#24 デビュタント
ルークたちが別邸に着いてから半年が過ぎた。
別邸での生活は順調に行っていること、農園拡大計画も順調に進んでいることなどを、月に一度ほどの頻度でルークはミタン城のバーボン王とバルバラ王妃に報告していた。
バーボン王もバルバラ王妃も、ルークたちがヴァン大湿原の脅威であったヴァナグリーと友好な関係を築けたと報告したのに大へんおどろき、また農園の経営も上手にやっているどころか、予想もしない農園拡大計画を進めていると知って、おどろくと同時に、あらためてルークの才能を見直した。
「ねえ、あなた。アンジェリーヌとジョスリーヌ、もうそろそろルークさんと正式に婚約をさせた方がいいんじゃないの?」
「そうじゃのう。アンジェリーヌもジョスリーヌも、ルーク殿に一目惚れして彼から離れたくないと言うので、いっしょにホルモールの別邸に行かせたのじゃが、アンジェリーヌももうすぐ17歳になるし、ジョスリーヌも15歳になるから、ここらで正式に婚約をさせた方がいいかも知れんな?」
「では、ジョスリーヌの15歳のデビュタント・パーティーを兼ねて、盛大に婚約式を行いましょう!」
「盛大と言うても、今は戦争の真っ最中じゃから、あまり金は使えんぞ?」
「今さら何をおっしゃるの? 長女のアンナの時も、アンジェリーヌの時も盛大にやってあげたのに、末娘のジョスリーヌの時だけ慎ましくやるなんて、ミタン王国中の貴族だけどころか、近隣諸国の王侯貴族たちからも物笑いになりますし、ボードニアン王国に嫁いだアンナ・ジャスミーヌも、舅のオルガス王、姑のシラ・エレン王妃、それに夫のイシギル王子にも恥ずかしい思いをしますわ!」
バーバラ王妃に押し切られ、盛大なデビュタント・パーティーをやるハメになったバーボン王だった。
その経緯をバルバラ王が愚痴っぽくアンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女への手紙に書いて送った。
ミタン王国の窮状を知ったルークは、農園の利益の一部をバーボン王に“結納”のような形で送った。
まあ、結納などというしきたりは、前世の東洋の島国あたりで行われていた慣習だが、“納采の儀”として古くからあり、ヨーロッパでも王侯貴族間の婚姻においても“betrothal”(誓約)と呼んで男性側から女性側へ宝石類などの贈呈などが行われていたということをルークは本か何かで読んで知っていたのだ。
テルースの世界においては、結納などと言う慣習はないのでバーボン王もバルバラ王妃も、ルークからの“結納金”におどろいたが、同時にルークの好意にとてもよろこんだ。
ミタン城で行われることになったパーティーは、第二王女アンジェリーヌと第三王女ジョスリーヌの婚約発表と第三王女のデビュタント・パーティーなのだが、戦時であることもあり、また結婚式ではなく婚約式とデビュタント・パーティーなので、各国から王侯貴族を招待するわけにはいかない。
しかし、それでもミタン王国内の貴族たちや、すでに第一王女が嫁いでおり、親類となった隣国ボードニアン王国のオルガス王夫妻や娘婿となったイシギル王子なども招待しないわけにはいかないので、かなりの出費になることを覚悟していただけに、ルークからの“結納金”という形での援助は王と王妃をとても悦ばせた。
そして、9月の初めにミタン城で婚約式とデビュタント・パーティーが盛大に行われた。
当然、社交シーズンは過ぎていたが、まだ季節的に初秋でありそれほど寒くはない。地方に領地をもつ貴族たちがカントリーハウスに引き上げるのを十日ほど伸ばせばいいだけだ。
それに、海を渡って来なければならないボードニアン国のオルガス王や娘婿のイシギル王子ならびに(バーボン王夫妻の長女である)アンナ・ジャスミーヌ王子妃以外は、ほとんどミタン市内に屋敷を構えているのでパーティーに参加するために長旅をする必要もないので楽だ。
パーティーの場所はもちろん、ミタン城の大ホール。
昼過ぎから、ミタン王国の貴族たちが続々と詰めかけ、初秋とは言え、まだ夏の名残の暑さが感じられる時期でもあったので、さすがに広いホールも大勢のゲストでムンムンするほどだ。参加者人数は優に5百名を超えているだろう。
大ホールは、クリスタルのシャンデリアや燭台の蝋燭の火に照らされた円柱が並ぶ豪奢なパーティー会場と化していた。
宮廷楽団が次々と舞曲を奏でる中、正装をした貴族たちや美しいドレスを着た淑女たちが楽しそうにホールの真ん中で踊っている。
ホールの両側の少し高くなったところには、ゲーム用のテーブルが置かれ、そこでは踊り疲れたゲストたちがカードゲームをしたり、ダンスをしている人を見ておしゃべりなどをしている。
アンジェリーヌ王女は薄い水色のイブニングドレスで髪には宝石を散りばめた美しいティアラをつけ、長い手袋をしている。
ジョスリーヌ王女は純白のイブニングドレスと長いベールのついた美しい羽根飾り― デビュタント・デビューをしている女性だとひと目でわかるためだ― を髪につけていて、ひざ上まである手袋をはめている。
二人とも、代わる代わるルークと楽しそうに踊っている。
いや、アマンダやプリシル、さらにはリリスにハウェン、そしてフィフィ姫もいるので、王女二人の独占というわけにはいかないのだが、それでも正式に婚約できたといううれしさを隠しきれずに、零れんばかりの笑顔だ。
「アンジェリーヌ王女もジョスリーヌ王女も、美しく育ちましたわね。アンナ・ジャスミーヌから「妹たちは、ルーク様と言う貴族と婚約すると母が知らせて来ました」と言われた時はおどろきましたわ」
「まったくですぞ。わしらは、ラング王子かザリオ王子の妃に、アンジェリーヌ王女かジョスリーヌ王女、もしくは二人の王女たちをとまで考えておったのでな!」
大ホールの上座にある一段高いところに据えられたテーブルと豪華な椅子に座っているバーボン王夫妻といっしょにワインを飲みながら、アンジェリーヌとジョスリーヌが華やかなドレスを着て楽しそうに踊っているのを見ながら話しているのは、ミタン王国の隣国ボードニアン国のオルガス王と シラ・エレン王妃だ。
ボードニアン国はテルースの世界の東南にあり、中央からも遠いこともあって、今回の戦いでは中立を決め込んでいる。
ほかにも中立を守っているのは、ワチビア地方と ボットランドであり、どちらもテルースの世界の東端に位置する。
テルースの世界勢力図
「いやあ、それがルーク殿がアンジェリーヌとクレール侯爵夫人をオークの襲撃から救ってくれたのが縁でしたな。それでアンジェリーヌがルーク殿のゾッコンになったようで...」
「そうなんですのよ、シラ・エレン様。アンジェリーヌとクレール侯爵夫人を無事に城にまで連れて来てくださったルーク殿をひと目見て、ジョスリーヌまでもが一目惚れしまして。私どももルーク殿をひと目見て、このお方は信用できると思いまして、娘と侯爵夫人を助けてくださったお礼に、王がホルモールの別邸をルーク殿に差し上げたのですけど、それにどうしても一緒について行きたいと二人とも申しまして...」
「ならば、ジョスリーヌが16歳になったら結婚するという約定をして、二人をルーク殿に託したわけです」
バーボン王とバルバラ王妃が、オルガス王と シラ・エレン王妃に言い訳をしている。
それを聴いているボードニアン国王夫妻も、それほど気分を害してないのは、二人の顔を見ただけでもわかる。
「そうであろう、そうであろう!わしも、城に到着してからルーク殿のご挨拶を受けたが、この男なら信用できる、と確信したくらいじゃからな!」
「あら、あなた、私が最初にそう申し上げたでしょう?このお方なら、絶対に信用できると!」
シラ・エレン王妃は、そう言いながら、今、娘のリエルと軽やかにダンスを踊っているルークを見ながら、なんだか胸がドキドキするのを感じていた。
そんな王妃の視線を感じたのか、ルークが彼女の方を見てニコッと笑った。
ズキン!
胸に痛みを感じて、シラ・エレン王妃はおどろいた。
“な、なに、コレ?まるで、私がルーク殿に恋をしているみたいじゃない?”
そんなシラ・エレン王妃の様子を興味深そうに見ながら、バルバラ王妃がそっと彼女の耳元で囁いた。
「ふふふ。シラ、あなたもルークさまの魅力に撃沈されたわね?だけど、最初にルークさまの魅力を最初に発見したのはわたしなのよ!」
「バーバラ王妃までも? あのルークって言う男、ただものではございませんわね。おーっほっほ!」
バーバラ王妃は優越感に浸り、シラ・エレン王妃はかなり嫉妬を感じたのだった。
しかし、おたがいに一国の王妃だ。そんなことは億尾にも見せずに、話題を切り替える。
「あら... リエル王女もすっかりルーク殿の虜になってしまったようですわよ?」
「え... まあ!最近、胸が目だって大きくなって来たと思ったら、もう恋をしているのかしら?」
「リエル王女はいくつになったのでしたした?」
「14歳になったばかりですのよ」
「あら、ではリエル王女も来年はデビュタントですわね?」
「そうなんですよ。それで、もうデビュタント・パーティーのドレスは、こんなのがいいとか、パーティーはこんな風にしたいとか騒いでいるのですけど、今晩のジョスリーヌのデビュタント・パーティーを見たら、また明日から大騒ぎを始めると思うと、今からアタマが痛いですわ...」
果たして、その夜、オルガス王と シラ・エレン王妃は、リエル王女の大騒ぎを聴くことになったのだが― まあ、それは別の機会に語ろるとしよう。
「それでは、皆さま、デイナーの準備が整いましたので、こちらへどうぞ!」
執事セベリンの合図で、バーボン王夫妻、アドリアン王子、それから国賓であるボードニアン国王夫妻、イシギル王子とアンナ・ジャスミーヌ王子妃夫妻、ラング王子、ザリオ王子、ついでルークとアンジェリーヌ王女、ジョスリーヌ王女、アマンダたちと続き、その他の貴族たちもぞろぞろとデイナーが用意されているホールに移動する。
デイナーは、宰相であるクレール侯爵の音頭による乾杯で始まった。
「それでは、ミタン国王アドリアン・ドゥ・バーボン3世のご健康とミタン王国のさらなる繁栄、そして、 アンジェリーヌ・マリー・バーボン王女殿下とルーク・シルバーロード殿とのご婚約、ならびにジョスリーヌ・レリア・バーボン王女殿下とルーク・シルバーロード殿とのご婚約、ならびにジョスリーヌ王女殿下の社交界入りを祝って、乾杯!」
「「「「「「「「「「カンパ―――イ!」」」」」」」」」」
それから賑やかで楽しいデイナーが始まった。
デイナーのメニューは:
子牛フィレ肉のワイン煮込み、ピンタダの丸焼き、子豚の丸焼き、ローストチキン―詰め物入り、レビットの丸焼き、ビアードの肉と野菜入りポタージュ、脂の乗ったジャボウ肉の串焼き、ツルッタのバター焼きソースかけ、燻製ハム、燻製ソーセージ、ベーコンなどなど。
ドリンクは: アルコール類はワイン、エール、それに蒸留酒。お酒の飲めない女性用のはちみつレモン、ブドウジュース、レモネードだ。
アンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女は、ルークの両側に座って、交代でルークの口にご馳走を運んでいる?!
アマンダたちは、もうすでにルークの妻たちであるので、余裕をもって微笑みながらその様子を見ていた。
だが、一人、その様子をじと――っとした目で見ている美少女がいた。ブロンドの美しい髪と緑の瞳を持つ少女― リエル王女だった。
楽しい婚約式&デビュタント・パーティーが終わったのは、夜の10時だった。
オルガス王と シラ・エレン王妃は、城内の自分たちにあてがわれた部屋に休むためにはいったが、部屋に入るなり、リエル王女は王と王妃を前にして、かわいく腰に手をあてて言った。
“ほら来たぞ、私もジョスリーヌ王女みたいなデビュタント・パーティーをしたいと言うんだろう?”
“もう仕方がないわね。そろそろリエルも将来の夫となる男を探さなければならないから、盛大にデビュタント・パーティーをしなくちゃね…”
などと、 オルガス王もシラ王妃も考えていたが―
リエル王女の要求は、王妃が心配していたデビュタント・パーティーのことではなかった。
「私もアンジェリーヌやジョスリーヌみたいに、ルークさまと婚約して結婚したいですっ!」
「「えええ――――?!」」
予期しなかった王女の言葉に、思わずズッコケたオルガス王もシラ王妃だった。