#06 王さまの別邸をいただきました
ルークは妻と子どもを連れて、バーボン王の別邸に向かっていた。
ルークとアマンダとプリシルは馬に乗り、あとは馬車の中だ。
アルビオンたち近衛騎兵20騎は馬車の前後を走っている。近衛兵というのは、よほどヒマなのだろう。いやいや、そうではなくて、アンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女が、ルークたちの旅について来たのでその護衛をしているのだ。
「して、ルーク殿たちは、これからどこへ向かわれるつもりかな?」
昨夜、晩餐会のおりに、バーボン王から訊かれ―
そりゃ、訊くよね? 異世界からやって来たという少し胡散臭そうな男と美人妻たち四人と子ども二人連れが、これからどこへ行くのかを。
「そうですね... 正直言って、私も妻たちも、この世界のことは何一つわからないので、可能であれば二、三ヶ月ほどどこかに留まって、少しこの世界の事を勉強してからどうするか決めたいと思っています」
「ふむ... それが妥当であろうな...」
そう言って、バーボン王は少し考えていたが、にわかに宰相の方を向いて訊いた。
「クレール、あのホルモールの屋敷はどうなっておるかな?」
「はぁ... あの別邸へ行く街道は、ヴァン湿原を棲家とするドワーヴァリどもが跋扈しておりまして... 別邸は管理人のウルバンが見ているはずですが...」
「連絡のとりようもないということか?」
「はい。果たしてウルバンたちもまだ生きているのかどうかも...」
「ふむ......」
そして、バーボン王はルークを見て口を開けた。
「どうかね? アドリーヌとアンジェリーヌに聞いたところでは、こちらのアマンダとやらは、信じられないような剣の使い手というではないか? それに、そこで赤子に乳をやっているプリシルも弓の名人と聞いた...」
そう言いながら、バーボン王は、豊かな白いおっぱいを出して授乳しているプリシルを見た。
なんだか、今にも口からヨダレが流れ出そうな顔だ。
「あなた!」
バルバラ王妃から促される。
「むっ。でだな、今、クレールから聞いた通り ホルモールの別邸は、あの忌々しいドワーヴァリどもにすでに乗っ取られておるかも知れんが、ルーク殿がとりもどせたら、あのあたり一帯の土地と湿地もつけて、別邸といっしょにルーク殿にくれてやるのだが?」
* * *
そんな経緯があり、ミタン城でいつまでも居候していてもしかたがないので、宰相にお願いして人数分の馬と馬車、それに旅に必要な食料、水、その他必需品を用意してもらって、朝早くにミタン城を出発したのだった。
「十日もあれば着けますよ」という執事の楽天的な言葉に安心して、前日の夜はもう妻たちとイチャイチャすることもなく- 昼過ぎに十分していたこともあり- アルビオンに誘われて城下町にある用事をしに行って帰って来たあとは早々に休んだのだった。
そして翌朝―
陽が上る前に馬留めに行ってみると...
なんと、アンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女、それにアルビオンたち近衛騎兵20騎が待っていた?
「おはようございます。ルークさま、奥さま方!」
「おはようございます。ルークさま! 今日はよい旅日和になりそうですね!」
二人の王女は、朝日も当たってないのに、頬を染めて元気よくあいさつをした。
「ルーク殿、奥さま方、おはようございます。今回の旅の道案内は、見目麗しきアンジェリーヌ王女殿下とジョスリーヌ王女殿下です!」
茶髪のイケメンエルフ近衛隊体長が馬上から元気よく告げた!
昨夜、アルビオンに聞いたところ、城からヴァン湿原までの距離はおよそ700キロくらいだと検討をつけた。ホルモールの別邸に行くには、ミタンの町を出て北西へ向かう街道を十日ほど旅をしなければならない。バーボン王の別邸は、その先に広がるヴァン湿原の真っ只中を横断する街道を40キロほど行った先にあるらしい。
ドワーヴァリというのはコボルトの亜種で、大きさは1.5メートルほどだそうだが、水陸の両方で生きることができるらしく、水中を素早く泳げるそうだ。
そのドワーヴァリはヴァナグリーと呼ばれる体長6メートルもある恐ろしいバケモノを猟犬のように使って攻撃をするという。
アルビオンの話では、ヴァン湿原には数千から数万のドワーヴァリが住んでいて、ヴァナグリーも同数かそれ以上いるでしょう、ということだった。
「ヴァナグリーってヤツは、水の中も陸上でもすばしこく動くバケモノで、鋭いキバとツメを持ち、体は硬い鱗板で覆われていて、矢でさえも跳ね返すほどなので始末に負えないバケモノなのです」
ルークはアルビオンが言った言葉を思い浮かべていた。
“水陸を自由に動き回り、鋭いキバとツメをもつって、まるでワニじゃないか?”とルークは考えたが、実際に目で見ないことにはどんなバケモノかわからない。
キャラバンは、2台の馬車とルークたちとアルビオンたち近衛騎兵隊からなり、一台の馬車は大型の天蓋付きの馬車で、これにはアンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女、侍女四人、リリスとハウェン、ルファエルとマイレィが乗り、もう一台は荷馬車で、これには食料、水、調理器具などのほかに、折り畳みテーブル、折り畳み椅子、大きな日よけ傘、野宿用テントなど長旅に必要なモノが積まれていた。
ホルモールの別邸までのルートには、かなりの町や村があり、これらは宿場のような役割をもっていて、町や村の距離は20キロ~40キロなので、一日の終わりまでにこれらの宿場に到着できるようにすればいい。
町村では、“王女一行”ということで、町長や村長の家にただで宿泊させてもらうことになるが、これもこの世界では当然の慣習だ。
旅は順調に行き、旅程はあと三日だけを残すことになった。
宿泊することのできる最後の村が遠くに見える。日はまだ高いが、早めに休むことにした。
これから先は三日間、テントを張っての野宿となるのだ。尖塔が見える礼拝堂の鐘が鳴っているのが聴こえた。
しかし― 村に近づくにつれて、異常だとみんな感じはじめていた。
村にはいって見ると、その考えはさらに強まった。村の家々の窓や戸はすべて閉まっており、人ひとり見えないのだ。赤ん坊の泣き声がどこかから聞こえ、犬がルークたちを見てうるさく吼えながら後ずさりしている。
そして― 赤ん坊の泣き声が止まった。
村に人がいるのは確かだが、誰も出てこない。
だが、どこかから“見られている”という感覚はある。
窓のすき間から、戸の鍵穴から、または壁の穴から― 痛いほどの視線を感じていた。
「誰か村の者はおらんのか――っ! ミタン王女さまのご一行だ――!」
アルビオンが大きな声で叫んだ。
ガタっ
近くの家の戸が少し開き、中から村人らしい男の顔が見えた。
その手には明らかに錆びついているとわかる剣が握られていた。
「王女さま?」
「そこの男。我々はミタン国王女の一行だ。表に出て来てくれんか?」
その村人がしゃべったのを聞いたアルビオンが、男に外に出るように言うが、男は動こうとしない。相変わらず少し開けた戸からこちらの様子を見ているだけだ。
「ああ、もうじれったいわね!私はミタン国のアンジェリーヌ王女よ!」
馬車の中から見ていたアンジェリーヌ王女が、馬車から降りて大きな声で言った。
「アンジェリーヌ王女さま、馬車におもどりください!」
アルビオンが慌てるが、アンジェリーヌ王女はもどろうとせずに、村人が覗いている家の方を見ている。
「王女さま?」
「あんた、王女さまだって!早く出なさいよ!」
男が反応し、その後ろで男の妻らしい女の声が聴こえた。
男はドアを開け、外に出て来た。
「何があったのか知らんが、すぐに村長を呼んでくれないか? ミタン王女さまご一行だと伝えてくれ!」
男はまるでゼンマイが巻かれたように、村の中でもっとも立派な作りの大きな家へ向かって走って行った。
そして、それがきっかけだったかのように、村の家々の窓が、戸が開けられ、好奇心満々の村人や子どもたちが顔を覗かせはじめたのだった。
「誠に申し訳ございません。たいへん、失礼を致しました。なにとぞご容赦ください」
頭の頂上の禿げた村長が深々と頭を下げる。すぐ後ろにいる村長のおカミさんも両手をついて頭を下げ、周りにいる村民の代表らしい男たちも頭を下げた。
「山賊の襲撃でもあったのですか?」
「え? どうして、それをご存じなのですか?」
ルークの言葉に目を見開く村長。
「私たちが近づいた時、鐘が鳴りましたけど、あれは時刻的に中途半端な時間だった。それに村人たちは、何かを恐れているように窓や戸をすべて閉め切っていた。そちらの人はふだん使われてないということがひと目でわかる錆びた剣を持っていた― 山賊か強盗でも出たと考えるのがふつうでしょう」
「お見逸れしました。実は、この村はガバロスどもの被害にあっているのです......」