#4‐06 ルナレイラ王妃の悩み①
ルナレイラがルークタラス城に来てから3か月後―
ルークタラス城で盛大な結婚式が行われた。まあ、ルーク王の結婚式はいつも盛大なのだが。
ただ、今回の結婚式では、式典に参加した招待客たちを驚かせたことがあった。
それは、亡命に失敗して殺されたと思われていた元ブレストピア国のゲネンドル王が健在であるということを知ったからだ。
…… ◇ …… ◇ ……◇ ……
私はこのヤーダマーの城で平穏に暮らしたいのです...
と固辞するゲネンドル王をマイテ王妃たちの力を借りて、「デルンさま、ルナレイラが元ブレストピア国の王女としてルーク王さまと結婚するのですよ? 健在である父親のデルンさまがルナレイラの手を引いて赤い絨毯の上を歩かないで誰に手を引かせると言うのですか?」と説得し、ようやく結婚式に出ることを承諾したのだ。
華麗な軍服に身を包んだガバロス騎兵百騎が、これも華麗な衣装を着たヴァナグリーに跨って、ドッ、ドッ、ドドッと整然と進んでいる。
沿道は鈴なりの人々で埋まっていた。彼らはもう慣れてしまったヴァナグリーの容姿に拍手を送りながら見ている。
リンリンリンリン…
ガバロス騎兵隊の後に、首に付けられた鈴の音を鳴らせて大聖堂へと続く道を華やかに飾られた王室馬車を牽いて走るのはブレータとギバオーだ。
二匹とも久しぶりの晴れ舞台に、誇らしげに王室馬車を牽いて石畳の道を走っている。王室馬車のあとには、百騎のエルフ騎兵、そして百騎の獣人騎兵と続く。
王室馬車の中にはウエディングドレス姿のルナレイラが緊張した顔があった。
「だいじょうぶよ、ルナレイラさん。あなたは修行中も真面目に頑張ったから!」
座っているルナレイラの白い手袋に包まれた手をにぎって励ましてるのはアンジェリーヌ。
プリシルがルナレイラの付添人としてつけたのだ。
アンジェリーヌはミタン王国の王女として育ったこともあり、王室の風習やマナーに詳しい。
それに妹のジョスリーヌより二つ年上であることもあって、かなり大人だ。
ルナレイラは、招待客のリストをプリシルから見せられた時すごく驚いた。
総勢千人は超えると思われる招待客の中には、西ディアローム帝国のドリアンスロゥプ皇帝ならびジャブイ皇后以下、同国の主な貴族たち。ラーシャアグロス王国のモモコ大王以下、同国の主な貴族たち。
ボードニアン王国のオルガス王ならびシラ・エレン王妃以下、同国の主な貴族たち。
そして、当然ながらルークドゥル勇者王国の重臣たちと主な貴族たち。
それだけでも結婚式当日に受ける祝福のあいさつなどへの対応がたいへんなのに、加えて今回はエテルナール教のアガピウス教皇さまが特別に参加すると聞いて... 正直言ってルナレイラはビビった。
アガピウス教皇は、今まで度々ルークから結婚式への招待状を受けていたが、距離が遠すぎることと、ルークがブレストピア王国とマビンハミアン帝国を征服したことから、たとえこの二国が東ディアローム帝国の傀儡国家であるとわかっていても、教皇は恐れを感じたのだ。
しかし、今回、東ディアローム帝国と傀儡国の大軍による侵略計画を見事に阻止し、ルークはその力をまざまざと内外に見せつけた。それを見てアガピウス教皇は、“ルーク王と良好な関係を持つの今後のためにも賢明だ”と考え直した。
「王であれ王妃であれ教皇であれ、王冠やミトラを外して、真っ裸になったらヴァナグリーと変わらないわ!」
アンジェリーヌの横に座っているソフィエッタが、エメラルド色の目をクリクリしながら言う。
ソフィエッタはプリシルにたのんでアンジェリーヌといっしょにいた。
「フィフィちゃんの言う通りよ。ドリアンスロゥプ皇帝とか、ジャブイ皇后とか、アガピウス教皇とかの顔を見て緊張しそうになったら、彼らがハダカでいるところを想像するのよ!」
「えええっ? ドリアンスロゥプ皇帝とジャブイ皇后とアガピウス教皇さまのハダカ?」
驚いた顔になったルナレイラだったが、次の瞬間、プ―――っと吹き出した。
きゃーっはっはっは――っ!
涙を目ににじませて笑い続けるルナレイラ。
後ろの座席に座っていたお付きの侍女たちまでが笑いを堪えきれずに笑っている。
「はいはい。笑っているうちに着いたわよ。降りる前に、笑い過ぎて涙で落ちてしまったお化粧を直しましょうね!」
テキパキとお化粧を直すアンジェリーヌをルナレイラは尊敬の目で見ていた。
「あーん!アンジェリーヌ、私のお化粧も直してェ!」
「あら、フィフィちゃんのお化粧はだいじょうぶじゃない?」
「でも、ほらっ、ブツブツがほっぺに出ているから...」
「あら、本当!フィフィちゃんは、いつもすべすべしたお肌だったのに... なぜ、荒れているのかしら?」
「... あのね」
「どうしたの?」
「わたし たぶん 妊娠しちゃったと思うの」
「え? ええええ――――っ!!!」
アンジェリーヌはズッコケるほど驚いた。
ルナレイラも目を丸くしている。
ウエディングガウンのルナレイラ王女
王室馬車の隊列は大聖堂に到着した。
ルナレイラ王女が馬車から降りてアンジェリーヌとソフィエッタに付き添われて、赤絨毯の敷かれた石段をあがると、そこにはゲネンドル王が緊張した面持ちで待っていた。
「!... ル、ルナレイラ... 何と美しい花嫁に...」
あとは言葉にならなかった。幾筋もの涙がゲネンドル王の頬を流れ落ちた。
「お父さまっ!」
ルナレイラがゲネンドル王に抱きつく。
「ルナレイラさん、泣いてはダメよ!」
「は、はい...」
アンジェリーヌが注意するが...
滂沱と流れる涙を誰も止めることができなかった。
5分ほど思いっきりルナレイラに涙を流させたあとで-
大聖堂のホールに入る前にアンジェリーヌは侍女たちの手を借りてまたお化粧直しをするハメになってしまった。大聖堂の中では音楽隊がすでに音楽を鳴らしている。
招待客たちは、みんな首を後ろに回して入口の方を見ている。
だがアンジェリーヌは少しも急がなかった。結婚式に花嫁が遅れて来るのは、どこの世界でも同じなのだ。
そして待つこと30分。
ルナレイラはゲネンドル王に手を引かれて大聖堂の大きな青銅の扉をくぐった。
オオオオオオオオ――――………!
「おお! あれはゲネンドル王とマイテ王妃ではないか?」
「あら、生きていらっしゃったのね!」
「ゲネンドル王の横にいるのは、ラーニア王妃とモナじゃなくて?」
「カリブ王子も無事だったのか!?」
大聖堂のホールを埋め尽くした招待客たちが一斉に驚きの声を発した。
それはルナレイラの美しい花嫁姿への感嘆の声だけではなかった。
すでに死んだと思っていたゲネンドル王を見たからだ。招待客の中には、椅子から立ち上がってゲネンドル王を確認しようとする者が続出した。
その多くが、元ブレストピア国の貴族たちだった。彼らは美しい花嫁姿のルナレイラを見たゲネンドル王のごとく、元王を見て滂沱と涙を流した。
招待客たちが見つめる中で、緊張と幸福の入り混じった顔で赤絨毯の上を進むルナレイラ。
音楽隊の音楽は止み、代わりに合唱団が創造主賛歌を美しい声で歌っている。
赤い絨毯の先にはルークが華麗な衣装を着て黄金の王冠をかぶり、これも黄金製の王杓を手にもって笑顔でルナレイラを待っているのが見える。
檀上にはアイフィが白いトゥニカを着てスタンバイしている。
ゲネンドルはルナレイラの上を踏まないように少し斜め前方を歩いているが、何だか足がガクガクしているようだ。
「お父さま...」
「お、おう、どうした。ルナも緊張しているのか...」
二人の会話は招待客たちのざわめきと合唱団の歌のためほかの者には聴こえない。
「ドリアンスロゥプ皇帝とジャブイ皇后とアガピウス教皇のハダカを想像してみてください」
「うん?...」
一瞬、怪訝な顔をしたゲネンドルは、次の瞬間ニヤリと笑った。
二人を見ていた招待客たちは、ゲネンドル王が幸せのあまりニッコリと笑ったのだと思った。
すっかり緊張のほぐれたゲネンドルは、祭壇の前で待っているルークにルナレイラを渡した。
「有難うございます。ゲネンドル殿。ルナレイラはきっと幸せにします」
「よろしくお願いする」
そう言って、ゲネンドルはマイテたちが座っている新婦家族の席の方へ歩いたが、その途中で最前席に座っているドリアンスロゥプ皇帝とジャブイ皇后とアガピウス教皇を見て、先ほど娘が言った言葉をもう一度思い出し満面に笑いを浮かべて会釈をした。
西ディアローム帝国の皇帝夫妻とアガピウス教皇は、同じように会釈し、彼に向かって微笑んだ。
アイフィ・テフ神教官による祭司で創造主へのお祈りが行われ、ルークとルナレイラによる誓いの言葉が述べられ、指輪の交換のあとで、誰もが待っていた誓いのキスだ。
ルークが贈ったダイヤモンドを散らばめたティアラの下のヴェールをめくると、その下には少し緊張した美しい顔があった。
二重の大きな目、長い睫毛。
きゅっとしまった小さなあご。
そしてツヤのあるピンクの唇。
ルークの唇が迫って来た時、ルナレイラは長い睫毛を伏せて目を瞑った。




