第一章 王都ギルス 3-3
アルス達は食事を終えると、近くにある公衆浴場に向かった。
基本的に低所得者向け住宅には、水道以外の設備が備わっていない。その為、住人は共用スペースにある調理場やトイレ、近隣の公衆浴場、川沿いにある洗濯場を利用していた。
「でっけえなぁ……」
アルスは、目の前にそびえ建つ建物を見上げながらそう言った。二人が向かった公衆浴場は、異国情緒あふれる三階建ての瓦葺の建物で、一階は石造、二階と三階は木造だった。
「おーい、なにボサッとしてんだよ。置いてくぞ?」
ランゼがそう言うとアルスは、慌てて彼のいる入り口に向かって駆けていった。
中に入ると、ランゼは正面にある受付に向かって歩いていった。受付には燕尾服に似た制服を着た女性が二人いた。
「未成年と大人一枚ね」
ランゼは、女性に五〇ギルス銀貨一枚を手渡し、チケット二枚と釣り銭一〇ギルス銀貨一枚を受け取った。
「無くすなよ?」
ランゼはそう言いながらアルスにチケットを一枚、手渡した。チケットには『当日限り有効』と書かれていた。
二人は、受付右側にある細長い通路を歩いて更衣室へ向かっていった。アルスは、ランゼにならって更衣室の入り口で靴を脱ぐと壁際の靴箱の中に入れた。
靴箱には数字が書かれた扉が付いていて、金属製の取っ手には扉と同じ数字が書かれた木札が差し込まれていた。
「この木札が鍵だからな。無くすなよ?」
ランゼはそう言うと木札を取った。
「わかったよ」
アルスは木札を取るとポケットの中に入れ、ランゼの後についていった。
更衣室の中は広々としていた。壁には、数字が書かれた扉の付いた無駄のない形状の白い棚がずらっと並んでいた。扉には数字が書かれたタグの付いた鍵が差さっていた。
床には細長い竹が敷き詰められていて、足の裏に当たるすべすべでこぼことした感触が心地よかった。
アルスは、脱いだ服をくるりと丸めるて棚の中に押し込むと、その上に木札を置いて鍵を閉めた。鍵を引き抜くと付いている紐を手首にくるりと巻きつけ、落ちないかどうかを確認すると、浴場の入り口にある浴布を取って中に入っていった。
「うっわー、ひっれー」
アルスは、湯気でけぶる浴場を見回しながら感嘆の声を上げた。中には四つの浴槽が置かれていた。まず、真ん中に一番大きな長方形の浴槽があり、その周りを六角形や正方形の小さな浴槽が取り囲んでいた。天井は、板が張られておらず、丸太で組んだ黒い骨組みが露出していた。天井は高く、湯気がグングンと上に登っていくのが見えた。
「だろ?」
「だろって、なんで、お前が得意げに言うんだよ」
「まあ、気にすんなよ。ここは、この辺りじゃ一番大きな浴場でさ、他にも色々とあるんだよ」
「他にもって、ここ以外にも風呂があるのか?」
「いや、風呂じゃなくてさ、食堂や図書室があるんだよ。上の階に」
「へぇ、結構楽しそうじゃん」
「だろ?いい暇つぶしになると思うんだよな。おまけに、一回入場料を払えば、外に出るまでは施設が使い放題。まあ、食事は別料金だけどさ。お前も暇なら、ここに遊びに来てもいいぞ?金は渡していくからよ」
二人は浴場の隅にある洗い場へと向かった。洗い場には桃色と水色、それに白の三色のボトルが置かれていて、その後ろには鏡があり、その下には蛇口が二つ付いていた。
「使い方は分かるか?」
「バカにすんな」
アルスは、不満げにそう言った。
「そっちの桃色と水色のボトルは洗髪用だからな?間違えんなよ」
「わかったよ」
アルスは、そう言った。二人が公衆浴場を出たのはそれからしばらく経った後の事だった。