#4‐01 ヤーダマーの塔①
ヤーダマーの塔に元ブレストピア国の王一族が閉じこめられていると知らされたのは、ヴァスマーヤとの結婚式の後にルークタラス城で開かれたパーティーでだった。
リリスがヴァスマーヤに言った通り― リリスが言わなくとも、ほかの誰かが言ったであろうが― ルークはヴァスマーヤと正式に結婚式を挙げたのは、東ディアローム帝国と傀儡国によるルークドゥル国への侵攻を食い止めてから一か月後のことだった。
「ルーク王殿、今度の新しい王妃で何人の妃を持たれることになるのですかな?」
立派なツノを額から生やしたギャストン伯爵が蒸留酒の入ったジョッキを手にもって、真っ赤な顔をしてルークに話しかける。
軍務大臣を務めているギャストン伯爵は、元ラーシャアグロス王国の貴族だった。
だが、同国の南部を統治していたデュドル公爵の軍がビアストラボの地で東ディアローム帝国軍とブレストピア王国軍の計略に落ち、全滅させられかかったところをルークに助けられた恩返しにと、創立間もないルークドゥル勇者王国に必要なら使ってください、とギャストン伯爵を譲ったのだった。
もちろん、ギャストンはすでにラーシャアグロス王国で伯爵だったので、ルークはその爵位に相応しい待遇をもって迎え、軍務大臣に任命したのだが。
「ヴァスマーヤで14人目ですよ、ギャストン殿」
「それでは、今回のご結婚はルーク王がますます健在であるということを内外に示すよい機会になりますな! ガ―――ッハッハッハ!」
「本来の意図はそうではないのですが、そうとられても一向に構いませんよ」
「それはそうと、イヴォールにいるヴェレンから、先日、興味深い話を聞きましてな...」
ヴェレンとはヴェレン・ラスダウン・シュテン侯爵のことで、ラーシャアグロス王国軍とルーク軍がブレストピア王国とマビハミアン帝国と戦い、勝利をおさめたあとで、マビハミアン国はほぼルークが新生ルークドゥル勇者王国の領土とし、ブレストピア国はモモコ大王のラーシャアグロス王国と分割したのだが、その分割した境界に位置するイヴォール城をルークはモモコ大王に譲ったのだった。
モモコ大王は、新しく自国領となった元ブレストピア国の西部の統治をシュテン一族であるヴェレン侯爵にまかせた。ヴェレン侯爵自身はルークドゥル勇者王国との境界にあるイヴォール城には住まず、そこから北西100キロのところにあった小規模な城を増築補強して、そこを新たな居城とした。
その方が、もし、東ディアローム帝国がふたたびラーシャアグロス王国に攻め入って来た時に防衛がしやすいと考えたのだ。その戦略的構想から、イヴォール城は万一の時の後方防衛拠点となった。
「ルーク王殿は、ブレストピア王国の元王族がどこにいるかご存じですかな?」
ジョッキに残っていた蒸留酒を飲み干すと、近くのテーブルにあった瓶をとってまたジョッキに並々とつぎながら聞いた。
「東ディアローム帝国に逃亡したのではないですか?」
「いえ、誰でもそう思っていたのですがね。最近、ヤーダマーの塔に幽閉されているということをヴェレン侯爵から聞いたのですよ!」
「ヤーダマーの塔?」
「はい。ヤーダマーの塔は、イヴォール城から北に200キロほど離れたところにある小さな城で...」
ギャストン伯爵がヴェレン侯爵が語った内容はこうだ。
『ブレストピア・マビンハミアン戦役』と後ほど呼ばれた戦いの時、ルーク軍とラーシャアグロス軍が首都イヴォールに迫りつつあった時、ゲネンドル王は家族を連れて東ディアローム帝国に逃亡すべくイヴォール城を脱出した。
しかし、モモコ大王は東ディアローム帝国がブレストピア国を救援するために軍を送り込んで来ることを警戒して、ブレストピア国の北部― 東ディアローム帝国との境界に軍を送り込んでいたため、ゲネンドル王一族は東ディアローム帝国へ亡命することが叶わず、馬車をUターンして山中の小さな村に隠れた。
『ブレストピア・マビンハミアン戦役』が終わり、ラーシャアグロス王国領となった元ブレストピア国の北西部の統治をまかされたヴェレン侯爵の部下が地域の住民の数、農作物の収穫量などを調査しはじめて、山奥の村にゲネンドル王一族が隠れているのを発見した。
ゲネンドル王一族は捕らえられヴェレン侯爵のもとに連れて行かれたのだが、ちょうどそのころモモコ大王はルーク王の公式訪問を受けていて多忙であったので、「どこかに閉じこめておけ」と命じたきり、忘れてしまった。
ヴェレン侯爵は、モモコ大王が次の命令を出すまで、取り敢えずイヴォール城から北に200キロのところにある小さな城― ヤーダマの塔にゲネンドル王一族を幽閉したというのだ。
ヤーダマーの塔
「ええっ? じゃあ、元ブレストピア国のゲネンドル王は、今もそのヤーダマーの塔に閉じこめられているのですか?」
「どうやらそうらしいですな。しかも、ゲネンドル王は美しい王女を数人もっているとの話しです!」
“美しい王女”という言葉に、ルークの美女センサーが反応した。
そこにモモコ大王が、デュドル公爵と侯爵夫人を連れて、これも赤い顔でやって来た。
デュドル公爵― イーデル・デュドル・アルセルモ.シュテン公爵は、モモコ大王のもっとも信頼するシュテン一族の一員だ。
デュドル公爵は30代半ばだが、ずっと独身でいて、最近、モモコ大王が「私も結婚したのだから、おまえも結婚しろ!」と命じて、同じシュテン一族の娘を妻に迎えさせたばかりだった。
ラーシャアグロス王国がルークドゥル勇者王国とブレストピア国を分割したあと、ミタン王国に近い地域を統治していたデュドル公爵はブレストピア・マビンハミアン戦役における功績もあって、元ブレストピア国の北西部一帯の広大な領地をモモコ大王から任された。ちょうどヴェレン侯爵の領土の隣りとなる。
「ギャストンと話がはずんでいるようだな?」
酒臭い息をルークに吹きかけてモモコ大王がニヤリと笑う。
「ちょうどいいところに来た。モモコ大王、私にヤーダマーの塔に幽閉されているというゲネンドル王の娘に合って見たいのだが」
「ん? ゲネンドル王の娘?ヤーダマーの塔?...」
「大王さま、例のヴェレン侯爵が捕らえたゲネンドル王のことですよ」
デュドル公爵がモモコ大王の記憶を確認させる。
「ああ、そう言えば、ルークが初めて訪ねて来た時に、なんかそんなことをヴェレンが言っていたな...」
「“取り敢えず、どこかに閉じこめておけ”と命じられたのですよ」
「そうか。ルークのことで頭がいっぱいで、そんな些細なことはおぼえていないぞ!」
「もう1年半ほど幽閉されたままですよ」
「まあ!1年半も?かわいそうに!」
デュドル公爵の妻― つまり公爵夫人だ― が、思わず胸の前に手を合わせて驚く。
彼女の名前はジャデ・マイーザ・シュテン。
まだ18歳の初々しい新妻だ。
「うむ... すっかり忘れておった。じゃあ、デュドル、おまえルークといっしょにそのヤーダマーの塔まで行って、必要な処置をとってくれ!」
「必要な処置と申しますと?」
「処刑するのならしてもいいし...」
「殺すなんて可哀想です、大王さま!」
ジャデに可憐な目で睨まれて、モモコ大王は命令を変えた。
「わかった。もはや国もない元ブレストピア王には何もできまい。塔から出してやって、しかるべき待遇をしてやるがいい」
「了解しました」
「わたくしもその王女にお会いしたいわ!」
デュドル公爵の妻は、かなり興味心が強いらしい。




