#11 神の盤①
負傷した村の者たちや、ガバロスたちが運ばれていた礼拝堂前の広場に行くと、そこで信じられないような光景を目にした。
何と、矢傷が治った、槍傷が治ったと村の男たちが騒いでおり、ガバロスたちも、切られた腕が元にもどったとか、足が元にもどったとか、火傷が治ったと叫んだり、村人と抱き合ったり、手をとりあって泣いたりしていたのだ。
村人たちやガバロスたちが平伏してリリスに感謝している。
リリスは「うん、うん。良かったね!」「これでまた働けるわね!」などと言いながら、全身に大火傷を負ったガバロス戦士の上に手をかざしている。
リリスの手から、淡い光のようなものが地面に寝かされ、ウンウン唸っているガバロス戦士の体に当たると... なんと、火傷が見る見るうちに治っていった。
「はい。正面は治ったわ。うつ伏せになって。今度は背中側よ!」
「ガッ。ハイ」
「ガッ!」
そばにいたガバロス二人が、大火傷を負っていたガバロスをひっくり返す。
「イタい、イタい!モッとユックリしてクレ」
つい今しがたまで唸って死にそうになっていた戦士が文句を言えるようになっていた。
数分後、戦士は完全に治っていた。
どうやら、リリスはとんでもない治癒スキルをもっているようだ。
翌朝から、村はかってないほど賑やかで活気のある村になっていた。
続々と食料や家畜などを積んだ馬車が到着し、これも近隣の町村から運びこまれた材料や茅を使って屋根の修復が始まっており、賃金が出るとあって村の男たちや働ける女子どもたちまでが、ほとんどなくなってしまった屋根を修復していた。
ガバロスの戦士たちは、ルークたちの指示に従って、作物の種を植える作業をさせられていた。
彼らは基本的に狩りと採集で暮らしているが、小規模な農耕もやっているとのことで、村長たちがおどろくほどの仕事ぶりだった。
そのころ―
ルークたちは西の山の奥深いところ-着くまでに3時間ほどかかった- にある、ガバロスたちの巣窟にいた。アーレリュンケンと彼の部下のガバロス3匹、それにアルビオンとアキリオンの兄弟もいっしょだ。
ガルビオンは、ほかの近衛騎兵たちと村に残った。
一時しのぎに作ったということが一目でわかる、雑な作りの小屋やボロ布を張ったテント風のものが所せましと並んでいる場所は、山から流れて来る川のそばにあった。
「うっぷ... クッサ――い!」
「すごい匂いです――ぅ!」
王女たちが鼻をつまんでいる。
トイレなどは当然作ってないようで、どこでも構わずに用を足しているらしい。
村から奪って来て食べた牛馬、ブタ、ニワトリなどの骨や羽もいたるところに散乱している。
アーレリュンケンは、そこからしばらく歩いた川の上流にルークたちを案内した。
澄んだ水の流れる川がすぐそばにあり、山の斜面が正面にある。
「ココダ。ココカラ、ワシラ ハ 出テ来タ...」
その斜面をアーレリュンケンは指さしたが、そこには山肌に生えている草や灌木以外には何もなかった。
その前の地面は、いつもガバロスたちが来ていたらしく、草が踏みならされているだけだ。
「三カ月前 ワシラ ハ 神ノ盤 デ 開ケラレタ 道ヲ通ッテ ココニ来タ...」
旱魃でそれまで山野で収穫できていた食料となる木の実や種はなくなり、植えていた作物も枯れてしまった。山野に食べるものがなくなったことで、獲物としていた動物たちや鳥たちも死ぬか、どこかへ移動してしまった。
ガバロスたちは、必死になって食べるものを探した。
手分けして、グループに分かれて、四方八方に食べるものを得るために遠くまで探しに行った。
しかし、どこにも見つからなかった。
レウエンシア国とテアスジム国の村や町にまでも行って食べるものを乞うたが、旱魃による影響は、テルースの世界の東北部一帯でも深刻で、誰も狂暴なガバロスになけなしの食料をやる者などなかった。
それに、ガバロスたちは、食料を買うためのお金を持っていなかったのだ。
山野で自然の中で暮らし、物々交換で欲しいものを手に入れていた彼らには通貨などは必要なかったのだ。
そして、あるグループが、それまで足を踏み入れたことのなかった、ハイラガズ山の中腹で奇妙な円盤を発見し、「コレハ何ダ?」とその円盤をあれこれいじっていたら、急にその円盤が光りはじめ、山の崖にどこかの森の風景が現れたのだそうだ。
初めはみんな怖がって、そこから一目散に逃げたが―
好奇心から、しばらくしてまた近寄って行き、そこでその崖に急に現れた森の風景の中に、ビアードを見たのだ。
ビアードは体長1.8メートルほど、重さは150キロほどで、草食性の動物で草や木の葉などを食べる。
体の色はこげ茶色で、オスは1メートルにもなるツノを持っており、その肉が美味であることからガバロスたちも好む獲物だった。
ガバロスたちを見てフリーズしたように止まっているビアード。
オスのビアードらしく、立派なツノをもっている。
ガバロスたちが、棚ぼたのように現れた獲物を逃すはずがなかった。
すぐに弓に矢をつがえ、放った。
狩りになれたガバロスの矢はビアードの急所に当たり、ビアードは倒れた。
久しぶりに肉を食べられるという気持ちが怖さに打ち勝って、ガバロスたちは崖に見える森の風景の中に飛びこんでいった。
矢が通ってビアードに当たったのなら、自分たちも通れると考えたのだ。
彼らは森の風景の中のところに行けた。
そこは今まで見たことのない森だった。
第一、森の木の葉が針のように細く、いつも見慣れてる森の木の幅の広い葉っぱと違った。
その場所は、澄んだ水の流れる川のそばで、すこし開けた草が生えているところだった。
おそらくビアードは、ここに水を飲むために来たのだろう。
後ろを見ると、草や灌木が生えた山の斜面があり、そこから先ほど彼らがいたハイラガズ山が見える。
ガバロスの一人が、斜面に見えるハイラガズ山側に行って... 周りを見てから、またもどって来た。
何が何だかわからないが、とにかく獲物をしとめたのだ。
早速、そこでビアードの血抜きをし、解体してから、枯れ枝を集め火をおこしててから、久しぶりの肉をみんなで味わった。グループは、二人を残ったビアードの肉を燻製処理するために残し、あとはまだ獲物がいないか探すことになった。
結局、そのグループは、ほかにもう2頭のビアードと4頭のジャボウ -イノシシみたいなヤツだそうだ- それに14匹のレビット -耳の長いウサギみたいな小動物-と20羽のピンタダと呼ばれる体重2キロほどの野鳥を狩ることができて、それを苦労して- あまりにも獲物の量が多かったので- 血抜き・解体をして、ガバロスの集落へ持ち帰ったのだそうだ。
集落では大騒ぎになり、アーレリュンケンは即刻、遠征隊を送ることを決定。
百匹のガバロスの男たちからなる遠征隊は、アーレリュンケンに率いられて出発した。
二日半にわたる強行軍のあとで- 通常なら四日はかかる距離だそうだ- 彼らはハイラガズ山の中腹の北側にある額ほどの平たい場所にある“神の盤”の場所に着いた。
斜面に三方を囲まれ、奇妙なことにそれらの東面、西面の斜面の山肌の白い岩は、平に削られ、どういうわけかピカピカに磨かれており、それらの斜面から反射する陽の光が、摩訶不思議な模様が地面に描かれた中央に置かれた“神の盤”に当たるようになっていた。
そして、ここを発見したグループが報告したように、南側の斜面にどこかの森へ続く道が開いていた。
アーレリュンケンは、なぜ、そんな不思議な道がここに開いたのかはあとで調べることにして、早速、森へ渡った。
そこは獲物の宝庫だった。
半日でビアードを25頭、ジャボウ42頭、レビット60匹以上、ピンタダ200羽以上をしとめた。
その日の午後は保存食処理で終わり、翌日の夜明け前に60匹のガバロスたちが“食料”を担いで集落に向かい、残りは狩りを続けることになった。
そして、アーレリュンケンの命令で、集落からは、新たに450匹のガバロスたちがハイラガズ山に向うことになった。
しかし、いくら獲物が豊富だと言っても、500匹近くのガバロスが一斉に狩りをはじめたら、どういう事になるかは誰にでもわかることだ。
そう。連日の狩りが二ヶ月日ほど続いたあと、その森一帯には獲物がいなくなってしまったのだ。
そして、ガバロスは獲物を探して山の中を歩いているうちに、東に山を下りたところにエルフたちの村があり、そこにはかなりの作物や家畜があることを発見した。
それからは、村長がルークたちに語った通り、ガバロスたちの略奪がはじまった。
ガバロスたちは、奪った食料や家畜をどんどんと彼らの集落に運んだ。
そして、それから一週間ほど経ったころ、ある朝起きて見ると、ハイラガズ山への通り道は消えてしまっていた!?
アーレリュンケンもガバロスたちも混乱した。
だが、道はまた開くかも知れない。いや、必ず開くはずだと考えて、その時のために― そうなったら、また食料をリュンケンミセリ山脈のガバロス集落にもって行けるように略奪を続けたのだ。
ルークたちが来て、ガバロスたちを撃退するまで。
「ここにあったという、通り道が消えて何日ほどになるんだ?」
「1ヶ月 ホドニナル...」
「ふーむ... つまり、計算すると、今日がおまえたちがこの森に来て3ヶ月くらいになるということだな?」
「ソウ言エバ ソウナルナ...」
陽はもう高く上っていた。
アマンダたちが、川から水を水筒にいれて飲んでいる。
「この水、冷たくておいしいわ!」
「本当においしいわね!」
アンジェリーヌ王女たちも手ですくって飲んでいる。
ルークたちも河原に行って、喉の渇きを癒し、それを見ながら、そろそろ持って来たトリゴパンの弁当でも食べようかと考えていた時―
「あらっ? これが、アーレリュンケンさんの言っていた通り道じゃないの?」
マイレィに乳をあげようと、涼しい木陰を探すために立ち上がったプリシルが、山の斜面を指さした。
そこには、アーレリュンケンの言った通りの景色が見えていた。
ハイラガズ山から見える、リュンケンミセリ山脈の山々と“神の盤”が複雑な模様が地面に描かれている場所が見えていた。