第一章 王都ギルス 3-4
公衆浴場を後にしたアルス達は、等間隔に並ぶ街灯に照らされた道を六角館のある貧民街の方角に向かって歩いていた。中から楽しげな笑い声が漏れる酒場の角を左に曲がって、貧民街へと続く路地に入る。二人はチカチカと点滅を繰り返す街灯の明かりに照らされた薄暗い路地を歩いていき、貧民街へと入っていった。
ちょうど貧民街の真ん中あたりまで来たところで、頭上から悲鳴が聞こえた。
「なん、」
「危ねえっ‼︎」
アルスが上を見上げたのとランゼがアルスの腕を力一杯、後ろに引っ張ったのはほぼ同時だった。
「ふげッ!」あまりに突然のことだったのでアルスは、勢い余って尻もちをついてしまった。「何すんだよッ!」
アルスが、そう言うと同時に先程、アルスが居た辺りに空から何かが落ちてきた。ドンッ!という鈍い音と共に周囲に赤い液体が飛散した。
落ちてきたのは、人間の体だった。性別は男のように見えた。見えた、というのは、首がなかったからであった。体つきから成人男性のものと思われ、右肩のあたりには入れ墨があった。
「なあ、貧民街って死体が降ってくるようなヤベェとこなのか?」
アルスは顔を顰めながらそう言った。仕事上、遺体は見慣れているとはいえ、流石に首のない遺体には抵抗があった。
「いや、いくら治安が悪いっていってもさ……。まあ、とにかく、警察に連絡しなきゃな……」
ランゼは、そう言った。警察が来たのは、それからしばらく経ってからの事だった。
二人はその後、警察に被害者発見の経緯などを事細かに聞かれた。未成年という事もあってか、アルスの聴取はすぐに終わった。
アルスが、規制線近くのベンチに腰を下ろすと横から「よお、ボウズ」と声をかけられた。
振り向くと規制線を潜ってこちらに入ってくるウェストフィルドの姿があった。
「ああ、そうか。たしか、重犯罪課だったね」
「おうよ。って言っても、今来たところだけどな。しっかし、ボウズが第一発見者とは、ね。驚いたぜ」ウエストフィルドは、苦笑しながらそう言った。「……それにしても、あんなのを見たっていうのに随分と堂々としてたじゃねえか。え?」
「冒険者って、言っただろ?」
「に、しちゃあ、ねぇ……」
ウエストフィルドは、細い目でアルスを睨みながらそう言った。
「おーい、終わったぞ」そう言いながら駆け寄ってきたランゼは、ウエストフィルドを見ると「知り合いか?」とアルスに向かって言った。
「昼間、知り合った刑事」
「刑事って、お前。何かしたんじゃねえだろうな?」
ランゼはアルスの方を見ながらそう言った。
「してねえよ」
「はは、いや。まぁ、彼は何もやっちゃいませんよ。」ウエストフィルドは愛想笑いを浮かべながらそう言った。「で、アンタは?」
「えっと、彼、アルスの相棒で、ランゼといいます」
「相棒?」
「ああ、えっと、法の猟犬ってご存知ですか?」
不思議そうな顔をするウエストフィルドに向かってランゼがそう言った。
「ああ、法の猟犬ね。知ってるよ。警察なら誰でもね。異端者を裁くっていうアレだろ?」ウエストフィルドは、先程までとは打って変わって愛想のない顔でそう言った。「仕事上、何度か会った事はあるけどよ、アンタらは初めて見る顔だな。新入りか?」
「はい。今日付で配属されました」
「ほーん。そうかい。なら、闇の仕置人ってのも知らねえのか?」
「いや、知らねえけど。知ってるか?」
「いや、初めて聞くな」
アルスに聞かれたランゼは、そう答えた。
「やっぱり、知らねえのか。まあ、いいや。教えてやるよ。いいか、闇の仕置人ってのは、よ。法で裁けねえ悪人に人知れず死という名の裁きを下す、正義の味方のことよ」
「随分とくわしいんですね」
「へへ、まあ、刑事だからよ」ウエストフィルドがそう言うと彼を呼ぶ声が聞こえた?「おっと、いけねえ、じゃあな」
そう言うとウエストフィルドは、捜査員のいる方に向かって歩いていった。
「正義の味方、ねえ……。人を殺してるのに、か?」
「まあ、俺たちだって似たようなモンだろ?」
「ちげえよ。俺たちは、異端者を捕まえることが前提だ。武器の使用も相手が成った時に限られてる。そうだろ?」
ランゼの言葉に対して、アルスは不快そうな顔でそう答えた。
「はいはい。わかったよ。じゃ、あとは警察に任せて帰ろうぜ?このままじゃ、風邪ひいちまうよ」
ランゼがそう言った後、二人は六角館に向かって歩いていった。