#33 オルトン城
とんだ食後の運動になったが、ギバオーとブレータたちの活躍のおかげもあって、誰一人怪我をすることもなくオークたちを退けることができた。
フィフィ姫によると、ギバオーとブレータが湖で遊んでいたのは、湖の中を警戒していたのだそうだ。そして馬車を引いて来たヴァナグリーたちはブレータの命令で、何も食べずに森の中であたり一帯を見張っていたのだそうだ。四匹の名前はゾビンとゾフィとロレーゾとギラで二組のカップルだそうだ。
「ブレータはでスね、ルークさま、湖の中でも遊んでいたんじゃないのでス。水の中を警戒していたのでス。そしてゾビンたちに、今日のメシは襲って来る魔物だよ!って命令していたのでス」
“こいつら、本能的にハンターだな”
とルークは思ったが、もし、オークが襲って来なかったら、ゾビンたちは今日はメシ抜きだったってことか...と考えて、フィフィ姫から頭をなでられて目を細めているブレータを見て唖然となった。
ゾビンたちは、オークの肉を楽しんでいるのか、その夜はとうとうルークたちの前には姿を見せなかった。
「いやあ... 俺の出番はなかったですね!」
と頭を掻くアキリオンに見張りをたのんで、その夜はテントで休んだ。
翌朝、ルークたちが朝食をとっていると森の中からゾビンたちがゲップをしながら現れた。
たぶん、彼らもオークの朝食をしたのだろう。フィフィ姫が立って、彼らに近づき頭をなでてやっている。
ルファエルとマイレィたちも怖いもの知らずで、いっしょになって頭をなでていた!
オルトン城に近づくにしたがって、あたりは見渡す限りトリゴ麦とアベナ麦の青々とした緑の絨毯が広がっていた。これだけの耕作地があるということは、それだけデュドル公爵領は豊かだという証拠だ。
午前10時ころにオルトン城の城下町に着いた。
城塞越しに見えるオルトン城は、ルークが想像したよりもずっと大きい。
城門をはいる前に検問所の鬼人警備兵に身分証明書の提示を求められたが、ミタン王発行の通行証を見せると問題なく通したが― あきらかにヴァナグリーたちにビビっていた!
オルトン城は町の中心にある山に築かれてあり、周囲は険しい絶壁だ。
敵が攻めて来ても、これでは簡単に攻略できない。アキリオンも、オルトン城はラーシャアグロス国の南部を守る牙城と呼ばれており、いかなる猛攻にも耐えて来た難攻不落の城だと教えてくれたが、まさしくその通りだ。
ミタン市とは比較にならないほど賑やかな市街地― 鬼人国なので、当然ツノのある鬼人が圧倒的に多い―を過ぎ、城の入り口へ向かう。
入口には深い堀があり、つり橋がかかっている。当然、今は平時なのでつり橋は下りている。
渡り切ったところに正門があり、ここでもヴァナグリーにビクビクした鬼人警備兵に通行証を見せ、ミタン王国のジョスリーヌ王女と一行であることを告げ、デュドル公爵への面会を求めた。
警備兵の指揮官が、一人の警備兵を城主に知らせるために行かせた。
ものの10分と経たないうちに、かなり位のあるらしい鬼人がカブリオレに乗って従者をともなってやって来た。
「ミタン王の王女さまご一行ですか?私はヤンドと申します。さあ、どうぞ、私について来て下さい。デュドル公爵はあいにく不在ですが、城代のギャストン卿がおります」
ヤンドのカブリオレのあとをついて、城の入口まで行き、車回しで降りる。
ヤンドはつかつかと城の中を前を歩いて先導し、ある部屋のドアの前で止まり、ドアをノックした。
「ギャストン伯爵殿、ミタン国王女さまご一行が見えられました」
「おう!入ってもらってくれ!」
中から太い声がした。
その部屋は謁見の間ではなかったが、それに準ずる立派な広い応接室だった。
謁見の間は、当然、王か城主しか使わないのだ。城主であるデュドル公爵が不在なら、謁見の間を使う理由はない。
おたがいに初見なので、それぞれ自己紹介する。
ギャストン伯爵は、2メートル近くある大男で、額から鬼人の特徴であるツノ― 40センチはあるだろう立派なツノだ― を生やしており、パーマがかかったような茶色の髪をしていた。
歳は50歳ほどか。かなり大らかな性格の鬼人のようだ。
「ヤンドからお聞きになったと思うが、あいにく、デュドル公爵さまは40日ほど前に出陣なされてな...」
「出陣ですか?」
「うむ。ブレストピアの阿呆どもが、ちょっかいをかけて来たので、少し痛い目に会わせてやらんといかんとおっしゃってな!」
「はあ... というと、ラーシャアグロス国の北西部の国境あたりですね?」
「うむ。どうやらブレストピア軍は、わがラーシャアグロス国を二分するつもりのようだ。ミタン王国のブンドリ半島あたりも気をつけた方がいいぞ?」
ミタン国の名前が出たのでジョスリーヌがおどろく。
「えっ? ブレストピア軍はミタン国にも攻め入るのでしょうか?」
「わが国の南部を攻略するには、それが一番手っ取り早いであろう? どうせミタン国は北部にはロクな兵力を置いておらんだろう? ベンケー・シュテン王さまからの手紙によれば、ブレストピア軍は南はブレストピア王国軍とマビンハミアン帝国軍との共同作戦でブンドリ半島からの侵攻、北は東ディアローム帝国軍とブレストピア国軍の共同で攻め入る作戦を企てているとブレストピア国に潜りこませている間諜より緊急連絡があったそうだ!」
「南から侵攻するブレストピア軍とダエユーネフ共和国軍とマビンハミアン軍の兵力はわかっているのですか?」
「おそらく10万はくだるまい。北は東ディアローム帝国軍とブレストピア王国軍の連合軍10万らしいからな...」
そう言うと、ギャストン伯爵はルークたちをジロリと見た。
「ジョスリーヌ王女とルーク殿が、何を目的にラーシャアグロス国へ参ったか知らんが、旅行気分でいる間におぬしらの別邸も農園もブレストピア軍に焼き尽くされるか、占領されてしまうぞ?!ミタン国王には、すでにベンケー・シュテン王が、そのことをしたためた親書を送っておる。今頃、エルブルック伯爵殿は戦いの準備で大わらわであろう」
「......... デュドル公爵さまは、何万の兵力で北へ向かわれたのですか?」
「ん?それを聞いてどうする? デュドル公爵はラーシャアグロス国を守るために出陣したのであって、ルーク殿の農園を守るために出陣したのではないぞ?」
「それは、わかっております。しかし、もし、私たちがデュドル公爵さまの戦いに助力し、見事勝利すれば、その代わりにミタン国北部に侵攻するブレストピア連合軍を追い払ってもらえませんか?」
「ガ―――ッハッハッハ!何を言い出すかと思ったら、そんな幼稚なことを考えておったのか?」
「お言葉ですが、ギャストン伯爵さまは、ヴァナグリーをまだご覧になっておりませんね?」
「なに、ヴァナグリー? なんだ、そのおかしな名前の者は?」
「車回しにおりますが、馬車を引いて来たバケモノでございます、ギャストン卿!」
それまでだまって話を聞いていたヤンド子爵が口を開いた。
「バケモノ?」
「そうでス。ヴァン大湿原に住む、ワタシたちヴァナグリー族の仲間。どんな魔物にも負けないでス!」
「ソフィエッタ姫は... ドワーヴァリ族か。道理で髪の色が違うと思った!しかし、 ヴァン大湿原に住むバケモノなど聞いたことがない。それと、ブレストピア王国軍の侵攻作戦と何の関係が...」
「そのヴァナグリーをブレストピア王国軍との戦いに使おうと思っているのです」
「な、なにィ? バケモノを戦いに使う?!」
20分後―
車回しで6匹のヴァナグリーを見たギャストン伯爵は、危うく腰を抜かすところだった。
そばにいたヤンド子爵が支えなければ、無様に腰を抜かしていただろう。
「こ、こ、こ、これを戦いに...使うと言うのか?!」
「はい」
「し、しかし、このバケモノ」
「バケモノではありません。ドワーヴァリでス!」
「し、し、しかし... ド、ヴァナグリーは... たったの6匹ではないか?相手は10万もの軍勢がおるのだぞ?」
「ギャストン伯爵さま。失礼ですが、オルトン城には何万の兵がいるですか?」
アマンダが伯爵に訊く。
「ここにはあと3万控えておる」
「それでは、こうしたらどうでしょう?」
アマンダの提案に「なにィ?」とか「信じられん!」とか「そんなことは出来ん!」などと最初のうちは言っていたギャストン伯爵だったが―
次第に、「なにっ、そんなことが可能なのか?」、「ふむ、それで何日かかる計算だ?」、「信じられんような話だ!」とアマンダの作戦案に相づちを打つようになり、最後にはガッシリとルークとアマンダの手をにぎって言った。
「わかった!俺も名誉あるシュテン一族の鬼人戦士だ。もし、三日以内にそれが出来るのなら、デュドル公爵殿にルーク殿の提案を受け入れるように、俺からも進言しよう。そして、ミタン国北部のことは俺にまかせておけ!」