殿、誠に申し訳ござらん...」
「いや、余興としては面白かったぞ?」
何とモモコ大王は、血糊の着いたグレイブを眺めながらニヤリと笑って答えた。
「とんでもない!あれは余興などでは...」
「知っておる!どうせ、ゾドアンスロゥプ皇帝が送り込んで来た刺客であろう?襲って来たヤツらはヒエーナ族だったからな!」
ヒエーナ族は、昔から暗殺などの汚い仕事を引き受けて来た種族だ。
もちろん、ヒエーナ族全体が暗殺者というのではなく、汚い仕事をするのは、ヒエーナ族の中の秘密結社のような一つの部族だそうだ。
「それにしても、アマンダとプリシル!聞きしに勝る戦闘能力だな?」
「いえ、モモコ大王さまこそ」
「その大王という呼び方もやめろ」
「え?」
「そなたも私も、もうルークの妻ではないか?」
「は...い」
「まだ結婚式を挙げてないので、正式ではないがな。キャーッハッハッハ!」
ひとしきり大笑いした後で、モモコ大王は言った。
「年もあまりかわらんから、公式の場でない限り、モモコだけでいいぞ?」
「では、そうします」
「敬語もいらん!」
「じゃあ、そうするわ、モモコ!」
「そうだ、その調子だ。キャーッハッハッハ!」
ルークたちの命が危ないということを察知してハウェンに知らせたのはマイレィだった。
前回のラーシャアグロス王国訪問では、勇者王国に残して来たアマンダの息子・ルファエルとプリシルの娘・マイレィは、「今度はママといっしょに行く!」「ママといっしょ!」と言って止まなかったので連れて来たのだ。ルファエルはもうすぐ3歳、マイレィは2歳半になっていた。
馬車の中で侍女のひざに座ってゾオルの景色を見ていたマイレィが、突然、大声をあげて泣き出しはじめたのだ。
「ワ―――ン!... パパとママとアマンダおばちゃまが あびゅない!あびゅない!」
ハウェンは、前の世界で魔術師の中に予知能力がいたことを思い出し、すぐに座席の上にのぼって馬車の屋根の開閉部分を開け、屋根の上に出てた。
「ルークさまっ。敵です――っ!」
大声で叫んで知らせると同時に、どこから来るかわからない敵の攻撃に備えてバリアーを張ったのだ。
そして間一髪でルークたちは命拾いをしたのだ。
ダイダロス宮は白い大理石で造られた荘厳な大宮殿だった。
そして、その凝った造りの壮大な正面玄関の前には―
ドリアンスロゥプ皇帝が、直々、迎えに来てくれていた!?
どこの国であれ、国家元首が玄関にまで迎えに来ることはない。
ルークも、アマンダとプリシルも、馬車の中にいたリリスやハウェン、アンジェリーヌたちも目を丸くしていた。
ドリアンスロゥプ皇帝は、3メートル半ほどの大きさの巨大な牛族だった。
宝石を散りばめた黄金の王冠をかぶり、耳の上からは長く太い角が二本でている。
そして豪華な金銀の装飾がある緑色の服と裏地が金色のマントをはおっている。
その後ろには、ずらーっと煌びやかに着飾った若い獣人女性たちが40人ほど並んでいた!!
おそらく皇帝の寵妃だろう。ほかの貴族たちは、その横や後ろに並んで出迎えていた。
「おう、ドリアンスロゥプのヤツ、私が刺客に襲われたと聞いて青くなって出て来たか!」
モモコ大王は、何と皇帝を呼び捨てにしている。玄関の前に止まると、モモコ大王はさっと身軽にギバオーから飛び降りた。
ダダダダ――!
一気に階段を駆けあがると、ピョーンと皇帝に向かって飛んだ。
ドリアンスロゥプ皇帝は、それを両手で抱きとめると、大王の頬に巨大な頬をスリスリした?
「モゴ...モゴ... モモコ ダイジョウブ ダッタカ?」
「オマエなぁ、私が来るんだから、もうちょっと警備をしっかりしろよ?」
「モゴ... スマン。責任トラセテ 警備隊長ノ首ヲ 斬ル モゴ!」
「そんなこと言っているんじゃないよ!しっかりと、諜報活動をやれって言っているんだよ!」
「ベンケー・シュテン大王殿、それは私の落ち度です」
大王の横にいた豹族の貴族がすまなそうに言った。
「おう、ジャバリューか。オマエも一人では全て見きれんだろう? ルークみたいに、もっと優秀なヤツを揃えないとな!」
この大人しそうな豹族の貴族が、西ディアローム帝国を立ち直らせたジャバリュー大統領だろう。
「ごもっともです、ベンケー・シュテン大王殿」
ルークたちがヴァナグリーから降り、馬車からもリリスたちが降りる。
「お初にお目にかかります。勇者王ルーク・シルバーロードです」
「モゴ モゴ ワシ ドリアンスロゥプ。 ルーク!ワレラノ救世主カ! モゴ ヨク来テクレタ!」
「ジャバリュー・キャルニボルです。勇者王殿ならびに王妃さまたち、ようこそ、いらっしゃいました」
アマンダたちも、それぞれ紹介する。
パパパ パパパパ~ パパパ パパパパ~♪
《ドリアンスロゥプ皇帝が 仲間に加わりました!》
《ジャバリュー・キャルニボル大統領が 仲間に加わりました!》
という声がどこからか響いたが、今回も無視する。
「さあ、どうぞ、中へお入りください」
ジャバリュー大統領に先導されて、広く豪華な宮殿の中を歩く。
モモコはずーっとドリアンスロゥプ皇帝に抱えられたままだ。牛族の年齢は判断しにくいが、しっかりした足取りと、ゾロゾロと歩いている寵妃たちを見ると、まだ若いのだろう。
「皇帝とシュテン大王は仲がいいのですね」
横を歩くボンガゥル侯爵にルークが話しかける。
「いや、仲がいいというか... ずっと前から皇帝陛下はベンケー・シュテン大王殿を妃に迎えたがっていたのですよ」
「えええ?!」
「ところが... ほれ、何と言うか、その... 種族の大きさに差がありすぎるでしょう?」
「それで、ベンケー・シュテン大王殿が“皇帝はよくても、私が適合できない!”と断り続けていましてね...」
“ふうむ。まあ、当然だろうな。人間でさえも離婚の原因のナンバーワンは、『〇〇の不一致』と言われるくらいだからな...”
などとルークは考えながらも、皇帝に抱かれてキャッキャ笑い声をあげているモモコを見た。
寵妃たちの中には小柄な獣人もいるから、適合性はそれほど問題はないのだろう。
モモコ大王がドリアンスロゥプ皇帝と結婚すれば、ラーシャアグロス王国は西ディアローム帝国をも併合できることになるので、そのメリットは計り知れない。
推察するに、モモコ大王はドリアンスロゥプ皇帝とは結婚したくなかっただけなのだろう、とルークは結論した。
ルークたちはエントランスホールを抜け、立派な彫刻がずらりと両側に並ぶ大きな通路を通って、大きな部屋に入った。ここが謁見の間だろう。
部屋は天井から床まで白い大理石で作られ、壁や天井には青い宝石や金で装飾が施されており、その美しさは息を飲むほどだ。
皇帝はドスドスと歩いて一番奥の一段高いところにある、これも白い大理石作りの玉座に座り、モモコ大王をひざに乗せる。寵妃たちは、その横に侍る。
玉座の前にすぐにテーブルが置かれ、獣人メイドたちが次々とご馳走や酒などを持って来たが... 皇帝はモゴ!とうるさがって手を横にふるとすぐに全部下げられた。
「それでさぁ、ドリアン...」
「モゴ? ナンダ モモコ?」
「わたし、そこにいるルークをダンナさんにすることを決めたんだよ!」
「......モ ゴ... 先月、新聞ニ 載ッテ イタ。モゴ... ジャバリュー ノ 諜報員モ レンラク シテ来タ」
「え?先月にもう知っていたのか? それになんだァ、ゾロアンスロゥプの送り込んだ刺客のこともわからない諜報員が、なんで、私が結婚するって知っているんだア? それ、おかしいだろっ、ゼリアン!」
モモコ大王がひざの上でふざけるのを止めて、皇帝を睨む。
たしかに、これは誰が聴いてもこれはおかしい。
なぜ、大事な同盟国であるラーシャアグロス王国の大王の動きを探る必要があるのだ?
ルークが前世で生きていた世界では、超大国が同盟国でもスパイ活動をしていたりしたが、ここはテルースなのだ。
「いや... 申し訳ない。その情報源は儂です」
ボンガゥル侯爵が諜報員であることを白状した。
「ボンガゥルが?」
「いえ、決して諜報行為などではありません。ただ、皇帝にはお耳に入れておいた方が、知った時の衝撃が少なくなると思って報告したのです...」
「それを聞いて安心した。私とドリアンの仲で、諜報員を送り込んだりしたら、西ディアローム帝国と戦争をおっぱじめるかなら?!」
冗談とも本気ともとれる言葉をモモコは口にしたが...
その目はちっとも笑ってなかった。
さすがにテルースの世界を東ディアローム帝国と二分する大国の皇帝も冷や汗を流していた。
ジャバリュー大統領も、ボンガゥル侯爵も、頭をうなだれてしまった。
それに気づいたモモコ大王は、話題をすぐに変えた。
モモコ大王は強いだけでなく賢いのだ。そうでなくては、わずか24歳という若さでラーシャアグロス王国を治めることはできない。
「でも、ドリアンは私が結婚するって知っていたという割には、すごく元気そうじゃないか?」
「十日前にベンケー・シュテン大王殿が公式ご訪問するとの連絡を受けてから、お元気になりました。
それまで1か月間、ほとんど何も食べなかったのですよ!」
ジャバリュー大統領の言葉に唖然としたのはモモコだけではなかった。
「キャーッハッハッハ!ドリアン、巨大な図体の見かけによらず気が小さいんだな!」
モモコはひざの上で笑い転げている。
「モゴ... モモコ... 気変ワリシタラ イツデモ オレノ ヨメニナッテクレ モゴ!」
皇帝は愛おしそうに、またモモコの頬にスリスリをしている。
ドリアンスロゥプ皇帝は、本当にモモコ大王にゾッコンのようだ。




