#5‐05 コリニャック公爵夫人の陰謀②
ラピルスは熱いお茶をいれたティーカップをシャルロッテに勧める。
「フ―… 熱くておいしいわ... じゃあ、不都合だったら、あの毛深いヤツらに始末させるの?」
シャルロッテは、毛深い男たちのことを思い出していた。
ラスピルは領地内の警備と治安に対処するために私兵を雇っていた。
警備の仕事は、万一、盗賊などが領地内にはいって来た時に追い払うか殺すことで、領地内の治安の問題は、農民が租税である農産物や穀物を隠したしているのを見つけ、隠した農夫を罰したり、農夫同士で諍いなどがある時は止めさせることだ。
ラスピルとは比べものにならないくらい毛深い男たち。
そいつらはザウスクス族だ。背の高さは160センチを超えないほど低いが、素手で戦わせたら、遥かに体格の大きいトラ族やライオン族、オオカミ族の戦士でさえもかなわないほどの戦士だ。
ザウスクス族の特質は、背中に柔軟でライオン族のキバも剣さえも通らないほどの固い装甲皮をもっていることだ。唯一の弱点は腹なので、腹に分厚い革製の胸当てを付けている。
「ムっ...」
ラスピルが、急に顔を少し歪めた。
「どうなさったの?」
「いや、何でもない... ちょっと手洗いに行って来る」
ラピルスは飲みかけのティーカップを置くと、立ち上がり居間を出てトイレに行った。
トイレットリッドを開け、体を曲げて胃の中からこみ上げて来るモノを吐こうとする。
しかし、出て来たのは先ほど飲んだお茶と苦い汁だけだった。
「ふ―ぅ…」
背をまっすぐにすると、ふらっと少し目まいがした。
トイレの水を流し、洗面台の鏡を見る。
少し生気のない顔だ。毛の濃い胸にいくつか白い斑点が出ているのが見える。
去年の暮あたりから出はじめたが、医者は「年を取れば、こういう皮膚の変化が出てきます」と言ったので大したことではないとは思うが、やはり少し気になる。
蛇口から水を出し、顔を洗う。
洗い終わり、蛇口を閉めようとした時、指先が痺れたようになった。
だが、その感覚はすぐになくなる。
ふたたび鏡を見る。
吐き気がおさまった顔は、いつも通りの精気のある顔だった。
口の中に匂いが残らないように、素早く歯を磨きくとタオルで顔を拭き居間へ向かった。
「気分でも悪いの?」
ドレッサーの前で鏡を見て化粧を直しながら、シャルロッテが訊く。
シックな造りのドレッサーは、ラスピルがシャルロッテのためにナスガアルの高級家具店から取り寄せたものだ。クリスタルの象眼の装飾が施されており、シャルロッテはとても気に入っている。
「いや、ションベンをしたかっただけだ」
快活に応えながら、ラスピルも服を着はじめる。
シャツをとった時、また少し手の先に痺れを感じた。
この頃、ちょくちょく立ち眩みを感じたり、吐き気をもよおしたりする。
医者にも何度か診てもらったが、別段、異常はないと言う。
「もう二十代や三十代ではないのですから、あちらの方は少し控えられた方がいいのではありませんか?」
と暗にシャルロッテとの密会を減らすように医者から言われた。
「まだまだ私は壮健ですよ、先生。それより何か栄養のつく食べ物を処方してください」
「薬は処方しますが、食べ物の処方はいたしませんよ」
「それでも、こう言うのを食べた方がいいとかいうアドバイスはあるでしょう?」
「やれやれ... 侯爵さまが栄養が偏った食事をしているとは思えませんが...」
ボヤきながらも初老のヤギ族の医者は、鉄分が不足しているかも知れないからとホウレンソウや豆類の摂食量を増やすこと、そしてプルーンやベリーなど栄養価の高いものを食べることをアドバイスしてくれたのだった。
「それじゃあ、また明日、同じ時間にお会いしましょう」
シャルロッテはラスピルの抱擁と別れのキスをして、馬車に乗ると、ムチを鳴らして走り去って行った。
ラスピルもマントをつけると、外に出るとあたりを見回した。
すると、ログキャビンの裏から、納屋の陰から、そして森の中から、数人の男が音も立てずに現れた。
背が低く、毛深い男たち。
鋭い目をもち、腹に分厚い革製製の胸当てを付けている。
ラピルスの私兵ザウスクス族のやつらだ。
「あたりに異常はありません」
毛深い男の一人がラピルスに低い声で言う。
サーっと風が吹き抜ける。
「風向きが変わったな。雨が降るかも知れん... 降りだす前に屋敷にもどるとするか」
ラピルスが馬に跨ると、どこからか3人の毛深い男が数頭の馬を引いて来た。
ザウスクス族の私兵たちも、それぞれ馬に跨る。
私兵たちに護衛されて、ラピルスは屋敷へと続く道へ向かった。
ラスピルの乗った馬が森の中の道に消えて、しばらく立ったころ―
先ほどまでラピルスとシャルロッテがいたログキャビンの居間に、白銀色のキュイラスつけ、背中に弓を背負い、腰にソードを下げた紫の髪の女剣士が現れた。
「マイレィちゃん、危険はない?」
女剣士と同じ紫の髪と鳶色の目を持つ女の子に訊く。
「うん。ダイジョウブだよ、ママ」
女の子が答える。年は三歳くらいだ。
それを聞くと、プリシルはドアを開け、外に出ると片手を上げて合図したた。
森の中から、ミカエラとアイフィとアレクが出て来た。
「ふーん、こんなところで、侯爵さまと公爵夫人さまがおデートをしているんだ!」
「何とも優雅な密会の場所ですこと!」
ログキャビンの中に入ったミカエラとアイフィが、テーブルの上に置かれた飲みかけのティーカップやストーブの中で燃えている薪などを見て、話をしている。
「みんな!風向きが変わったわ。どうやら雨が降りそうよ!」
外を警戒していたアレクが戸口から叫ぶ。
― ― ― ―
カドゥールは、ラスピル侯爵の馬の前を二人のザウスクス族私兵と馬で進んでいた。
「ボス、女の香水の匂いが漂ってきます!」
最後尾にいた毛深い男が、カドゥールに知らせる。
「止まれっ!」
カドゥールが片手を上げる。
「どうした、カドゥール?」
カドゥールは鼻をクンクンと鳴らせて空気中の匂いを嗅ぐ。
「侯爵さま。どうやら、公爵夫人さまとは違った香水を使う女が... 3種類だな... 3人いるようです」
「3人の女? それがわかるのか?」
「はい。風向きからすると、たぶん、ログキャビンの方からのようです」
「ログキャビンの管理と掃除をやらせている、ヤギ族農夫の女房の匂いではないのか?」
「いえ。この香水は、農夫の女がつけるような安物ではありません」
「ふむ。では、手下に調べさせるがよかろう」
「侵入者でしたら、いつものように...」
「許可なく、私の領地を徘徊する者は始末して、森の中にでも埋めて置け!」
「わかりました」




