#19 ファッションに凝ります
ルークはしばらく庭に佇んで、夜空にきらめく星を見ながら、ゲラルドの言った言葉を口ずさんだ。
「“天と地の間には、我々の哲学では説明もできない事がたくさんある”か...」
“あいつも、そんな言葉を言っていたな…”
たしか、前世で有名だったE国の劇作家が書いた作品の中に出てくるセリフで、ルークが前世で会社の管理職をしていたころ、部下だったあいつが酒で酔っぱらうと口癖のように言っていた言葉だ。
アンジェリーヌが夕食が出来たと知らせに来たので、手をつないで別邸にもどる。
食堂に入る前にアンジェリーヌは手を放した。アマンダたちはルークがアンジェリーヌと手をつないでいるのを見ても何も言わなかったが、ソフィエッタ姫はじーっと見ていた。“次は私ね!”なんて考えているのだろう。
しかし... ルークを迎えに来なかったジョスリーヌは、ブスッとした顔をしていた!
なにが、あったのだろう? もしかしてアンジェリーヌと喧嘩をしたのか?
食堂には、ルークの妻たちと王女たちのほか、アルビオンたち三人兄弟、管理人のウルバン、 管理助手ルポル、それに王女たちの侍女、アーダとコーダ姉妹、ベッラとブルッナ、チーフメイドのイクゼルと給仕係のズーラ、それに料理人タイユヴァンがいた。ちなみに、イクゼルとタイユヴァンは犬族で、ズーラやほかのメイドたちはネコ族だ。
「ルークさま。この別邸では、もうかれこれ10年ほどバーボン王さまもバルバラ王妃さまもお見えになりませんので、食事の時はこうして屋敷に働く使用人がいっしょに食事をしているのですが...」
「ああ、ウルバンさん、それは一向に構わないよ。私は王じゃないし、人数が多い方が食事も楽しいだろうし、別邸や畑などで起こったことや収穫などについても聞けるから有意義だと思うし」
「おお!さすがバーボン王さまとバルバラ王妃さまが、アンジェリーヌ王女さまとジョスリーヌ王女さまの婿殿と決められただけのお方。理解していただいて心より感謝いたします。ほれ、みんなも別邸の新しい所有者になられたルークさまに感謝しなさい」
「「「「「「「「「「ルークさま、ありがとうございます!」」」」」」」」」」
夕食のメニューは、アベナ麦を砕いたシリアルと塩を抜いた塩漬け肉と野菜を煮込んだシチュー、鳥の丸焼き、焼き魚に色々な調味料を混ぜたソースをかけたもの、豚肉のベーコン、イモを茹でたもの、それに白パンだった。
さすがにミタン城での夕食のように豪華ではないが、タイユヴァンはかなり料理上手とみえて、どれもおいしかった。特に白パンはずっしりと重くもっちりしていて、シチューに浸して食べると美味だった。
美味しい料理をいただいたあとで、メイドが淹れてくれたお茶を飲んでいると、アマンダがテイーカップを置いてルークに話しかけた。
「ルークさま。プリシルとリリスとハウェンとも話したのですが...」
「ほう。何をだね?」
「テルースには、私たちがふだん着慣れていた服や下着がありませんので、イクゼルさんにお願いしてO村か、M町あたりで裁縫職人を探して、私たちに似合う服を作ってもらおうと思っています」
「... そうしたいのなら、すればいいんじゃないか? それで、その職人さんたちの支払いは、ここの農場の作物などで払うのかい?」
「いえ、私たちもたいへん興味がありますので、私たちがお払いします」
「......です」
アンジェリーヌはしっかりと答えたが、ジョスリーヌはまだ元気がない。
「ワたし モ 作ル」
フィフィ姫も関心があるらしい。
「オ金なイけド、石ガアル」
そう言って、アンジェリーヌから借りて着せてもらっていたドレスのポケットから小さな袋を取り出し、中にはいっていた石を数個、手に乗せて見せた。
「そ、それはアクワマリでは?!」
「なんと、見事な石でしょう!」
「緑の石はスマラグダスのようです!」
「そんな美しい石は小粒でも金貨10枚から20枚しますわ」
ウルバンやイグゼルたちが目を瞠っておどろいている。
フィフィ姫は、小さな袋をもって立つと、ウルバンのところへ行って渡した。
「コれハ 私ガ こコでオ世話に なるカラ 心付ケ とシテ あるばんサンニ 渡しナサイと ぱぱニ言ワれタ」
「えええええ――――???」
ウルバンがズッコケた。
「ミんナ デ 分ケて 下さイッテ」
イグゼルたちメイドと助手のルポルと タイユヴァンもズッコケた。
「いえ、こんな過分なモノは... 私どもは、すでにアンジェリーヌ王女さまから、バーボン王さまが言伝になられた3年分のお給金を... いえ、3年分以上のお給金をいただいておりますので...」
「そうですわ、ソフィエッタ姫さま、でも、そうですわね。腕のいい裁縫職人はお高いかもしれませんからね!」
ウルバンは遠慮しそうだが、イグゼルさんはしっかり者らしく、ウルバンの横に行って小さな袋を取り上げた?!
「ええ。みんな心配しなくても、ちゃんとウルバンさんとルポン君の立ち合いのもとで中身を確認し、服の生地代と裁縫職人の賃金を除いた分を、使用人全員に分配しますわ!」
そして、ポケットバッグにしまってしまっって、その上からポンポン!と確認するように叩いた。
「それでは、私とアマンダさま、ハウェンさま、それにアンジェリーヌ王女さまと、侍女のアーダとコーダを連れて、これからルポン君に馬車を出してもらってM町まで行ってきますわ!」
「我々も護衛で同行します」
アルビオンが威勢よく立ち上がった。
「ええっ? ここからM町って往復で六日くらいかかるんじゃないか? それに今から行くのか? もう夜になるぞ?」
「はい。善は急げと申しますから。そうですね、こちらに帰って来るのは、たぶん一週間後だと思います」
「い、一週間?!」
「ですから、プリシルと妊娠しているリリス、それに具合があまりよくないジョスリーヌ王女とソフィエッタ姫は、ここに残ります」
アマンダが、“これなら文句ないでしょうし、女日照りにもならないでしょう?”みたいな目でルークを見る。
「はいはい。わかったよ。まあ、お金はアンジェリーヌ王女さまとフィフィ姫さまが出してくれるんだから、思いっきり羽根を伸ばしてきたらいいよ!」
「ありがとうございます。ルークさま!」
「ありがとうございます」
「私たちのことを忘れる前にもどって来ますわ!」
「行って来ま――す!」
「お土産もって来ま――す!」
まるでピクニックにでも出かけるように喜んで出かけていった!
* * *
その夜―
別邸のみんなが寝静まった頃。
ルークは妻たち― と言っても プリシルとリリスしかいないのだが― の要望に応えて、広間や調理場、それに倉庫や厩舎で、あんなコトやこんなコトをあんな風やこんな風にしてサービスすることになった。
ソフィエッタもプリシルたちの歌声を聴いて降りて来て、コーラスに加わることになってしまった。
管理人のウルバンは、その 広間や調理場から聞こえてくる妻たちの歌声に目を覚ましたが... 何事もなかったように、また寝入ってしまった。
屋根裏の侍女部屋で寝ていた侍女ベッラとブルッナたちも、階下から聞こえてくる歌声に気づいたが、王女さまたちからのお呼びではないので、歌声を子守歌のように聴きながらまた寝てしまった。
ただ一人、ジョスリーヌだけが、耳をしっかりと塞いで歌声が聴こえないようにしていたのだった。
翌朝、食堂に朝食をとるために行くと、プリシルとリリス、それにフィフィ姫から元気よくあいさつされた。
「おはようございます!」
「おハヨウごザイマす。るーく サマ!」
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「お、おう。おはよう!うん。たっぷり運動をしたあとだから、グッスリ眠れたよ!」
そこへ来たジョスリーヌ。
「おはようございます、ルークさま。昨日の夜は遅くまでお仕事たいへんでしたね?」
ジョスリーヌが、かなりご立腹の様子だ。
「そうだよ。大人だけしかやれない仕事でね。ジョスリーヌちゃんは、よく食べ、よく寝て、よく育ったら... そうだな、あと2年したら仲間入りできるかもな!」
「ええっ? 私はもう14歳ですよ?成人式までには、あと1年と5ヵ月ですっ!プ―――っ!」
ルークの冗談にフーセンのように頬を膨らませるジョスリーヌ。
ガタン!
音を立ててイスから立ち上がり、自分の部屋へ行こうとする。
「お待ちなさい、ジョスリーヌ!」
厳しい声を放ったのはプリシルだった。