#4‐18 ダエユーネフ戦役②
ダエユーネフ艦隊が全滅させられ、東岸を守備していたオルハル子爵が兵とともにルークドゥル軍に投降したという情報は、ディアマトマム大統領と貴族たちを打ちのめした。
「『ルーク軍は、イシルレン湾の南部から16万の大軍で上陸した』、と子爵からの手紙には書いてあるが、それは本当なのか?」
ギルレウム伯爵が伝令として送られた騎士に訊く。
「はい。見渡す限りの大軍でした」
「オルハル子爵は3万5千の兵をもっていたにも関わらず、戦うことを避けてルーク軍に降伏したと言うのか?」
「はい。ルークドゥル軍の司令官だという貴族から“話し合いがしたい”という申込がありまして、ルーク軍から5人の者が子爵さまの屋敷を訪れて来まして...」
ドルンという騎士は、クール・ゴールデンロード大公という貴族が4人の美女とともにオルハル子爵と話し合いをしたいと言ってやって来たと語った。
「何っ?たった4人?それも女ばかり!」
ギルレウム伯爵が目を剥かんばかりにして驚く。
「不用心というか、馬鹿と言うか...」
カルヤム子爵が、信じられないといった顔だ。
「それに、ゴールデンロードという大公は仮面をかぶっておりましした」
「なに?仮面を?」
「はい。なんでも戦いで顔にひどい火傷を負ったのでそれを隠すためだそうです。しかし、あの美女たちは、いずれも普通の女性ではありませんでした」
ドルンは、ゴールデンロード大公の仮面のことはどうでもいいらしく、常にゴールデンロード大公のそばにいて目を光らせていた、紫がかった青髪の美女のことを、まるで自分の恋人を自慢するように話しはじめた。
その美女はかなり凄腕の剣士らしく、美しい菫色の目であたりを油断なく見ていたそうだ。
もうひとりは紫の髪と金色の瞳の美女、三人目がブラウンの髪と緑のの瞳の美女、四人目が黒髪と瞳の美女、五人目が白い髪と青い瞳の美女で、黒髪の美女と白い髪の美女は、間違いなく魔術師だと言った。
「つまり、そのゴールデンロード大公とやらは、凄腕の女剣士と魔術師を護衛に連れて来たというわけか!」
「はい。それにしても彼女たちはとても美しかったです」
ドルンはそう言って、クール大公の護衛の美女たちを思い出しているように、うっとりした顔をした。
「ゴールデンロード大公などと言う名前は聞いたことがありませんね」
「わたくしも聞いたことがありませんな。ディアマトマム大統領」
「もしかすると、ルークドゥル国の誰かが仮面をかぶって交渉に来たのかも知れませんな」
「それだけ凄腕の女剣士と女魔術師たちを引き連れていたと言うと...」
「スティルヴィッシュ伯爵かも知れませんね」
そして、その仮面の大公とオルハル子爵がほかの者は誰も入れずに話し合った結果、オルハル子爵はルークドゥル軍に投降することとなり、子爵の兵たちは全員ルークドゥル軍に加わることになったとドルンは言った。
「な、何っ!ルークドゥル軍に加わったと?敵に寝返ったという事か!」
ガタン!と音を立てて椅子を倒し、ギルレウム伯爵が立ち上がった。
「はい。16万の大軍と戦っても勝ち目はないし、ルークドゥル軍に投降し、味方に加わる者には今までの権益を保証すると記されたルーク王の約定書を子爵さまに見せたそうです」
「投降しただけでなく、ルークドゥル軍に参加することになったとは!...」
ディアマトマム大統領が絶句する。
「オルハル子爵の兵を加えると、敵の兵力は20万になりますね...」
カルヤム子爵のつぶやきに誰も答えなかった。
「それでは、私はオルハル子爵さまのお手紙を届け、詳細もお知らせしましたのでイシルレンへ帰ります。この次お会いする時は、おたがい敵味方となると思いますが... ディアマトマム大統領閣下も早くルークドゥル軍と交渉をして参加に入った方がいいと思います。それでは失礼いたします」
ドルンは腕を胸に当てて一礼をするとスタスタと部屋から出ていった。
ディアマトマム大統領もギルレウム伯爵もカルヤム子爵も、会議室にいた者は何も言わなかった。
ただ、茫然と騎士が出て行くのを見ていただけだった。
ドドド―――――ン……
その時、遠雷のような音が響いた。
窓ガラスがビリビリ…と震える。
「... むっ こちらでも戦いが始まったようですな!」
ギルレウム伯爵がわれに返ったように言った。
「クルフォルム侯爵の軍が新兵器『大砲』で攻撃を始めたのでしょう!」
カルヤム子爵が勢い込んで言う。
「塔に行って、ルークドゥル軍が侯爵殿の軍の大砲に蹴散らされているところを見物するとするか!」
ギルレウム伯爵が椅子から立って急ぎ足で塔へ向かう。
「私も行きます」
「我輩も行って見よう」
カルヤム子爵やほかの者たちもゾロゾロと会議室から出て塔へ向かう。
ドドドドド―――――ン……
ドドドドドドド―――――ン……
砲声が絶え間なく続き、天井の石の間から煤だか何だかわからないものがパラパラと落ちる。
長い廊下を渡り、右折左折し、塔へと続く外壁の通路に出た時、一人の兵が前から走って来るのが見えた。
犬族の兵は伯爵たちを見ると立ち止まり、真っ青な顔で告げた。
「伯爵さま、クルフォルム侯爵さまの軍が敵の大砲の猛撃を受けて、城へ退却して来ていますっ!」
「何っ? 侯爵軍が退却して来ている?」
犬族の兵を押しのけて、クルフォルム侯爵は急いで外壁の通路を走り、塔の階段を駆けのぼりはじめる。
ドドドドドドド―――――ン……
ドドドドドドドドド―――――ン……
砲撃の音はまだ続いている。
「ハァ ハァ ハァ...... !!」
息を切らせながら塔の最上階にたどり着いた侯爵が見たものは―
クルフォルム侯爵軍の陣地だったと思われるところに散乱している最新兵器『大砲』の砲身と、数えきれないほどの味方の兵たちが斃れている光景だった。
そして必死に城に向かって逃げて来る味方の兵たち。
それを追撃しているルークドゥル軍の騎兵隊たち。
パパ――ン
パパパパ――ン
パパパパパパ――ン
乾いたような音がすると、逃げているクルフォルム侯爵軍の兵たちがバタバタと倒される。
見ると、ルークドゥル軍の騎兵たちは長く黒い筒のようなモノで撃っているようだ。
「あれは何だ?!」
「ボウガンではありません!」
「ボウガンは、あんな音を出さ!」
パ――ン
パパパ――ン
パパパパパパ――ン
城に続く通路にたどり着く前にバタバタと倒される兵たち。
「クソっ!あの兵器は何だ!」
ギルレウム伯爵が地団太を踏む。
それでも、ようやく先頭の兵たちは跳ね橋にたどり着き、安全な城内にはいったようだ。
しかし、ルークドゥル軍の騎兵隊はクルフォルム侯爵軍の後尾に追いつき、槍や剣で味方の兵たちを倒しはじめた。
「まずい。跳ね橋を下ろしたままだと敵に乗りこまれる。跳ね橋を早く上ねば!」
「しかし、侯爵殿の兵はまだ全員...」
ギルレウム伯爵の言葉にカルヤム子爵が味方の兵を締め出すのか、といった顔で言いかけた時、
跳ね橋がギギギギ―――っと上げられた!
味方の兵たちで跳ね橋にいた者はそのまますべって城門に達したが、跳ね橋にあと一歩といったところにいた兵たちは、絶叫をあげて30メートルもある空堀に落ちて行った。
おそらく50名ほど落ちたであろう。
ルークドゥル軍の騎兵隊は、城の城壁や塔にある狭間からの矢が届く距離の外から、残されたクルフォルム侯爵軍を蹂躙しはじめた。
間もなく、残ったクルフォルム侯爵軍の兵たちは武器をすてて抵抗を止めた。
跳ね橋が上げられ、味方から見捨てられた彼らには、これ以上戦う意味はなかった。
ナスガアル城の城壁や塔から味方の貴族や兵たちが見ている中で、クルフォルム侯爵軍の兵たちは城門を前にして捕虜となってルークドゥル軍の騎兵隊たちに囲まれて連れて行かれた。
あとには累々とした屍しか残らなかった。




