#13 ヴァン大湿原
ガバロス問題を解決するために、ルークたちは予定を大幅に変更して、1ヶ月間O村に留まることになってしまった。
アーレリュンケンはリュンケンミセリ山脈にある彼らの集落へ使いを送り、リュンケンミセリ山脈の集落に残っていたガバロスたちは取るものも取りあえず、大急ぎでハイラガズ山へ向かった。
“神の盤”は二十日間連続して稼働するとわかっているが、それは確定したものではないので、いつ、また閉鎖されるかわからないし、そうなったらいつ再稼働するか今の時点では予測がつかないからだ。
O村に残ったガバロスたちは、王女殿下の布告により、O村をふくめ近隣の町村で農作業や力仕事に使われることになった。『賃金、食事、宿舎等は、ミタン国の一般労働者のそれと同等にすること』と布告に明記していることもあって、雇い主たちは否応なく従うしかなかった。
それに、アルビオン以下の近衛騎兵たちが、例のM町のアゴヒゲの警備隊長に「おまえの出世の機会になるかも知れんぞ?」と昇進をちらつかせて、ガバロスたちを雇った町村に行かせてガバロスたちの労働条件などを視察させたので、ガバロスたちを非道的に扱う者もでなかった。
ガバロスたちは、一族の命運が彼らの働きにかかっていると知っているために、どんなキツイ仕事も、キケンな仕事も、キタナイ仕事も、イヤな顔ひとつせずにマジメに働いた。
本来、力もあり、知恵もふつうにあることもあって、初めは胡散臭げな顔で雇ったエルフの農場主や土木工事や清掃請負店の親方たちは、次第にガバロスの仕事ぶりを高評価するようになり、口コミで労働力としてのガバロスたちの優秀さが広まると、ガバロスは引っ張りだこになり、賃金も3Kにふさわしい対価が払われるようになたのだが、それはもう少し後の話だ。
そして、O村の西の山奥に作られつつあるガバロスの新集落の名前は、どういうわけか『ルークヘルム』という名前がつけられることになった。
ルークは自分の名前をつけるなんて、と遠慮したのだが、アマンダがルークにその理由を説明してくれた。
「アーレリュンケンさんは、本当は私の名前をとって『アマンダヘルム』ってつけたい、と言ったのですけど、それじゃあせっかくガバロスたちを救うために力を貸してくれているアンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女さまがね... だから、ルークヘルムにしなさいって言ったのです!」
それを聞いて、ルークも渋々承知せざるを得なかった。
まあ、『アマンダヘルム』なんて付けられたら、ガバロスたちのために持参金まで出して食料を買ってあげた王女たちも複雑な気持ちになるだろうが、将来の自分たちの夫の名前であれば、誇りにこそ思え嫌な顔はしないだろう。
出稼ぎ部隊となったガバロスたちが、マジメな労働で稼いだ金で食料を買うことが出来るようになったこともあり、ルークヘルムの開拓部隊も安心して毎日汗水をたらして、女も子どもも朝から晩まで森を切り拓き、畑を作り、道を作り、切った森の木を使って新たな集落の建設にがんばっていた。
なにより、今回は男だけでなく女も来たので、以前のような不衛生でどこでも好きなところにオシッコやウ〇チをすることは厳禁となりに、ちゃんとトイレが作られた。
ルークが、下肥の利用法をガバロスたちに教えると、ガバロスたちは下肥のメリットを聞いて「ヤッテ見ル!」と真剣な顔でうなずいたのに対し、アマンダたち妻やアンジェリーヌ王女たちは、とてもおどろいていた。
「ルークさま、魔王でしたころ...いえ、以前は、そのような知識がおありなんて夢にも思いませんでしたわ...」
「本当に、どこでそのような知識を得られたのですか?」
「それとも、すでに知っておられた?」
「だけど教える機会も条件もなかったのですか?」
妻たちが知りたがったが...
当分の間はヒミツだ。
いや、永遠にヒミツかな…
* * * *
1ヵ月後-
ルークたちはようやくガバロス問題を解決して、O村を出発してホルモールの別邸へと向かう街道を走っていた。
アンジェリーヌ王女は、O村を出発する前に結婚式をガバロスたちに奪われたナボロの娘に金貨20枚をあたえた。アーレリュンケン族長と話して、彼らが稼ぐ金で分割払いでアンジェリーヌ王女に返すことになった。
ミタンから出発した時と同じように、ルークとアマンダとプリシルは馬に乗り、王女さまたちと侍女四人 、そしてルークの妻のリリスとハウェンと子どもたちは馬車の中だ。
アルビオンたち近衛騎兵20騎、前後について走っている。
O村でのガバロスたちとの戦いで、アンジェリーヌとジョスリーヌが、それぞれかなり攻撃力のある魔法を使えるようになった。まさか王女二人が、そんなスキルを持っていたとは想像もしなかっただけに、ルークにとってはサプライズだった。
そして、ちょっと信じがたいことだが、王女二人が潜在的に持っていた、あるいはその能力を目覚めさせたのは、今、馬車の中でプリシルの白く豊かでうつくしいオッパイにしゃぶりついている自分の娘マイレィだということもルークはわかっていた。
それとリリスの治癒スキル。
あれにもおどろいた。前に彼が魔王だった世界では、ごくわずかな魔術師たちが治癒魔法能力を持っているのは知っていたし、残念な事にいっしょにこの世界に連れて来ることのできなかった第一魔妃の子どもがいつの間にか仲良くなっていたエルフの女の子の母親- とてつもない超絶魔術師だったが- も、やはり無くした手足を再生したり、瀕死の重傷者を回復させたりするほどのスゴイ治癒能力を持っていたと聞いた。
剣をとっては無双のアマンダ。
弓の名手のプリシル。
アンジェリーヌとジョスリーヌの魔法。
リリスの驚異的な治癒能力。
そして、潜在能力を目覚めさせることのできるマイレィ。
あと、残るのはハウェンとルファエルだけだ。
いったい、この二人はどんなスキルを持っているのだろう...
とにかく、これだけの戦闘能力とスキルを持っているのだから、ヴァン大湿原で、どのような事態になっても対処できると考えると、ルークもそれほど大湿原のバケモノと恐れられているドワーヴァリのことをあまり心配しなかった。
そして太陽が真上に来たころ―
ルークたちの目の前にはヴァン湿原が広がっていた。
大小の沼が無数に散在し、沼でないところもあり、森みたいなところも点在するが、地面が軟すぎるために足がぬかってしまうとアルビオンが言っていた。
たとえ勇猛な近衛騎兵といえど、このような悪条件のところでは数多くのドワーヴァリやヴァナグリーと満足に戦うことはできないだろう。
「それでは、怪物対策のヒミツ兵器を用意します!」
アルビオンが、馬車のすぐ前を馬で行くルークに知らせると、すぐに部下たちに下知した。
「例のモノに火をつけろ!」
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」
近衛騎兵たちは首にかけていたスカーフで口と鼻を覆うと、鞍の後に積んでいた松明みたいなものを取り出し、発火具で火を点けた。馬車の屋根の四方の角にもおなじ松明みたいなものが付けられ、それにも火が点けられる。
ルークもアマンダたちもスカーフで口と鼻を覆い、馬車の中にいる王女たちやリリスたちも窓を急いで閉め、鼻と口をスカーフで覆う。
たちまち松明からもくもくと大量の煙が出はじめた。
運よく、風は進行方向から吹くそよ風だ。
「行くぞ!」
アルビオンの号令で、隊列の先頭を三騎の近衛騎兵がもくもくと白い煙を出し続ける松明を片手に、駆け足― 分速340メートル程― で、パカッパカッパカッと走りはじめた。
隊列の両端を走る近衛騎兵も松明からもうもうと白い煙を出しながら駆け足で急いで走っている。
* * * *
「そうですな... まだどの程度そのヴァン湿原のバケモノたちに利くか、試したことがないので分かりませんのじゃが、イヌ、ネコは言うに及ばず、ブタもウシも鼻を曲げるほどの悪臭ですので、ヴァン湿原のバケモノたちも沼の中に逃げてしまうかも知れませんぞ!」
ルークは、ホルモールの別邸へ向けて出発する前夜、「ヴァン湿原のバケモノ対策に、よい方法を知っているかも知れません」と言うアルビオンとともに、城下町に研究所を持つバーボン王のお抱え錬金術師であるという年老いたエルフを訪ねていた。
アルビオンがヴァン湿原のバケモノなどの行動をかく乱し、近寄らないようにさせる香料などないか訊いたところ、「まだ研究中ですがな」とその老エルフ学者は断って、研究室の棚から小さな瓶をとり、フタを開けて中にはいっていた黒いネバネバした液体を細い木の棒の先に巻きつけた布切れにつけると、それに発火具で火を点けた。
布切れに火がつくと、すぐにもくもくと白い煙が出はじめた
「ウヘ~ッ、ゲホ、ゲホ! なんですか、この臭くて目から涙が止まらないモノは?」
「ああ、これはウィド酸とトコール、それにアルンとカラビバを混ぜたものですじゃ!」
あとでその老エルフ錬金術師- トゥンシー師と言う名前らしい- から、成分を聞いたところ、木を燃やしたあとに出る酸や黒い油、それに香辛料などを混ぜたものだそうだ。
それを松明に染みこませたものを何本かヴァン湿原のドワーヴァリ対策に 持って行くことになった。
「はたして効くかどうかはわかりませんぞ? ワーッハッハッハ!」と老エルフは大笑いした。
* * * *
パカッパカッパカッ......
ガラガラガラハラ ......
ルークたちと近衛騎兵隊と馬車は、もうもうとした白い煙に包まれながら、ヴァン湿原の真っ只中を通る街道を全速力で走っていた。
隊列の先頭を松明を持つ近衛騎兵たちが駆け、ルークとアルビオンが並んですぐ後ろを駆けている。
二人とも『激辛悪臭煙』のため、目から涙を滝のように流しながらも、左右の湿原に注意している。
彼らの後ろには、ドレス姿のアマンダとプリシルが続いている。
彼女たちはジャケットとズボンを着たがったのだが、当然、彼女たちの胸のサイズとオシリのサイズに合う女性用ジャケットもズボンもないので、ドレスを着て、その下にスパッツのような形でドロワーズを履いて馬に乗っていた。
すでに湿原地帯にはいってから、5キロほど進んでいる。
このままバケモノたちが現れなかったら、あと30分もすれば別邸に到着出来る。
「さすがに、湿原のバケモノどもも、この激辛悪臭煙にはぶったまげたと見えるな! フワッハッハ......」
アルビオンが大笑いをしかけて途中で止まった。
見ると、前方3百メートルほどのところに、一匹のバケモノがいた!