#2‐23 ガジーマで結婚式③
目の前におどろおどろしい血の色の温泉が湯気の中に見えた。
これが血の池地獄温泉だろう。近づいてよくみると、たしかに血ではない。赤っぽい湯のようだ。
足先を入れてみると熱い。40度を超えているだろう。
アイフィはルークの腕に裸で抱かれながら、先ほど聞いた言葉を頭の中で考えていた。
“これからわたくしを調教するって言ったけど... どんなことをされるのかしら?まさか、この血のような温泉に投げ入れ…”
そう思った時、ルークが突然横向きになったかと思うと、ブン!と遠心力を利用して…
「キャあああああ――――っ!」
しかし、投げる寸前でルークは止めた。
力強くルークにしがみついてしまったので、胸がしっかりとルークの胸にくっついてしまった。
慌てて少し体を話すアイフィ。
だが... ルークタラス城の“奥”で寝室でいっしょに寝た時には、それ以上に肌を密着させているので、何を今さら...なのだが。
ルークの顔を見ると、ニヤニヤしてアイフィを見ている。
アイフィは投げ出されると思って悲鳴を上げ、しっかりと密着してしまったので、湯気で上気して少し赤くなっていた顔が真っ赤に― いや、体全体がピーマンのように真っ赤になってしまった!
「ほぅ... テフ神教官さまの超能力は体全体を真っ赤にすることか!」
「そ、そんなことはありませんっ!...... って、チョー能力って何ですの?」
「体を真っ赤にすることができる能力だよ」
“しまった!テルースの世界の者は超能力なんて言葉を知らないんだ!”とすぐに気づいたルークはうまくごまかした。
「こ、これはそんなチョー能力ではありません。わたくしは色が白いから、恥ずかしくなると赤くなるのです!」
そんなバカな話をしながら、湯の色が気味悪いので血の池地獄には入らないことにして、ぐるっと血の池地獄温泉を回っていくと、黄色い湯のある温泉があった。川のような形でずーっと続いている。その黄色い湯の表面にはぽこんと何やらグレーの色のモノがいくつか飛び出ている。温泉の中にある岩だろうか、とルークもアイフィも思ったとき、そのグレーの色のモノはすーっと近寄って来た。
よく見ると、そのグレーのモノには目が二つあり、目の先に鼻らしきモノがある。
「キャ―――っ!こ、これはエンマ大公の言っていた、噛まないとか言いう鰐がいる鬼鰐池地獄ですっよっ!」
ビックリしたアイフィが、またルークにベッタリと接着し、ルークをよろこばせた。
「いくら噛まれないとわかっても、鰐になめられまくるのは気色が悪いな...」
ルークも鬼鰐池地獄には興味がないので、さらに奥に進む。
鰐のいる鬼鰐池温泉にかかる橋を渡って、小さな岩山を回って出ると、そこには薄緑色の透明な湯をたたえ静かに湯気を上らせている温泉があった。
これもかなり広い。中に5、6メートルほどの高さの岩山があちこちにあり、そこから湯が流れ落ちている。なんとも情緒ある湯だ。これが三日月地獄という温泉だろう。
湯気でよく見えないが湾曲しているようなので三日月地獄温泉と読んでいるのだろう。
「ルークさま、ここ入ってみたいです!」
「そうか。じゃあ入ろうか」
「あの... 降ろしてくだされば、一人で入れます」
「いや、ここには鰐はいないかも知れないが、河馬がいるかも知れないぞ?」
「カバ?なんですか、それ?」
「鰐より恐ろしいと言われるバケモノだ」
「キャっ!絶対に降ろさないでくださいっ、ルークさま!」
もちろん、テルースの世界に河馬などいないことは知っているが、またもや密着されて、鼻の下を長くするルークだった。
壁際に温泉水が3メートルほどの高さから細い滝のように流れ落ちているところがあるので、そこへ行ってざっと浴びる。もちろんアイフィを抱えたままだ。
「あっぷ!あっぷ!ルークさま、お湯で溺れそうです!」
顔に直にお湯がかかり、息がしにくくなってバタバタするアイフィ。
ルークは動き回るアイフィを落とさないようにしっかりとかかえながらも、楽しんでいた?!
滝の下から出て、ゆっくりと三日月温泉に入る。
アイフィを抱えたまま、お湯に浸かる。少し熱めのお湯が気持ちよく疲れが消えていく感じだ。
アイフィもルークに抱かれることに慣れたらしく、うれしそうな顔をしてお湯を楽しんでいる。
ルークも超久しぶりの温泉を楽しみながら、晩餐会でエンマ大公が話してくれたシュテン大王の先祖にまつわる、もはやレジェンドと言われる話を。
* * *
その昔―
遥かな昔の話だ。
世界は魔王によって征服されようとしていた。装備に優れ、訓練度の高い魔王の軍は強く、世界の多くの国が魔軍によって占領された。鬼人国も例外ではなく、王都ガジーマも魔軍に占領されていた。
しかし、ある日、異世界からやって来たという勇者の登場によって形勢は逆転した。
その機を逃すまいと、鬼人国大王の親衛隊も鬼人国における魔軍の司令部となっていた閻羅宮に突撃しようと攻勢をかけたが、ガジーマを守る魔軍は強く、親衛隊は多くの戦死者を出し、親衛隊長の重傷を負ってしまった。
誰もが、「もう終わりだ...」と悲観的になり、立派に鬼人国親衛隊として死のうと隊員たちが悲壮な覚悟を決めていた時に―
「キサマたちがここで戦わずして魔軍になぶり殺され、魔軍の兵士どもにトロフィー代わりにツノを切られてもいいというなら、ここで勝手にクタばるがいい!しかし、私は行くぞ。栄えある大王の親衛隊として、名門シュテン家の名誉にかけて、魔軍どもを蹴散らし、切り崩し、死骸の山を築いてやるのだ。大王の親衛隊ここにあり、と見せつけてやり、魔軍どもが恐怖のあまり脱糞しながら逃げ出すさまを大王さまにお見せするのだ!我こそは真の大王親衛隊と思う者、私につづけー!」
新米親衛隊員のソフィアは親衛隊にハッパをかけ、自ら鬼馬ジンバに乗り、先駆を切って疾風怒濤のごとく閻羅宮を目指して突進していった。そのあとをソフィアの4人の弟たちが続き、生き残っていた3百名の親衛隊も続いた。
「大王親衛隊の突撃だー!」
「じゃまするなー、大王親衛隊の突撃だー!」
ソフィア隊員は先頭を走り、立ちふさがろる魔軍兵士たちを7メートルもあるグレイブで片っ端からたたっ切り、鬼馬ジンバの足にかけ、突進し続けた。あとに続く弟たちもソフィアを守りながら魔兵を長槍や弓で倒しつつ姉を追った。ソフィアは魔軍弓兵から何本も矢を射かけられたが、プレートを貫いた矢をへし折り、まさしく鬼人の戦いを続けた。
弟たちもほかの親衛隊隊員たちも何本も矢を受けつつも誰も落後せずに突進した。
もちろん、親衛隊員も無傷ではない、致命傷を受けて落馬するもの、片腕、片足を失くすものなど数が知れなかった。
《鬼人国親衛隊司令部に迫る!》との急報を受けた閻羅宮の魔軍司令部では、てんやわんやの大騒ぎとなった。閻羅宮を守るべき魔軍兵士たちは、鬼人軍の精強親衛隊、それも命知らずの鬼どもが司令部に迫っていると聞いて浮足立っていた。
そんな状態であったので、防御もクソもない。百騎を超すの鬼人族親衛隊が蹄の音を響かせ、土埃をあげて迫って来るのが遠くに見えたとき、魔軍兵士たちは門を開いて一目散に逃げ出した。
かくして、ソフィアの率いる親衛隊は何の抵抗も受けずに門を突破し閻羅宮に突入して、残っていた魔軍たちをかたっぱしから倒して司令部を占領した。
魔軍の司令官は、突撃隊、司令部内に侵入の報を聞くと、裏門から側近たちと逃げ出した。
唯一、ソフィアの前に立ちはだかった魔族がいた。
司令部の警備隊長だった。身長2メートル以上もある魔族は、分厚いプレートアーマーを装備し、片手にこれも分厚い盾と柄の長さが2メートルもあるモーニングスターを武器としていた。
モーニングスターの先端にはソフィアの頭の数倍はある鉄トゲの付いた鉄球が付いている。
「きさまが親衛隊のボスか?」
と赤い目を向けて凄みのある声で聞く警備隊長。
「わたしがボス? フフン。ボスは私の100倍は強いわよ」
とまったく動じないソフィア。
「きさまと親衛隊はここで終わりだ。きさまのツノは小さいが、オレのコレクションに加えてやろう、ありがたく思え!」
「そう?じゃあ、わたしはお前のそのプレートアーマーと武器を記念にもらおう!」
「なまいきな!」
警備隊長がモーニングスターを後ろにふった。先端の鉄球はたぶんクサリがついていてモーニングスターを前にふるとクサリが伸びて数メートル先にいるソフィアの頭を砕くだろう。
しかし、ギロリとソフィアが眼光鋭く警備隊長を睨んだとたん、警備隊長は動けなくなってしまった。
「!?...」
なにが起こったかわからずに狼狽する警備隊長。
「さっきの威勢のよさはどこ行った? 魔族よ!」
警備隊長の顔に汗がふきだす。
体が動かないということは、絶体絶命であるということなのだ。
「そちらが攻撃して来ようが来るまいが、わたしは一向にかまわないぞ?」
「グッ!」
「キェ―――!」
ソフィアは気合とともに警備隊長をプレートアーマーごとグレイブで貫いた。
ソフィアは警備隊長を突き刺したまま、その怪力で上に持ち上げた。
体重200キロを超える魔族を高くあげたあと、ブンと音をさせてブレイブをふった。
警備隊長の巨体は30メートルほどすっ飛んで床にたたきつけられた。
もちろん、その前に絶命していたのだが。
ソフィアの弟たちは、姉が危なくなったらすぐに加勢しようと構えていたが、ものの5分もしないうちに姉が敵の警備隊長をいとも簡単に倒したことに驚いていた。それはほかの親衛隊も同じだった。
魔軍司令部までのカミカゼ特攻とも言える突撃で、親衛隊は百人ほどに減っていたが、魔軍の司令部を占領し、エンマ大王の閻羅宮を取りもどし、あまつさえ魔軍の警備隊長まで倒した親衛隊の意気は高く、親衛隊はそのまま市街にくり出した。
「魔軍の司令部は落としたぞ―――!」
大声で叫びながら、まだ抵抗を続けていた魔軍部隊にかたっぱしから突撃して、その迫力と攻撃力で進むところ敵なしという勢いで魔軍部隊を次々に壊滅させていった。そして、このソフィアの率いる親衛隊の攻撃に恐れをなした魔軍は総崩れとなり、数日とせずに首都ガジーマは鬼人族の手にもどったのだ。




