#16 別邸での生活はじめます
ドジョーネル王とナンシーネ王妃たちは別邸の入口近くまで送ってくれた。
フィフィ姫との別れ際に、ナンシーネ王妃は何か重そうな袋を娘にもたせていた。
ヒシっとドジョウ王じゃない、ドジョーネルパパに抱きついてしばしの別離を悲しむドワーヴァリ姫。
が―
「まあ、ここにはちょくちょく来ているのでな。なにかいるものがあったら、遠慮せずに言うがいいぞ?」
「そうよ。もし、ニンシンして気分が悪くて食べ物が喉を通らない時は、ママに言ったら、すぐにフィフィが大好きなツルッタを捕って持って来てあげるわ!」
ドジョーネルパパも、ナンシーネママも、まるで娘がハネムーン旅行に行くような感じで別れを告げた。
「モう、パパもママも!ワタシ は シばらク ルーク さマ と 楽シク 過ごシたいノよ!子ドモ ヲ 作ルのハ ずーット 先ノ話よ!」
真っ赤になって叫ぶフィフィ姫がかわいかった。
ホルモールの別邸は、二階建てのかなり洒落た屋敷だった。
アンジェリーヌたちの話によれば、ボルボ―ン王がミタン国の各地に所有する別邸や城の中では、もっとも小さいこともあって、もう長年、ここには来てないそうだ。
しかし、この別邸の大きさは自分たちにとっては十分過ぎるとルークは思った。
ルークはまだ王ではないので、バーボン王とバルバラ王妃の旅行のように、従者やら護衛やらメイドやらを百人以上も連れてないからだ。
近衛騎兵に前後を護衛された馬車が別邸に乗りつけると、別邸ではひと騒動起こった。
それも当然だろう、もう3年ほど誰も訪ねて来ないのだから。
それが突然、王女二人を乗せた馬車が客人たちとともに近衛騎兵を引き連れて現れたのだから。
屋敷の裏にある畑で仕事をしていたらしい管理人のウルバンが知らせを受けて、頭にかぶっていた帽子を落とすほどあわてて走って来た。
「アンジェリーヌ王女さまっ、それに...ジョスリーヌ王女さまですな? すっかり胸も大きく... いえ、背もお伸びになられて!」
「ウルバン! 元気そうね?」
「ウルバン!そうよ、もうどこに出ても恥ずかしくない胸になったのよ!」
「して、こちらの客人の皆さまは?」
「こちらは、私とクレール侯爵夫人を救ってくださったルークさまとアマンダさま、それにプリシルさまとリリスさまとハウェンさまよ!」
「ルークさまは、近い将来、私とお姉さまのダンナさまになられる方よ!」
「は、はぁ...」
急にそんなことを言われても、何がなんだかわからない真面目なウルバンだった。
「こちらは、ドワーヴァリの姫さまでは?」
後ろの方で紹介してもらいたくてウズウズしているソフィエッタを見てウルバンが聞いた。
「そう。私たちの次にルークさまの奥さんになるって言ってついて来たの!」
「そう。ついて来ちゃったの!」
「は、はぁ... そうですか」
王女たちが来たという知らせが別邸の使用人たちに伝えられたのだろう、ゾクゾクと使用人やらメイドやら農夫やらが現れて王女たちとルークたちにあいさつをする。
近衛騎兵は、アルビオン三兄弟を残して王都へ帰ることになった。O村での滞在が長くなり過ぎたので、このまま宿泊せずに帰るそうだ。
管理人のウルバンが先に立って、別邸を案内する。
王女たちは、父のバーボン王が、ルークたちがドワーヴァリの大湿原を無事渡り切って別邸にたどり着けたら、別邸と大湿原をやると約束したことをウルバンに話し、バーボン王がその旨を書いた手紙を持って来ていた。
したがって、別邸はルークの所有となるわけだ。
ホルモールの別邸は、バーボン王の所有する別邸の中でもっとも小さなもので、部屋数も30ほどしかなく、王の家族が警護の近衛騎兵や従者や使用人など多数の者を連れて来て快適に過ごせる屋敷ではないので、バーボン王にとってはあってもなくてもどうでもいい別邸だった。
だが、ルークにとっては十分過ぎる大きさの屋敷だった。
彼が妻四人と子ども二人、それに王女二人、ソフィエッタ姫と暮らすには十分な部屋数と設備があるし、別邸の使用人たちの給金はバーボン王が全て払ってくれるという好条件なのだ。
まさに願ったり叶ったりといった住まいだ。
ウルバンによれば、管理人である彼とチーフメイドなどの使用人のほかは、屋敷の裏にある別棟に住んでいるそうだ。
そして、ここ数年はほぼ自給自足の生活が続いていたため、かなりの種類の作物や野菜などが農夫たちによって栽培されていいると説明した。
果樹もたくさんあり、大湿原のドワーヴァリたちとは比較的友好的な関係を結んでいて、彼らの好きな果物などを彼らが捕る魚などと物々交換しているという。
「そういうお話でしたら、一応、念のために一番大きい寝室は王さまのためにキープしておいて、ほかの部屋はご自由にお使いになられたらよろしいでしょう」
さすが管理人、いくら王がルークに別邸を譲ったと聞いても、バーボン王のために一番いい部屋をとっておくことは忘れない。
結局、ルークは二階の二部屋続きの部屋を寝室にし、その右となりから順にアマンダ、プリシル、リリスとハウェンの部屋となり、ルークの寝室の左となりがアンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女の部屋、ついでソフィエッタ姫の部屋となった。
アマンダとプリシルは、それぞれ子どもがいるので一部屋ずつ、リリスとハウェン、それに王女たちは二人で一部屋ずつだ。ソフィエッタだけが一人で一部屋だ。
それぞれの部屋が決まると、王女たちは夕食のデザート用に果物をとりに行くと言って、籠を抱えて出かけて行った。
アマンダとプリシルは子どもたちをお昼寝させてから、リリスとハウェンとともに、メイドたちに聞きたいことがあると言ってどこかへ行った。
* * *
コンコン!
「ソフィエッタ、いるかい?」
部屋にはいったきり出てこないドワーヴァリ姫さまのことが気になって、ルークは彼女の部屋をノックした。
「.........」
中から返事はない。
コンコン!
ふたたびノックするが返事はない。
「ソフィエッタ、入るよ!」
部屋に入ると、ベッドルームにソフィエッタは見えず、バスルームの方で水がこぼれる音がしている。
見るとバスルームのドアは開けっ放しで、バスから水が床にどんどん溢れている。
「ソフィエッタっ!」
何か起こったのかとルークが急いでバスルームに入ると…
ドワーヴァリ姫はハダカでバスタブの底に沈んでいた。
口を開けて目を閉じて!
「ソフィエッタ―っ!」
ジャケットの袖が濡れるのも構わずに、ルークは腕をバスタブに入れて、ソフィエッタを抱え上げた。
「え? ルークさマ?」
ソフィエッタがパッチリと緑の目を開けた。
「ん?」
ソフィエッタは、水の中でも陸でも問題なく生きれる種族だということに気づいた時は、すでに遅かった。
キャ―――アァ――――――!
屋敷中に響くような悲鳴がそのかわいい口から出た。
30秒間は叫んだだろうか。
しかし―
誰一人として部屋に現れなかった?
「ス――ゥ!」
思いっきり叫んだあとで、息を深く吸うソフィエッタ。
そのあとで、上目遣いに聞いた。
「ルークさマ... ワタシのおッパい 小さイ?」
「いや、まだこれから大きくなるんだろう?」
「うン!おカアさま みたイニ 大きク なるヨ!」
「なら、今はこれで十分だ!」
「うレシイい!」
ヒシっとしがみつき、成長途上の胸をしっかりとルークに押しつけた。
ルークは、バスタブで釣ったばかりのピチピチした新鮮な少女を抱きかかえるとベッドに向かった。
しばらくすると―
沼地の蛙の鳴き声とはかなり違ったよろこびの鳴き声が響き渡った。
ウルバンは管理人室でやっていた仕事を一瞬止めたが、何事もなかったように続けた。
一階でチーフメイドと話していたアマンダたちは天井をちらっと見たが話しを続けた。
しかし-
果樹園で果物をとっていたアンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女は、はたと手をとめると、果物のはいった籠を抱えて一目散に屋敷目指して走りはじめた。
「え―っ、何よ――っ、ソフィエッタに先を越されちゃったわよ―――!」
「食後のデザートのくだものより、先にすることがあったのですよね―っ、お姉さま――!」
「おだまりなさい!」