#4‐05 ルークタラス城の新住人②
新婚早々のヴァスマーヤも、いまだに厳しい修行を続けている。
彼女の場合は、王妃としての教養修行のほかに、ルークドゥル勇者王国の魔術師としての修業もあり、これはアンジェリーヌ、ジョスリーヌ、ミカエラ、アイフィなどとほぼ毎日、アンジェリーヌやミカエラたちが苦労して入手した古典魔術の本などを勉強して魔術理論を研究し、郊外の人家や畑のないところで実際に魔法の訓練をしていた。
「わたしは、『オドグタールの戦い』でアンジェリーヌさんやミカエラさん、それにアイフィさんに見事に負けてしまいました。その原因を研究し、さらに魔法能力を上げたいです!」
魔術師の訓練の間の休憩時間にヴァスマーヤは熱いお茶を飲みながら、並々ならない向上心を吐露した。
「あれは“魔法無効化”という対魔法なのよ。わたくしは元々は魔術師じゃなかったのだけど、魔術に目覚めてからルークさまの手駒として魔術でお役に立てたいと考えていたの」
そこでアイフィはミカエラやアンジェリーヌたちと、噂に聞くアルドラルビダカ魔術学校の靉靆の者対策を懸命に研究したのだと言う。
そして、ヨガヴィッドの魔術学校で魔法を専門に習ったミカエラでさえも見たことのない古典魔法書をゾオルにあるエテルナール教の総本山の書庫で発見したのだ。
これにはアイフィの父親代わりでもあるヒッグス大神官の口添えがあったから可能となったことで、アイフィはいくら教皇さえ注目するほどの新鋭神教官といえど、総本山の極秘書物には手を触れることもできなかったのだ。
その秘蔵の古典魔術書の中に、“魔法無効化”の術式が記述されてあったのだ。
ダエユーネフ共和国軍との戦になれば、必ずアルドラルビダカの靉靆の者が出て来るとミカエラたちは予測したのだ。靉靆の者たちは、ほかの魔術学校出身の魔術師たちが恐れるほどの魔術能力を持ち、いまだに知られてない強力な魔法を使う。
だから、靉靆の者たちと対決することになった場合、必ず彼らに勝てる方策が絶対に必要だったのだ。ミカエラたちは必死になって古典魔術書の術式を覚えた。
そして、実際にオドグタールの戦いでヴァスマーヤたち靉靆の者が出て来た時、それを迎え撃つミカエラたちにはもう一つの秘密兵器があった。
それはプリシルの娘のマイレィだった。マイレィは予知能力をもっていた。
戦いが行われている前線にわずか3歳の女の子を連れて行くわけにはいかないので、ルークタラス城の作戦司令部のマソキからオドグタール要塞に備え付けられたマソキを通して戦況を見て、マイレィが予知能力を発揮してミカエラたちに適切な指示をあたえたのだ。
いや、正しくはマイレィの言葉をプリシルがマソキで伝えたのだが。
おかげでミカエラたちはヴァスマーヤたち│靉靆の者を適宜に対応することができたのだ。
「ママっ、てきのまじゅつしが くるわ!」
「ミカエラさん、靉靆の者が出て来るわっ!」
《了解!》
「ママっ、てきのまじゅつしが とうめいになったわ!」
「ミカエラさん、靉靆の者は姿が見えないから気をつけて!」
《わかりました。靉靆の者がどのへんにいるか、わかったら教えてください!》
「マイレィちゃん、敵の魔術師がどこにいるか...」
「うん、ママ。てきのまじゅつしは このへんにいるよ!」
マイレィがマソキの画面を小さな指でヴァスマーヤの飛行ルートを指さす。
「ミカエラさん、靉靆の者はダエユーネフ軍陣地の中心上空からオドグタール要塞に向かって飛んでいるわ!」
現地では、それを聞いたミカエラが指示された方向に飛び、ヴァスマーヤの透過魔法を無効にし、そのあとでヴァスマーヤが発動しようとしたすべてを焼き尽くす恐るべき究極の火属性魔法をアイフィが無効化し、オドグタールの戦いにおけるルークドゥル軍の勝利を確実にしたのだ。
「そうだったの... みんな一生懸命にルークさまとこの国を守ろうと頑張られたのね...」
功名だけを考えていた自分が恥ずかしかった。
「それにしても、アンジェリーヌさんとジョスリーヌさんとアイフィさんは、魔術学校で習ってもないのに、すごい魔法を使われますね!」
オドグタールの戦いでジョスリーヌやアレクの攻撃から辛うじて免れ、捕虜になったあとで改心し、ルークドゥル国の魔術師部隊に入隊が許されたユビィラが少し湿っぽくなったヴァスマーヤを見て話題を変えた。
ヴァスマーヤ、ユビィラを含めてミーミル、フロルフ、リッグ、ナンナの6人の靉靆の者があの戦いで生き残り、ヴァスマーヤとともにルークドゥル国の魔術師となっていた。
あとは残念ながら、生き延びることはできなかった。
だが、戦いとはそういうものなのだ。逝ってしまった者のことを悔やんでもしかたがない。
ユビィラたちは、亡くなった仲間の分も生きようと新しい誓いをたてたのだった。
「私たちは天性の魔術能力があったらしいの」
アンジェリーヌたちがクッキーをつまみながら答える。
「それが、ある日開花したのよ」
「そういうことになりますわね!」
ジョスリーヌとアイフィがお茶を飲みながら言う。
「そんなことって、とても稀だと思います」
ブラウンのショートカットの髪がかわいいミーミルが目をパチクリして言う。
アルドラルビダカ魔術学校にせよ、ヨガヴィッドの魔術師学校にせよ、名だたる魔術師学校や高名な魔術師は、魔術師の才能のある子どもをいかにして見つけるかに苦心している。
それほど能力のある子どもを見つけるのは大変なのだ。
それが、かの有名な魔術師学校の目にもとまらずに、アンジェリーヌ、ジョスリーヌ、それにアイフィのような靉靆の者さえも超える能力をもつ魔術師がいたということが不思議でならないのだ。
「そういうことってあるんですか? ふぅ~ん...」
最年長― といっても19歳と若いのだが― のフロルフが額にかかった長い髪を耳にかけながら首をかしげる。
「それはそうと、マーヤ、ルーク王さまとのご関係はどうなの?」
同じ年齢のナンナが遠慮なしにヴァスマーヤとルークのプライベートなことを訊く。
「ど、どうって... 妻の一人として大切にしていただいているわ」
ナンナの質問の意味するところを覚ったヴァスマーヤが真っ赤になる。
「後学のために、もう少し具体的に教えてちょうだい!」
「おいおい... ナンナ、よせよ。マーヤはもう王妃さまなんだぞ? ヘンなことを知りたがると、無礼者って言われてアマンダ王妃さまから切り殺されるぞ?」
ナンナとつきあいはじめたリッグが止めようとするが、ナンナは無視だ。
「あら、いいじゃない、マーヤ隊長。私たちにも後学のために教えてくださいよ!」
フロルフはペンナス伯爵と交際していると、もっぱらルークタラス城中で噂になっている。
ペンナス伯爵はミタン王国北方の子爵だったが、ブレストピア軍の侵略に備えるためにミタン国王が建設を命じた『北方防塁線』の建設費用のために商人たちに多額の借金をし、そのためすでに婚約が決まっていた侯爵の娘との婚約も破棄されて以来、結婚をしないでいたのだ。
ルークは、ブンドリ半島の戦い以来、ペナン子爵の真面目さと正直さをたいへん気に入ったルークは、ルークドゥル勇者王国を創立後、ペナンを伯爵に昇格し、経済・貿易担当大臣に任命していた。
そのペナンがオドグタールの戦いで捕虜になりルークタラス城に連れて来られた靉靆の者たちの中にいたフロルフを見て気に入り、その後、靉靆の者たちが改心してルークドゥル国の魔術師部隊に編入されたと知って、花束をもってフロルフを訪れ、それから交際がはじまったらしい。
「こ、後学のためって... ルーク王さまは毎晩、部屋に訪ねて来られるわ」
さらに真っ赤になるヴァスマーヤ。
「いいわねぇ!想像できるわ。マーヤが豪華な寝室のベッドでルーク王さまに抱かれている姿を!」
「へ、変な想像しないでっ!」
ヴァスマーヤは赤いピーマンのようになりお茶をガブ飲みした。
「変な想像って、夫婦ってそういうものでしょう?」
「そういうフロルフは、ペンナス伯爵さまとはどうなっているのよ?」
「あら、わたしと伯爵さまは、清らかなお付き合いを続けているわ」
「もうチューはしたんでしょう?」
「だからぁ、わたしと伯爵さまは...」
「誰がそんなおとぎ話みたいな話を信じると思っているの、フロルフ?」
「そうよ。その大人のエルフの魅力の前には、どんな男でも一発コロリよ!」
「な、なによっ、その“どんな男でも一発コロリ”って?!」
たしかにフロルフは身長168センチとずば抜けて高く、バスト80ウェスト58ヒップ82という、エルフにしてはバツグンのプロポーションなのだ。
その誰もが羨むようなフロルフの身体を上から下まで見てから、ナンナは宣言した。
「その肌のツヤと顔の輝き... あなた、もう伯爵さまとイイコトを...」
「お黙りなさい、ナンナ!」
「はいっ!」
最年長のフロルフに一喝されて肩をすくめるナンナ。
だが、ヴァスマーヤに負けないほど真っ赤になったフロルフを見て、元靉靆の者たちは、フロルフとペンナス伯爵が、もうかなり深い関係にまで進んでいることを確信した。
「さあ、おしゃべりはこれくらいにして、訓練を再開しましょう!」
アイフィの声にホッと救われた気持ちで立ち上がったヴァスマーヤとフロルフだった。




