#3‐29 北東戦線の戦い④
それなのに...
ダエユーネフ軍もテアスジム軍も壊滅状態で、仲間の魔術師たちも全員死んでしまった。
ヴァスマーヤは、アルドラルビダカでは並ぶ者がいないほどの天才魔術師だった。
彼女の魔法の才能と魔法能力を誰もが賞賛し、驚愕した。
ガリデヴァーナ師匠でさえも、「この娘は、あたしを抜く大魔術師になると信じているよ!」と魔術学校を訪問する政府の高官などに紹介していたのだ。
それが、このざま...
“テルースの世界最強の魔術師”と自他共に認め、その名声に奢っていたわたし。
こうなったら、たとえ死んでもルークドゥル国の魔術師たちを皆殺しにし、敵の要塞を焼き尽くし、どこから現れたかわからない敵の大軍も道連れにしてでも焼き尽くすしかない”
ヴァスマーヤは、ちらっと後ろをふり返って、ミカエラが3百メートルほど後ろをついて来るのを確認した。
飛行しながら集中したので、魔素は十分にたまった。
なおも飛行を続けながら詠唱をはじめる。
「アンダカラ ンラ ズィアーマ...」
身体にあるすべての魔素を注ぎこんで、究極の火属性魔法を発動させた。
狙いは敵の要塞と味方の陣地の中間地点だ。
敵の要塞は消滅するが、味方の軍も敵軍とともに大損害を受けるだろう。
ヴァスマーヤは仲間だけでなく、味方の軍を犠牲にしてまで敵を全滅させる気だった。
「ネドゥ ヴァリウス!」
突然、ヴァスマーヤの発動しかけた究極の火属性魔法が打ち消された。
「!!」
見ると、彼女の前方には白いトゥニカを着た、白い髪の若い魔術師が浮かんでいた。
「ヴァスマーヤさん、恐ろしい魔法を使われるのですね? 自分が死んでも、味方を巻き添えにしてでも使命を果たす気のようですね?」
先ほど“神教官”と名乗った美女だ。
彼女はその美しい白い髪を風になびかせながら、ヴァスマーヤを青い目で見て言った。
見ると、ヴァスマーヤの右にはアンジェリーヌと名乗った魔術師、そして左には先ほどは見なかった若い魔術師が浮遊していた。
「ヴァスマーヤさん、私はジョスリーヌ。アンジェリーヌの妹でルーク・シルバーロード王の王妃よ!」
ジョスリーヌと名乗った魔術師は、水色の髪と空色の目の美少女だった。
彼女は上品な水色の半袖ブレザーに白いシャツ、そしてブレザーと同色のハイウェストショートパンツの下に白いタイツをはいていた。
その洗練された姿は、最新の流行のことはあまりわからないヴァスマーヤでさえもわかるスマートさだった。
「ヴァスマーヤさん、あなたの仲間のうち、私たちの魔法攻撃の巻き添えを食わなかった人たちは無事よ。先ほど、ヒムリドール将軍も降伏されたわ!」
ミカエラの言葉に、“仲間を犠牲にしなくてよかった... ヒムリドール将軍さまもご無事!...”
安堵感が急激にこみ上げて来て、究極魔法を発動するために魔素を使い切ったヴァスマーヤはもはや浮遊し続ける力も残ってなく、目を瞑ると落下しはじめた。
“これでいい。アルドラルビダカ魔術師隊のリーダーとしての任務もまっとうできなかったわたしは、死んで償いを…”
落下していく風音を聞きながら、気が遠くなっていった。
ビアストラボの戦い以来の魔術師対決が起こった北東戦線の戦い。
後年、『オドグタールの戦い』と呼ばれた戦いで、テアスジム王国軍とダエユーネフ共和国軍は甚大な被害を被った。
テアスジム軍は4万の兵力のうち、司令官のサルキデール公爵以下、実に3万人以上が戦死し、8千人が負傷した。ダエユーネフ軍王国軍は、6万の兵力のうち、4万の兵を失い、1万5千人が負傷した。
かろうじて生き残ったヒムリドール将軍も、破滅拳バロネスアレクの攻撃を司令部テントに受け、左手の肘から先と左足の膝下を失うという重傷を受けた。
しかし、戦いが終わったあとで駆けつけて来たリリスによって、ヒムリドール将軍は、失った自分の腕と足が元通りにになったのを見て絶句した。
リリスは敵味方の区別なく、汗をたらし、美しい髪が乱れ、服が血や土で汚れるのも構わずに治癒魔法で負傷兵たちを助けているのを見て、ヒムリドール将軍は一度も会ったことのないルーク王に心服したのだった。
北西戦線、北東戦線で敵を破ったルークドゥル軍は、ダエユーネフ軍12万の侵略を受けた北部にもガルンロム要塞の支援のために、ドゥリンオン伯爵の軍3万をドコデモゲートで送り込んだ。
そしてさらにルークドゥル国の北西部で起こった、『ボルヌーメンの戦い』に、予備軍として出陣したエルゼレン伯爵の軍とアスレーン辺境伯の軍が、アマンダ参謀が増援に送ったマスティフ伯爵軍、マーゴイ侯爵軍、それにゾロワリン伯爵軍の目覚ましい活躍で、まったく出る幕がなく、少々腐っていたエルゼレン伯爵とアスレーン辺境伯の軍を北東戦線へ増援として送り込み、ミカエラたち魔術師部隊も出陣させてダエユーネフ軍を攻撃した。
結果は―
ダエユーネフ軍は、ミカエラたちルークドゥルの魔術師たちの凄まじい魔法攻撃で1万人以上の兵を失った時点で戦意をなくし、ダエユーネフ軍のクルトネー司令官は無条件降伏を申し出た。
エルゼレン伯爵とアスレーン辺境伯はさらにがっかりしてしまったが、ミカエラたちや破滅拳バロネスアレクの凄まじい攻撃を外野席から見れただけでも、出陣して来ただけあったとおたがいに笑って慰め合ったのだった。
しかし―
ルークもアマンダも、アスレーン辺境伯軍とエルゼレン伯爵軍を物見遊山をするために出陣させたのではなかった。
北東戦線の戦いの決着がついたと見るや、ゾロワリン伯爵軍にテアスジム王国軍とダエユーネフ共和国軍の武装解除を命じ、アスレーン辺境伯軍とエルゼレン伯爵軍を主力とし、それにマスティフ伯爵軍とマーゴイ侯爵軍を予備軍として、北部のガルンロム要塞で3倍の敵を相手に孤軍奮闘していたナエリンダン侯爵の援軍に向かわせたのだ。
もちろん、まだ戦い足りないと感じていたミカエラたち魔術師チームもふたたび出撃を命じられた。
ダエユーネフ軍は、四方を2百台のカタパルトを装備したルークドゥル軍の大軍に囲まれ― カタパルトはドコデモボードでガルンロム要塞とオドグタール要塞から移動したのだ― さらにミカエラのヨガヴィッドの究極魔法“火神竜”と氷神竜と化したジョスリーヌのアイスストリームのデモンストレーションを見て震えあがり、無条件降伏してしまった。
結局、アスレーン辺境伯軍もエルゼレン伯爵軍もまた物見遊山をするはめになってしまった。




