#5‐04 コリニャック公爵夫人の陰謀①
「ねぇ、ラスピル。ナスガアルからの知らせの件、どうするつもり?」
ブルネットの美女が、物憂げそうにシーツを上半身に纏い、ベッドサイドテーブルの上の銀製ケースから、シガレットを一本とりながら聞く。
「そうだな... そのルーク王とやらの使者がどういう者かを、一応見てから対応した方がいいだろうな」
そう言いながら、自分の側にあるサイドテーブルから卓上ライターをとってブルネット美女のシガレットに火をつけてやる男。隆々とした体躯をもち、黒茶の髪をもつカモシカ族の男の名前は、ラスピル・ダルキアン・ボルランド侯爵。
ラスピルはボルランド侯爵家の現当主だ。
52歳になる ラスピルは、もう20年以上、ブルネットの美女― シャルロッテ・コリニャック公爵夫人と愛人関係にあった。
卓上ライター
ボルランド侯爵家とコリニャック公爵。
ボルランド侯爵家は、ダエユーネフ国の北西部、北の隣国アジオニア王国との国境に面したポルターニュ地方に広大な領地を持つことから、ポルターニュ侯爵と呼ばれていた。
そのボルランド侯爵の隣りのランジュー地方に領地を所有しているのがコリニャック公爵家だ。
こちらも、その所領名からランジュー公爵と呼ばれている。ランジュー家の現当主はオノーレ子爵だ
が、実権を握っているのはシャルロッテ・コリニャック公爵夫人だった。
ボルランド侯爵家もコリニャック公爵家も、中央の目がもっとも届きにくい遠方にあることもあって、代々両家とも好き放題に自領を治めていた。
シャルロッテ・エロディ・ブラストロン・コリニャック。
名前にブラストロンとあることからも分かるように、彼女はブラストロン家の出身だ。
父親のジアベール・ブラストン男爵は、多くの貴族がそうであったように、“毛並みは良い”が経済的には破産していた。
ジアベールの主な収入源は、所属するダエユーネフ共和国親衛隊から給与として1年に1度回支給される金貨20枚(200万円相当)だった。
いくら物価が安いと言っても、とてもこれだけではやって行けないので、 ブラストン男爵は倹約をして馬車を数台と馬を購入して副業として貸し切り馬車をやっていた。
ナスガアルには、パーティーシーズンになれば、地方からわんさと貴族たちがやって来るので、貸し切り馬車はかなり重宝され、シーズン中の収入で何とか凌いでいけた。
ジアベール男爵に幸運の女神が微笑んだのは、幼いころからその美しさが評判になっていた娘のシャルロッテが、17歳の時にギリャルメ・モンモリオン・コリニャック伯爵と結婚したことだった。
コリニャック伯爵はダエユーネフ国の名門貴族であり、ロレアンスロゥプ皇帝やディアマトマム大統領などとも近しいこともあって、結婚の報告をするために皇帝に謁見して、ポリニャック伯爵夫人となったシャルロッテを紹介したところ、皇后はシャルロッテのあまりの美しさに目が眩み、ヴァニエル・メルダ宮殿に永住するよう彼女に懇願した。
シャルロッテは、ライラック色と形容される薄紫色の大きな目、きわめて自然な印象をあたえる若々しい美貌、豊かなブルネットの髪、通った鼻筋、真珠のように輝くきれいな歯をもったシカ族の美女だった。
しかし、シャルロッテがヴァニエル・メルダ宮殿で暮らすことは非常に高額な出費を伴うため、シャルロッテは、自分の夫―コリニャック伯爵―には、宮殿に彼女の部屋を維持するだけの収入がないと正直に答えた。
新しいお気に入りを自分のそば近くに置いておきたい皇后は、すぐさまコリニャック伯爵を侯爵に陞爵するとともに要職をあたえ、さらにシャルロッテの父親のブラストン男爵の給与を上げ、一族の抱える借金まで清算してやり、コリニャック伯爵に北西部の豊かな土地をあたえた。それがランジュー地方の領地だった。
シャルロッテは若くしてコリニャック公爵家に嫁いだのだが、夫のギリャルメは夫婦生活に関しては淡白過ぎた。シャルロッテが娘のルイーゼを産み、翌年に跡継ぎとなるオノーレを産むと、寝室を別にしてシャルロッテとはベッドをいっしょにしなくなってしまった。
そして、ギリャルメ公爵が五十代半ばで脳溢血で早逝したあとで、コリニャック公爵家を思うがままに管理している。
夫のギリャルメ公爵が亡くなった時、本来であれば、ロレアンスロゥプ皇帝に願い出て、息子のオノーレに夫の爵位を継がせるべきだったが、そうなると未亡人であるシャルロッテは何の称号もない、ただの元公爵夫人になりさがってしまう。
そこで、「オノーレはまだ若く、人生経験も足りませんので子爵の称号を授与してくだされば光栄でございます」と手紙を書いて、24歳の息子を子爵にしてもらった。
ということで、自分は“公爵夫人”として、引き続き権威をふるっていた。
ナスガアルで彼女が皇后の“お気に入り”であり、皇后を利用して多額の金額を蕩尽したことから、シャルロッテはナスガアルに多くの敵を作り、中傷批判の多い首都での生活に辟易した彼女はナスガアルを後にし、遠く離れたランジューの領地に住むことを決意した。
そしてランジューに移ってから間もなくして、シャルロッテはボルランド侯爵家の当主、ラスピルと愛人関係になった。
きっかけは、ラスピルの娘がシャルロッテの息子オノーレと結婚したことだった。
妻が病弱だったこともあり、ラスピルはありあまったリビドーを若いメイドや農夫の娘たちで発散させていた。
シャルロッテがナスガアルからやって来て、ボルランド家を挨拶のために訪れた時、ラスピルは自分の名前を言うのさえ忘れて10分ほどシャルロッテを見とれていた。
「侯爵さま... 応接室の方へお通しした方がいいのではありませんか?」
執事の声でハッと我に返り、あわててコリニャック公爵夫人を屋敷の中に招き入れたのだった。
ラスピルはコリニャック公爵夫人に一目惚れした。
こんな美人は見たことがなかった。ただの美人だけではなく、ナスガアルの上流社会で長年暮らして来た者だけが有する洗練された振る舞いと優しげな声色に魅了されてしまった。
一方、コリニャック公爵夫人の方も、野性味溢れるボルランド侯爵に魅了された。
ボルランド侯爵は、当時30歳。精力ゼツリン真っ盛りで、全身からメスを惹きつけるフェロモンを放出していた。ナスガアルでは見られないワイルドな男らしさにグッと来たのだ。
お隣同士ということで、ボルランド侯爵家とコリニャック公爵家は、良きにつけ悪しきにつけ、緊密な関係にあった。領地の収穫量ではライバル関係にはなるが、早く収穫が終わると余った人手(農夫)を相手に貸したり借りたりする良好な関係にまでなっていた。
そして、シャルロッテに適齢期の娘がいて、ラスピルの息子にもそろそろ嫁をと考えていたことから、両家の利害が一致し、シャルロッテの娘がボルランド家に嫁いだことで両家は親戚関係になり、さらに絆が深まった。
親戚関係になったことで、おたがいに訪問する機会が増え、二人は抜き差しならない仲になってしまった。
と言っても、ラスピルもシャルロッテもバカではない。公然と屋敷の中で密会を続けるわけにはいかないので、ラスピルはボルランド侯爵領とコリニャック公爵領の境界の近くにログキャビンを建てさせ、そこで密会を楽しむことにした。
ラスピルは、「ちょっと領内を見まわって来る」と言って、馬に乗って30分ほどかかってログキャビンに着き、シャルロッテは馬車に乗って、「ちょっと領地を見て来るわ」と、これも一人で40分ほどかけてログキャビンへいそいそと出かけるのだった。
もちろん、ログキャビンと言っても、農夫の家など比べものにならないほど大きいし、外装はともかく、内装にも金をかけて公爵夫人とのデートにふわしいものにしていた。
当然、二十年も密会を続けていれば、誰にも見つからないわけがない。
両家の家族も使用人たちも、農夫たちでさえ領主さまの密会を知ってはいたが、ラスピルの妻は病弱だし、シャルロッテは未亡人だ。
なので、どちらの家族も侯爵さま、公爵夫人さまの行動にはノーコメントだった。
領主さまの行動をあれこれ批判したりする使用人や農夫は解雇されたり、領地から追放されてしまうので誰も表だって口に出さなかった。
シャルロッテは、ナスガアルで長く暮らした。
皇后のお気に入りナンバーワンであり、依怙贔屓をかさに着た一族の富貴と贅沢、そして宮殿を牛耳るかのような傲慢さは、多くの貴族たちの嫉妬と怨嗟の的となったために多くの敵を作ったが、多くの熱烈的な崇拝者もいた。
これらのナスガアルの知己や崇拝者は、遠く離れたところに住むシャルロッテに、ナスガアルに起こったことやヴァニエル・メルダ宮殿の情報を手紙で書いて送って知らせてくれた。なので、シャルロッテは田舎に居ながらにしてナスガアルの上流社会で起こっていることを知ることができた。
ダエユーネフ国がルークドゥル国との戦いで敗北し、無条件降伏し、ナスガアルはルークドゥル軍に明け渡されたことなども全て知っていた。
その後、ダエユーネフ国がルーボードタン連邦とかいう枠組みの中に組みこまれ、クール・ゴールデンロード大公という名前も聞いたことのない貴族がナスガアルを訪れ、ダエユーネフ国のすべての貴族を集め、ルーク王の新施政策について説明会を行ったこと、その内容も詳細に知っていた。
そして、ボルランド侯爵家もコリニャック公爵がその呼びかけに応じなかったことから、ルーク王の王妃のひとりが名代としてやって来るとの情報もすでに得ていた。
ラスピルは自分もシガレットを咥え、ライターで火を点けると、フ~っと天井に向けて煙を吐いて言った。
「ルーク王とやらの王妃が使節として、こちらへ向けてナスガアルを立ったそうだが、付き添い十数人と護衛はわずか5人しか連れてないと言うではないか?」
「ええ。たぶん、ダエユーネフ国は完全にルーク王の支配下にあるという安心感ゆえでしょう」
シャルロッテが灰皿にシガレットの灰を指先で落としながら相槌を打つ。
「まあ、どういうわかだか知らんが、説明会に参加した連中は、全員、ゴールデンロード大公という仮面をつけたヤツの言葉を信じたらしい...」
「ゴールデンロード大公という貴族も素性のわからない男ですし、ルーク王というのも突然3年ほど前にミタン王国に現れた素性のよくわからない男ですって」
「よく、そんな素性もよくわからない男が、3年ほどでブレストピア国とマビンハミアン国を征服し、ダエユーネフ国まで手中に収めたものだ」
「不気味と言えば不気味ね...」
ラスピルはベッドから降りると、ハダカのままでストーブにまで行き、上に置いていたケトルをとると、ティーポットに湯を注ぎ、お茶の葉をいれる。
ラスピルはカモシカ族なので体中が体毛に覆われている。
その隆々とした背中を見ながら、シャルロッテはシーツを身体に巻きつけてベッドから降りた。
ガウンをとると、ラピルスが彼女の裸を見ないように上手にシーツをとりながらガウンを羽織る。
ベッドではおたがいハダカなので、別段ハダカをラスピルに見られても構わないようだが、シャルロッテは“レディ”としての振舞いを決して忘れない。そういうエレガントさがシャルロッテの魅力であり、ラスピルもいつも好ましいと思っている。
「ルーク王の使者の王妃さまとやらが、我々に不利益をもたらすとわかったら...」
ラスピルはテーブルの前に座り、前の椅子にシャルロッテが座るのを見ながら言った。
「アイツらに始末させるだけだ!」




