#38 魔法デュエル①
ダルドフェル伯爵とナエリンダン侯爵のずっと後ろにいて交渉の様子を見ていたルークたちとセルボニ男爵とロンズ士爵に率いられた騎士団。
突然、ブレストピア軍の防御柵の内側から、いくつもの大きな火球が打ち出され、自分たちの方に向かって飛んで来るのが見えた。
「くっ、エルフの魔術師だ!」
「引け――っ、引け―――っ!」
セルボニ男爵とロンズ士爵が、馬の手綱を引いて踵を返してもどろうとするが、ほかの騎士たちもいるし、ガバロス騎士団も後ろにいるので簡単に後戻りできない。
「ジョスリーヌっ!」
ルークはゾフィの上にといっしょに乗っていたジョスリーヌ王女を呼ぶ。
「はい!」
「水魔法だっ!」
「は、はい!」
巨大な火球は5、6個ずつ次々と打ち出されている。
ジョスリーヌ王女は素早くゾフィから降りた。ドレスでは戦いで動きにくいので、アマンダやプリシルのように、ジャケットに足にぴったりしたサテンのパンツに革製のロング編み上げといういでたちだ。
ジョスリーヌは両手をこちらに向かって来る火球に向けた。
「アクアバルズ!」
ジョスリーヌの手先から、次々と雫が飛び出して行き、見る見るうちに巨大な水球になって、こちらに向かって来る火球と衝突して凄まじい水蒸気を発生し、消滅していく。
「ジョスリーヌ、敵の陣地を水浸しに!」
「はい!」
ジョスリーヌの打ち出すアクアバルズ!の数が陣地内から打ち出される火球の数を上回り、5メートルほどの巨大な水球が次々と陣地内に落下し、陣地が大騒ぎになるのがルークたちにも聴こえて来る。
「フィフィ、攻撃開始だ!」
「はい。ルークさま」
フィフィ姫が乗っていたブレータに命令を伝えると、ヴァナグリーたちのアルファメスであるブレータが大きな声で仲間たちに伝える。
グルルルル―――――ッ!
そして、山から2千騎、沼地から2千騎のガバロス騎士団がブレストピア軍に向かって猛然と襲いかかった。
「ジョスリーヌ、敵の門をアクアバルズ!で壊せるか?」
「はい!」
ブワワワワワワ――――
グワッシャ――ン!
連続して10個ほどのアクアバルズ!が街道をふさいでいた柵に当たり、柵は吹き吹っ飛んでしまった。
「突撃――っ!」
「かかれ――っ!」
それを見たセルボニ男爵とロンズ士爵がランスを構えて走りはじめ、騎士たちも遅れじと後に続く。
ガバロス騎士団の千騎も怒涛のように走り出す。
ルークたちの後方5百メートルにまで前進していたデュドル公爵の軍も、それを見て全軍、ブレストピア軍の陣地目がけて走りはじめた。
陣地の中では、山から駆け下ったガバロス騎士団と、沼地から侵入したガバロス騎士団とブレストピア軍の兵たちの間で激しい戦闘が行われていた。
しかし、ガバロス騎士団は圧倒的に強く、ブレストピア軍の兵士たちは次々と倒され、後退していく。
そこにセルボニ男爵とロンズ士爵たち50騎の騎士たちとガバロス騎士団が街道から壊された門を通って突入した。門の内側で待ち構えていたブレストピア軍の騎士たちと、たちまち激しい戦いが始まったが、男爵と子爵たち騎士は強く、ブレストピア軍の騎士たちも押されがちだ。
そこに後続のガバロス騎士団が殺到すると、形勢はまたたく間にブレストピア軍が不利になった。
ブレストピア軍の騎士たちが、次々とランスで突き落とされたり、ヴァナグリーに飛びかかられて落馬したりしている。
山側も沼地側も、ガバロス騎士団の攻撃を耐え切れずに、総崩れになりつつあった。
その時、陣地の左端にある櫓に白旗が揚がった。見るとスティルヴィッシュ伯爵がランスに白い布をつけて掲げていた。
「ブレストピア軍は武器を捨てろ――っ!もう十分に戦ったであろ――う!」
デュドル公爵の騎士やガバロス騎士たちと刃を交えていたブレストピア軍の騎士や兵たちは、スティルヴィッシュ伯爵の大声を聞くと戦うのをやめ、剣や槍を地面に落とした。
「ラーシャアグロス軍も戦いをやめろ―――っ!」
デュドル公爵の命を聞いたエンギン辺境伯が大声をあげると、デュドル公爵の騎士や兵たちも戦うのをやめた。
双方の指揮官の命令が伝わり終わり、陣地内は静かになった。
ようやく激しかった戦いが終わったのだ。もう、昼過ぎになっていた。
“ふう... 早朝から始まった長い戦いも、ようやく終わったか…”
ルークがそう思ったとき、女性の大声が聴こえた。
「スティルヴィッシュ伯爵さまのブレストピア軍は降参したか知りませんけど、わたしは降参していませんからね!」
「もうやめなさい、ミカエラ!」
「やめません。わたしは負けていないんですから!」
青いフード付きローブをまとった魔術師が一人、ルークたちのところに歩み寄って来た。
後ろには同じようにローブを着た5、6人の魔術師たちがいる。
「わたしはミカエラ・アイウェンディル・モリオダ。ブレストピア王国の魔術師よ!ラーシャアグロス国の魔術師よ、出て来なさい。どちらが強いか魔法で勝負よ!」
全身ずぶぬれでローブからは水が滴っているいる。
フードを払った下から現れたのは、エルフにしてはめずらしい黒い髪と黒い瞳の美少女だった。
それに耳もそれほど長くはない。年の頃は若い。たぶん二十歳もないだろう。
「上等ですわ。私はジョスリーヌ・レリア・バーボン。ミタン王国の第二王女で、ルークさまのフィアンセよ!」
負けず嫌いのジョスリーヌも前に出て名乗る。
「バーボン王国の王女... って、ナニ、その恰好?それにルークさまのフィアンセ?」
さすがのブレストピア国の魔術師も気勢をそがれた感じだ。
女性はドレスが常識のこの時代。
貴族や王族の夫人たちや娘たちは、クリノリンのはいった、床を引きずるような長さのふわーっと裾が広がったドレスを着るのが“常識”であり“レディーの身だしなみ”なのに、ジョスリーヌという王女は、なんと男みたいな恰好をしているではないか?
“自分よりも若い歳に見えるのに、フィアンセって、何よ?ルークさまって誰よ?”
ミカエラは思わずムカっと来た。
“先ほどの戦いでも、魔力を供給する役目のアルウェンたちが十分な魔力を補充してくれなかったから、あの忌々しい水魔法に負けたのよ。決して、わたしの魔術能力がこの男装魔術師より劣っているからじゃないわ!”
そう思うとさらに闘志が湧いて来た。
アルウェンたちには、先ほど、「わたしに魔力を補充してちょうだい。ラーシャアグロス国の魔術師をやっつけてやるから」と言っていたので、後ろにいるアルウェンたちは黙って必死に魔力を補充しており、ミカエラも自分の中にどんどん魔力が貯まりつつあるのを感じている。
「あなた、魔力量が少ないようだけど大丈夫?相手が魔力切れで勝つなんて、私にとっては少しでも名誉なことではないから、決着をつけるのはもっと後でもいいのよ?」
優位感満々のジョスリーヌの言葉にカッと頭に血が上った。
「う、うるさいわね!ま、魔力はもう充分に補充したわ。さあ、陣地の外に出て勝負よっ!」
「受けないわけにはいかないわね!」




