プロローグ 1-2
しばらく走っていくと、橋の向こうにぼんやりとした明かりで照らされた小さな木造の駅舎が見えてきた。
ヨーサンが駅舎の中に駆け込んでいくとその様子を見ていた団子っ鼻の初老の駅員が何事かと慌てて駆け寄ってきた。彼の名前はハンスといってヨーサンの親戚だった。
「どっ、どうしたッ⁉︎ロチキ。なんか、あったのか?」
「ハ、ハンスか。ああ……。あ、アイツが、アイツが…」
ヨーサンは息も絶え絶えにそう言った。
「アイツ?」
「フランクだよ。フランク。フランク・アリアトス。この前、解雇した男だよ」
ヨーサンは呼吸を整えながらそう言った。
「フランク……。ああ、あのフランクかい?」
「ああ。いきなり襲って来たんだ」
ヨーサンがそう言うとハンスは思いっきり吹き出した。
「ハッハッハ……。あの、フランクが?まっさかぁッ!あ、あんなに意気地なしなのに?なのに、ど、どうやって……。ハハッ」
「笑い事じゃないんだッ。こっちは…」
「わかった。わかったよ。じゃ、警察に行くかい?」
「いや、こっちの警察じゃ、いつ襲われるかわからない。だから、列車で遠くに逃げたいんだ」
「そうかい?なら、なら、あと五分待ってくれや。フッリバ行きの最終列車がくるでよ」
「これで、足りるかい?」
ヨーサンはポケットから皺くちゃの紙幣を一枚取り出すとハンスに手渡した。
「充分だ。一イェンなら二等車だが、かまわんかい?」
「何でもいいよ」
「あいよ。待ってな」
そう言うとハンスは駅舎の中に引っ込んだ。
ヨーサンはホームの椅子に腰掛けるとポケットから煙草とマッチを取り出した。
辺りを見回すが、自分とハンス以外は居ないように感じた。いや、気配を消しているのかもしれない。列車に乗るまでは油断出来ない。ヨーサンは煙草を口に咥えながらそう思った。
「煙草はやめにしたんじゃなかったんかね?」
ハンスがそう言いながら切符片手にやってくる。
「ん、ああ……。ハハ、中々やめられなくてね」
「そうかい。まあ、難しいわな」
そう言いながらハンスはヨーサンに切符を手渡した。
「じゃ、列車が来たら鐘をならすでよ。そしたら、あの五と書いてある所に、な」
ハンスは、五と書かれた場所を指差しながらそう言った。
「わかったよ」
ヨーサンがそう言うとハンスは駅舎の中に戻っていった。
「あと、三分か……」
ヨーサンはホームの時計を見ながらそう言うと煙草に火を付けた。
「向こうに着いたら牢にぶち込んでやる……」
ヨーサンは、そう呟きながら煙を吐き出した。チカチカと点滅する灯りに照らされた仄暗い空間に紫煙がゆらり、と立ち登る。
ヨーサンが目を細めながらそれを何気なく見つめていると突然、黒い影が目の前に躍り出た。
「死ねッ……」
冷たい声と共に黒い影が素早く手に持った剣を一閃させた。
首筋に痛みが走ったかと思うと、突然、視界がぐらり、と揺らいだ。眼下には地面と自分の靴が見えていた。
(あ、れ……)
ふわり、と宙を漂い、ぐんぐんと落ちていく感覚と共に世界がゆっくりと、回る、回る。
その中で、ヨーサンが見たのは、噴水のように血飛沫を上げる自身の体とその脇に佇む一人の男だった。男はケタケタと狂ったような笑い声を上げながらこちらを見ていた。
「ざまぁ……。キへへッ」
ヨーサンの視界と意識はそこで、途切れた。
ーーカンカン……。
もうすぐ、列車がホームに到着する事を知らせる鐘が鳴った。それと同時にハンスが「おぉーい、」と駅舎からひょっこり顔を出す。彼が悲鳴を上げたのは、ほぼ同時だった。
叫び声を上げながらハンスは腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。言葉にならない声を上げながら見つめる先には、ベンチにもたれ掛かるヨーサンの体と血溜まりの中に転がる首があった。
「は、早く列車を止めにゃ……」
ハンスはふらふらと立ち上がり、列車の緊急停止ボタンを押した。
直後、ギィーッと言もいう耳障りな音が響いて、列車はホームから一〇グルード離れた場所で止まった。