#3‐28 北東戦線の戦い③
“なんていうこと!ミタン流の魔術師?それにヨガヴィッドの魔術師? そんな魔術師がここにいるなんて、ヒムリドール将軍は何も言ってなかったわ…”
ヴァスマーヤは、仲間の魔術師たちから離れてオドグタール山の敵の本陣目ざして飛んでいた。
彼女の姿は誰にも見えない。『透過』魔法を使っているからだ。
敵の魔術師たちは、急に見えなくなったヴァスマーヤの姿を必死になって探しているだろう。
『透過』魔法は│靉靆の者の中でも使えるものはごく少ないアルドラルビダカの極秘魔法なのだ。
“任務を果たさないと... 任務を果たさなければ、味方の軍はここを突破できない。私ひとりだけでも任務を果たすわ”
そのためには、クヴァシルたちに敵の囮になってもらうしかない。
“目的のためには手段を選ぶな”そう常に教えられて来た。
心が引き裂かれるような思いがこみ上げるのを、押し殺しながら飛び続ける。
敵の本陣が目の前に迫って来る。
距離が3百メートルほどに近づいたところでヴァスマーヤは停止した。
「フ――ゥ...」
深く深呼吸をすると
「カラァチャイアパディストゥ...」
詠唱をはじめた。
周りの空気に変化が起きはじめた。
強く吹き始めた風によってヴァスマーヤのフードはとれ、その下から金髪の顔が現れた。
藍色の目をもった若く美しい女性の顔だ― と言っても、誰も見えないのだが。
風は突風に変化し、ヴァスマーヤの金髪を乱し、ローブもまくれそうになる。
“なに、あのヨガヴィッドの魔術師の恰好? あんな破廉恥的に短いスカートを履いて、すぱっつにぱんてぃですって?”
仲間を犠牲にして任務を果たすという罪悪感を少しでも薄めようとしてか、ヴァスマーヤは詠唱を続けながら、あのきれいなヨガヴィッドの魔術の姿を思い浮かべた。
ヴァスマーヤはローブの下にはひざまであるドロワーズを履いているだけだ。
それに、あの男みたいな恰好をしたミタン王国の王女、いや、ルーク王の妻...
でも、あんな色の服装だったら着てみたいかも...
そう思いながら、自分の着ている真っ黒なローブを見た。
突風はヴァスマーヤの細い身体を吹き飛ばしそうになるが、浮遊魔法にさらに魔素をこめてとどまっている。
ゴオオオ―――……
ゴオオオオオオ――――……
凄まじい風の音で何も聴こえない。
ヴァスマーヤは『トレント・ストリーム』を発生させた。
秒速60メートルを超える『トレント・ストリーム』に耐えるものはない。
敵の本陣では、急に吹き荒れ始めた突風に、敵兵たちが必死に防壁にしがみついたり、地面に伏せたりしているのが見える。
ヴァスマーヤは『トレント・ストリーム』を敵陣目がけて降下させた。
その時―
ビュ―― ゴゴゴゴゴ―――――――――――!
ヴァスマーヤは、自分が作り出したトレント・ストリームの気流とは違った気流を感じた。
「はっ!?」
ヴァスマーヤは、詠唱を続けながらあたりを見まわす。
「ふふふ... 私だけがトレント・ストリームを使えるのかと思っていたけど、アルドラルビダカの魔術師も使えるのね?」
「ミ、ミカエラ?」
たった今まで、ちょっとミニスカートやスパッツを羨ましく思ったヨガヴィッドの魔術が、50メートルほど先に浮かんでいた。
「わ、わたしの姿は...」
「あーら、残念ね。すっかり見えていたわよ? あなたが、オバさんみたいなブカブカのドロワーズを履いて、そのかわいいオシリを隠しているのもね!」
「!」
まくれ上がったローブを反射的に押さえ、真っ赤になるヴァスマーヤ。
見るとミカエラのミニスカートもまくれているが、その下にはミニスカートと同じ色のパープル色のきれいなスパッツを履いていた。
“でも、どうしてわたしが、透過魔法で姿を隠しているってわかったのかしら?
それに透過魔法を無効化にする魔法を彼女たちは使っている…”
ヴァスマーヤは頭が混乱したが、今はそれどころではない。
早くこのヨガヴィッドの魔術師を始末して、邪魔をするほかの魔術師も倒さなければ。
「あなた、そろそろ降参したらどう?」
ミカエラと名乗ったヨガヴィッドの魔術師が、勝ち誇った顔で言う。
「なにを言う!」
「ほら、ご覧なさい。あなたの国の軍隊は壊滅状態よ?」
「えっ?」
目の前の敵の本陣をトレント・ストリームで攻撃することに気を取られすぎて、後方の味方がどうなっているかまったく気づかなかった。
テアスジム軍とダエユーネフ軍の陣地は、ほぼまっ白になっていた。
その凍結した陣地に絶え間なく降りそそぐ火炎流。白い竜のアイスストリームによる凍結から逃れることが出来た兵たちは、火炎流で黒焦げになっていた。
さらに真っ黒な雲に覆われた空からは、数えきれないほどのカミナリが次々と陣地に落下し、なんだかよくわからないが― たぶん攻撃魔法を受けているらしく、味方の陣地内にパ――っと土煙が上がったと思うと、大きな溝が開いく。もちろん、そこにいた兵たちは粉微塵になっただろうということは誰から言われなくてもわかる。
「可哀想だけど、地上にいたあなたの仲間は... たぶん、もう凍ってしまったか、黒焦げになってしまったか、破滅拳を喰らって木っ端みじんになったかでしょうね」
「!」
ヴァスマーヤの起こしたトレント・ストリームは、ミカエラのトレント・ストリームとぶっつかり、完全に消滅してしまっていた。
「わ、わたしは、アルドラルビダカの魔術師の名誉にかけて、おまえを殺す!」
ヴァスマーヤはそう叫ぶと、全速力で上空目指して飛びはじめた。
飛びながら、ふたたび『透過魔法』で姿を隠す。
“アルドラルビダカの魔術が、ヨガヴィッドの魔術などに負けるはずがないわ!”
ギリギリと歯を食いしばりながらも気を集中させて魔素をためる。
ヴァスマーヤが、これから発動しようとする魔法はとてつもない破壊力をもつ。
それを敵の魔術師一人を倒すのに使おうとしているのだ。
“ライオンは一匹のウサギを捕らえるにも全力を尽くす”と師匠は教えてくれた。
戦いにおいては、相手を完璧に倒すまで決して気を抜いてはならないし、全力で戦わなければならないとガリデヴァーナ師匠は教えてくださったのに...
たかがヨガヴィッドの魔術師と高をくくってって失敗をしてしまった。
“取り返しのつかない失敗をしてしまった”
ヴァスマーヤの心の中は、慙愧の念に耐えなかった。
今回の戦いは、東ディアローム帝国を盟主とする同盟国陣営にとって、たいへん重要な戦いだとガリデヴァーナ師匠は言った。
「今回の戦いに、ディアマトマム大統領は、もっとも信頼するヒムリドール将軍を司令官に任命されたのじゃ。そして、“アルドラルビダカでもっとも優れた魔術師たちを選んで将軍といっしょに行かせて欲しい。大事な戦だ。絶対に負けることは許されない!”と申されてな。ロレアンスロゥプ皇帝も今回の戦いでは是非勝ってくれと申されたそうじゃ!」
ガリデヴァーナ師匠は、ヴァスマーヤたちを前にそう言った。
そして、ヴァスマーヤを派遣魔術師グループのリーダーに任命したのだ。
ヴァスマーヤは心が引き締まる思いだった。
「決して、アルドラルビダカ魔術学校の名に恥じない戦いをお見せします!」
師匠やほかの魔術教師たちの前で、ヴァスマーヤはそう誓ったのだ。




