#12 神の盤②
ルークたちは、ハイラガズ山にいた。
目の前には“神の盤”があった。
複雑な模様が円形状に描かれた大きな石の台の中央にあるそれは、直径40センチほどのものだった。
近寄って見ると、“神の盤”とガバロスたちが呼んでいるものは、何枚かのサイズが違う丸い石板が重ねられたモノだった。
そして、“神の盤”の周囲の円形は黒ずんだ石で出来ていて、そこに東側と西側の斜面にある磨かれた石が、ちょうどミラーのように正午近い暑い日差しを反射していた。
“なんだ、これは... まるでソーラーパネルみたいじゃないか? それに、この複雑奇怪な文字や記号... これは魔法陣だ”
しかし、前世のテクノロジーのことや魔法陣のことなど、誰もわかるわけはないので黙っていた。
「つまり、おまえたちが、この“神の盤”をいじったら、あの村の西の山中に行けたというわけだな?」
そう言って、たった今、通って来た川がそばにある森をふり返って見た。
「ソウダ ドラッゲン ガ イジッテ アノ森ヘノ 道ガ 開イタ」
「オレデス」
荷物を運ぶために連れて来たガバロスの中の一匹が手を上げた。
ドラッゲンという、そのガバロスの話によると、“神の盤”の円盤を何回か回しているうちに、通路が開いたのだそうだ。
「あら、ここに書いてあるのは、『神聖アールヴ文字』みたい...」
アンジェリーヌ王女が、円の一番外周や内側にびっしりと刻まれている模様を見て声を上げた。
「『神聖アールヴ文字』に違いないわ、お姉さま!」
ジョスリーヌ王女も確認した。
「なに、その『神聖アールヴ文字』って言うのは?」
「ああ、アマンダさん、『神聖アールヴ文字』は、創造主さまの教えを記した古代のエルフ文字なのですよ」
「古代の経典に使われている文字で、今でも敬虔なエテルナール教の信徒は『神聖アールヴ文字』で書かれた経典を読みますし、私たちも少しは読めますのよ!」
「ええっ!こんなグチャグチャした文字が読めるの?」
「「はい。読めます!」」
二人の王女の怪しげな『神聖アールヴ文字』読解能力をフルパワーにして、魔法陣に書かれてあること― いわば取扱説明書だ― を解読した結果、中心軸の周りを回る円盤は、一番上にある円盤で、テルースの世界の経度と緯度を大まかに決め、その下にある三段の円盤で細かい位置を決めるということがわかった。
ただし―
誰もミタン王国の経度も緯度も知らなければ、ほかの国のも知らない― という問題に突き当たった。
ドラッゲンがいいかげんに円盤を回し、魔法陣を起動させて開いたのが、運よく、あの村に近い山中だったというわけだ。
それに、この魔法陣はどうやら太陽の光で稼働するらしいが、二十日間ほど使うと動力- ルークはたぶんソーラーパネルで充電すると考えている- が切れて、通り道は閉鎖してしまうが、十日ほど充電すると、また稼働するとわかった。
そこまでわかるのに、昼食をはさんで2時間ほどかかってしまった。
こんな不思議で便利な器具を、いったい誰がどのような目的で、こんな場所に置いたのかわからない。
とにかく、このハイラガズ山と村の西の山中を繋ぐルートのことは、しばらくの間、“極秘”にしておかなければならない。
ルークはアマンダたち、王女二人、それにアルビオンと近衛騎兵たちを集めて、この発見はとてつもない大発見で、“神の盤”の使い方が詳しくわかるまでは、この場所を誰にも知られてはならないと話した。
「ガバロスたちの窮状を助けるために、バーボン王にお願いして食料を送ってくれるように頼もう」
バーボン王がガバロスたちに食料を送って窮状から救ったとしても、王にもミタン王国にも見返りはない。
だが、“神の盤”はとてつもないメリットを、それを持つ者にもたらすことは確実だ。
“これは先行投資なのだ。だが、果たしてバーボン王は、それを理解してくれるだろうか…”
ルークがそう考えていたら、またしてもアンジェリーヌ王女が手をあげた。
「ガバロスさんたちが必要な食料、私とジョスリーヌが買います!」
「ナヌッ?!」
「「「ガヌッ???」」」
離れたところにいたアーレリュンケンとドラッゲンたちが聞いておどろき、
「「「「「「えええ―――――っ?!」」」」」」
アルビオンたち近衛騎兵が目をむいた。
「お、王女さまっ、このガバロスたちの数は、昨夜の戦いで生き残った140匹だけではないのですよ?」
「集落ニハ アト 2千人 ホド イル...」
「ということは、いったい、どれだけの食料が必要になるのかしら?」
「アンジェリーヌ王女さま、2千人だと、一日あたり1千キロほどの食料が必要になりますね...」
さすが近衛騎兵の分隊長さんだけあって、兵糧の計算になれているのだろう、即座にアルビオンが数字を出した。
「ええっ? 1日で1千キロ? それって、どれくらいの量かよくわからないけど、こんな山奥まで担いで来なければならないのでしょう?」
「そうですね。ほかに方法はありませんから。1週間分で7千キロ、1ヶ月分で3万キロになりますので、アベナ麦1キログラムが約銀貨1枚だとすると、一ヶ月分で銀貨3万枚... 金貨にして1500枚になりますね」
「「えええ――――っ!」」
アンジェリーヌとジョスリーヌがおどろいている。
「わ、わかりましたわ。それじゃあ、取りあえず1ヶ月分を買うということ...」
「いや、アンジェリーヌ王女さま。少し待ってください。金貨1500枚って、かなりの大金です。お父上に無心されるにしても...」
「いえ、それは大丈夫ですわ、ルークさま。お父さまとお母さまからは、今回の旅に出るときに持参金として、かなりの金貨をいただいて来ていますから!」
「そうです。お姉さまと私がルークさまと... いえ、何でもありません。とにかく、お金はあります!」
ジョスリーヌがあやうく口を滑らせそうになったが…
「はは~ん。ルークさまと結婚する時の支度金と言うわけね?」
「ということは、王女さまたちはもう結婚しないでミタン城に帰ることは出来ないと言う事ですか?」
バカではないアマンダたちが、すぐなぜ王女姉妹がそんな大金をバーボン王から預かって来たかがわかった。
「......... そういうことになります...」
「ということになります」
二人の王女が認めた。
「ふむ... 王女さまたちの優しい心は理解できますが、そこまでする必要はないと思う」
「「えっ??」」
ルークの言葉に王女姉妹がおどろく。
「リュンケンミセリ山脈に住むガバロスたちを、ここに連れて来て、この地を開墾させて作物を植えさせればいい。そうでもしないと、いくら食料を買ってあげてもキリがないだろう」
「ナヌッ?!」
「「「ガヌッ???」」」
離れたところにいたアーレリュンケンとドラッゲンたちが聞いておどろき、
「「「「「「えええ―――――っ?!」」」」」」
王女たちと近衛騎兵たちと妻たちがおどろいた。
「見たところ、この山地の土壌は肥沃なようです。農作に詳しい村人たちの教えを受けて畑を作れば、2千人くらいを食べさせるだけの食料は自給自足できるだろう。開墾作業に半分のガバロスを向け、残りは近隣の町村の農場や建設、道路工事などで働かせてもらえば、日給をもらえるので飢え死にすることはないし、稼いだ金で食料を買い、ここに持ってくればいい」
「ソレハ イイ考エダガ えるふタチ ハ ガバロス ガ ココニ 住ミ着ク コトヲ 認メルノカ?」
「「「ソウダ ソウダ」」」
離れたところにいたアーレリュンケンとドラッゲンたちがルークに訊く。
「このままガバロスたちを放置して、また作物を盗まれたり、牛や馬を食べられたりするよりマシだろう?」
「そうです。バロスさんたちを放置して、またおブタやニワトリを食べられるよりマシです!」
「まあ、エルフの人口は少ないから、力仕事やちょっと危険な仕事、キタナイ仕事をガバロスたちがやってくれるというのなら、エルフたちもよろこぶだろうぜ!」
アルビオンの言葉でルークの提案は実行に移されることになった。