#4‐15 ボットランド海海戦②
ルークドゥル艦隊はボットランド海にはいったばかリだった。
「敵艦隊との距離、約10マイル!」
「敵艦隊との距離、約10マイル!」
将校が檣楼からの情報を伝える。
高さが40メートルもある檣楼(マストの見張り台)からの視認距離は、天気が良ければ10マイルを超える。相手が高いマストと帆を持つ帆船であれば、視認確認距離はさらに伸び14マイルほどにもなる。レーダーなどない時代、檣楼からの見張りは必要不可欠だ。
檣楼よりずっと低い位置にある後部甲板からも、水平線から風を孕んだ帆を大きく広げた敵の帆船が次々と現れるのが視認できる。
「わが方の速度は?」
「速度測れ――っ!」
艦長の命令を副長が伝える。
「ただいま約10ノットです。ルインギル艦長!」
数分後、副長が艦長に答える。
「ふむ。では1時間ちょっとでダエユーネフ艦隊と遭遇することになるな...」
「はい、提督。正確には1時間と4分で、わが艦隊の有効射程距離にはいります」
ルインギル艦長が素早く計算する。
コンピューターのない時代、航海士や艦長は計算が早いことが求められる。
帆船の速度は、船首から木のチップを投げ、船の長さをチップが通過するのに必要とした時間を測ることで1メートルを進む秒数を計算することで時速がわかる。
......
......
ダエユーネフ艦隊のゾロメーヌ提督は、望遠鏡で水平線から次々と姿を現すルークドゥル艦隊を見ていた。
「ルークドゥル艦隊は30隻ほどか。わが艦隊とほぼ同じだな...」
「はい。しかし、こちらには新式の大砲を装備していますので、400メートルの距離に近づけば一斉砲撃することができまぞ!」
「だが、ルークドゥル艦隊も大砲を装備しているであろう、イガワリィ艦長。彼らも大砲を作っていると聞いているからな」
「それは私も聞いております。では、これはテルースの世界初の大砲を使った海戦となりますな!」
「そうなるだろう...」
ゾロメーヌ提督は、ルークドゥル艦隊の装備について考えていた。
ルークドゥル国の技術力は決してあなどれない。なんでも西ディアローム帝国やラーシャアグロス王国などから、優秀な科学者や錬金術師を集めて新兵器の研究・開発を進めていると聞いている。
“はたして、ルークドゥル艦隊の装備はどの程度の威力をもっているのか...”
イガワリィ艦長が、やたらとダエユーネフ艦に積載された新式大砲を誇らしげに言う裏には、ゾロメーヌ提督と同様に一抹の不安があるからだとわかっていた。
しかし、軍人が戦いに臨むにあたって弱音を吐くことはできないし、臆病であってもならない。
「敵艦隊との距離、8マイルっ!」
将校が檣楼の見張りからの報告を大声で艦長に伝えた。
40分後。
双方の艦隊の距離は相手の乗組員の姿が肉眼で見えるほどに近づいた。
ダエユーネフ艦隊との距離が2マイルを切った時、ルインギル艦長は静かに命令した。
「取舵いっぱい!」
「取舵いっぱ―――い!」
総舵手が反復して舵輪をガラガラと左へ回す。
急速な方向転換で、旗艦“エジル・リンナール号”がギギギギ―――っと音を立てて大きく外側へ傾き、テーブルの上に乗っていた真鍮製の水差しとコップが床に音を立てて転がるが、みんな船体の傾斜で倒れないようにつかまっているので誰も気にしない。
後続の艦も同じコースで取舵をとり、急カーブをする。
「何だっ、あれは?!」
「敵艦隊、進路変更――っ、わが艦隊の前を横切るようです――っ!」
ゾロメーヌ提督が驚いて言うのと、檣楼の見張りからの報告を将校が伝えるのがほぼ同時だった。
「距離は?」
「2マイルを切っていますっ!」
予想もしないルークドゥル艦隊の行動に、目を見開いたまま、しばし考えていたゾロメーヌ提督。
「いかん!わが艦隊も敵艦隊と並行するように針路を変えろっ!」
「はぁ?」
提督の突然の命令に、解せぬという表情の艦長。
「わからんか⁉ わが艦隊の先頭艦から、敵艦隊の集中攻撃を受けるということが!」
「‼ 取舵いっぱ―――いっ!」
衝撃を受けた艦長があわてて命令する。
「取舵いっぱ――い!」
総舵手がガラガラと舵輪を左に忙しく回す。
後続艦も、旗艦に続いて左に回頭する。
ギギギギ―――っと船体が軋む音がし、乗組員は倒れないように手すりなどにしがみつく。
「左舷、砲撃準備せよ!」
メネルヴァルゴ提督が命令を下した。
「左舷、砲撃準備っ!」
「左舷、砲撃準備――っ!」
副長が艦長の命令を伝声管にどなる。
敵艦隊の先頭艦との距離は3千メートルを切り、さらに接近する。
「砲撃始めっ!」
「砲撃始め――っ!」
副長が艦長の命令を伝声管にどなる。
左舷の第二層甲板にずらりと並んだライフル砲。
砲撃準備の命令が伝えられた時から、各砲の砲長は砲撃手に敵艦に照準を合わさせていた。
と言っても、今まで訓練で培って来た経験と目測による照準なのだが。
測距儀もレーダー照準もない時代の艦載砲の照準は、水平照準で横位置を合わせ、目標までの距離によって射角を決める。
敵艦隊はルークドゥル艦隊の針路に合わせるべく右に回転しつつあるから、砲弾の着地点を敵艦の艦首あたりに命中するようにして発射すれば敵艦の真ん中に当たる計算だ。
「砲撃始め――っ!」
伝声管から副長の命令が伝わって来た。
「砲撃開始っ!!!」
砲長が砲撃手に命令する。
ド―――ン!
ドドド―――――ン!
ドドドドドドド―――――ン!
鼓膜が破れるような一斉射撃の轟音。
ライフル砲が一斉に反動でレールの上を後退する。
だが、バネを使った駐退器のためにすぐに定位置にもどる。
もうもうと煙が立ち上る中、砲長が叫ぶ。
「装填急げ――っ!」
尾栓を開け、装填手が空の薬莢を取り出すと、砲員が砲身内に掃除棒を突っ込んで装薬袋の燃え残りを押し出す。
別の砲員ががすぐに次の砲弾を装填助手に渡し、装填手が砲弾を押し込み、尾栓を素早く閉める。
「準備完了っ!」
「撃て――っ!」
ドドドド―――――ン!
ドドドドドドド―――――ン!
ダエユーネフ艦隊は先頭の旗艦が左に回頭しはじめ、それに続く二番艦、三番艦が回頭をはじめていた。
その時、ルークドゥル艦隊の側舷からパッパッパッパッっと一斉に白煙が上がった。
次回は12月28日の予定です。




