第一章 王都ギルス 1-1
エラローリア大陸の東側に位置する歴史ある国、フルビルタス王国。その首都である王都ギルスは大陸の東の玄関口であり、古くから数多くの人々や物が行き交う交易の要所として栄えていた。
市場には各地から集められたさまざまな物が売られ、街中にはさまざまな国の人々が行き交っていた。
「賑やかな街だな」
アルスは春の陽気の中、賑わう通りを見回しながらそう言った。道の両側にはさまざまな店が軒を連ねていて、店員の威勢の良い掛け声が辺りに響いていた。
「まあな。なんてったって、フルビルタス王国の中心地だからな。まっ、経済規模はパイーチ市の方が大きいけどよ」
無事、最終試験に合格したアルスとランゼは、ゲセブ教預言者教会のフルビルタス王国内での活動を統括している第二教区に配属される事になった。
ギルスに到着した二人は、警察庁で、教区長と警察庁長官に着任の挨拶をした後、そのままドラッズ街にある法の猟犬第二教区支部へと向かった。
ドラッズ街とはギルス銀行本店旧館からギルス中央駅前まで南北約八四一グルードに渡って伸びるフルビルタス有数の繁華街の事である。
名前の由来は、かつて服や生地を扱うドラッズと呼ばれる問屋が軒を連ねていたことに由来しており、大戦前は何の変哲もない問屋街だった。
ところが、大戦後に起きた衣服の需要急増の流れに乗って急成長し、今では衣服の他、雑貨や玩具など食料品以外のものはなんでも揃うギルス一の繁華街に成長していた。
アルス達の職場である法の猟犬第二教区支部は、ドラッズ街の真ん中を横切るようにして東西約四九五グルードに渡って伸びる中央公園付近にある古びた建物の一室にあった。
耳障りな音を立てる古めかしい扉を開けて中に入る。
中はどこにでもあるような普通の事務所だった。やや黄ばんだ壁にはポスターやカレンダーが貼られていて、その前に隙間なく置かれた机に向かって数人の男女が窮屈そうに事務作業をしていた。静かな部屋の中にはカリカリ、という小さな音が響いていた。
「あの、」
ランゼが声を掛けると奥にいた神経質そうな黒髪の男は一瞬、あからさまにめんどくさそうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべながらこちらに向かってきた。
「はい。なんの御用件でしょうか?」
男は上っ面だけの作り笑いを浮かべながらそう言った。
「いや、あのですね。俺たちは、本日付でこちらに配属に……」
「あ、君たちがそうなの?」
男の顔からすっと、笑顔が消えた。
「はい。自分は、ランゼ・フォクスといいます。で、こっちはアルス・ヴィトス」
ランゼがそう言った後、アルスは軽く会釈をした。
「支部長のイッケルです。よろしく」イッケルは事務的な淡々とした口調でそう言った。「フォクス君の席はそこ。で、アルス君。君はとりあえず、帰ってていいですよ」
「は?なんでだよ」
「ウチはね、補助役はこっちで事務仕事をしてもらう事になっていましてね。で、実行役の皆さんには、仕事がない時は自宅で待機をしてもらっているんです。なにせ、戦うしか能がありませんからね」
「んだとッ、」
アルスがイッケルに掴みかかろうとすると、横を何かが掠めていった。後ろを見ると壁にナイフが刺さっていた。
「役立たずで悪かったわね」
不機嫌な女性の声がした。見ると肩と豊かな胸元が露出したブラウスに際どいラインのショートパンツという格好の金髪の女性がイッケルの机にの上に座っていた。年齢はアルスと同じくらいに見え、髪は馬の尻尾のように後ろでぎゅっと束ねられていた。気の強そうな大きな目と柔らかそうなぷっくりとした唇が印象的な女性だった。
「彼女は私が補助役を務める実行役で、イザベラといいます」
イッケルがそう言うとイザベラは、机の上から降りてアルス達の方にやってきた。背はアルスよりも少し低かった。
「ふーん、アンタ達が落ちこぼれのアルスとランゼ、かぁ……」
イザベラは二人の顔を交互に見ながらそう言った。
「んなッ!」
「なによ。本当の事でしょ?」
「イザベラさん。彼に街を案内してやってくれますか?どうせ、暇なんでしょ?」
「やーよ」
そう言うとイザベラは奥へ戻っていった。
「すみませんね」
「あ、いえ。別に。そういう訳だから先に部屋に行っててくれ」ランゼはそう言うと地図とアパートの鍵をアルスに手渡した。「もし、腹減ったらなんか適当に食ってくれ」
「わかったよ」
アルスはそう言うと外に出ていった。
●ギルス銀行設定
ギルス銀行は、戦後にトルテ銀行とギルス都市銀行の二行が合併して誕生したフルビルタス王国最大の民間銀行である。世界各地に支店があり、現在の預金高は約四億六〇〇〇万イェンで、ギルスに本店が、港町リエージには本部が置かれている。
堅実な経営方針で知られる。
本店旧館はギルス都市銀行の本店だった建物で、ギルス市の重要建造物に指定されている。
なお、ギルティくんというマスコットキャラクターがいる。